IMAGICA.6-02 ファミリー
2017.12/6 更新分 1/1
ネムリは呆れ果てながら、その場に集まった三名の姿を見回すことになった。
ジェラード、ペスカ、カーミラ――老騎士と、幼女と、猫顔の魔法使いである。
その姿を見つめている内に、ネムリはひとつの事柄に思いあたった。
「あ……それじゃあ、もしかして、君がモモちゃんなのかな?」
千明の妹たる、辺見桃奈。彼女は十歳の小学五年生であり、ちょうどこの幼女みたいに髪の毛をおさげにしていたのだ。そのピンク色の髪を黒色に置き換えると、顔立ちもなかなか似ているように感じられた。
が、幼女の僧侶は「いや」と首を振っている。
「確かにこれは娘をイメージして作成したアバターだが、私は桃奈ではなく、その父親だ。……いつも息子がお世話になっているね、根室くん」
そのように述べつつも、放たれる声音は幼女のそれである。
すると、隣の老騎士がにこりと無邪気な笑みを浮かべた。
「桃奈はわしじゃよ。コーヘイおにいちゃんは、ずいぶん可愛らしいアバターにしたのじゃな」
「ええ? あ、あなたが、モモちゃん?」
「うむ。そうなのじゃ」
小学五年生の幼女が老騎士のアバターを作成するというのも、また驚きの事実であった。
「それじゃあ、あの……あなたが、お母さんなのですね」
最後に残った猫顔の魔法使いに呼びかけると、彼女は恥じらうように目を伏せた。
「はい。家族や息子のご友人にこのような姿を見られてしまい、もう消え入りたいような心地です」
大きな総合病院の院長夫人たる、千明の母親である。現実世界において、彼女は華道と茶道をたしなむ、とても気品のある女性であった。
「こんな場所で家族と顔をつきあわせるというのは羞恥プレイの極みだけれどね。こうでもしないとキミたちが納得しないだろうと思って、わざわざ呼びつけてみせたんだよ」
ロギが、不機嫌そうな声でそう言った。
「ちなみに、プレイヤー名がわからないのでこの場には呼び出せなかったけれど、もう二名ほど傍証たりうる人物の存在が確認できている。そうだったな、ジェラード?」
「うむ。わしのクラスのさっちゃんとミヨちゃんも、《イマギカ》のプレイヤーであるのじゃ。《イマギカ》での姿を知られるのは恥ずかしいので、おたがいにプレイヤー名は明かさなかったが、彼女たちがプレイしていることだけは確かなのじゃ」
ロギはうなずき、「これで証人は九人となった」と宣言した。
「これでもまだボクの仮説を信じられないというのなら、ログアウトした後、自分の家族や地元の友人たちに聞いてみるといい。『お前は《イマギカ》を知ってるか?』ってね。そうすれば、嫌でも真実は知れることだろう」
「いやあ、心底、驚いたよ。でも、それが真実だとすると……これはどういうことになるのかな?」
「わからないよ。べつだん、何かの謎が解けたわけじゃない。むしろ、謎が深まったぐらいだろうさ。でも、これで一つの真実は明らかになっただろう?」
「一つの真実?」
「ああ。この《イマギカ》を作ったやつは、頭がイカレている、ということさ」
その言葉は、思いも寄らぬ重さをともなって、ネムリの心に食い入ってきた。
「だって、そうだろう? ひとつの市街地の住民を根こそぎプレイヤーとして招待するなんて、正気の沙汰じゃないよ。まだ自我の発達していない乳幼児や、ゲームになんか触れたこともないご老人を招待したって、まともにプレイできるはずがないじゃないか。きちんと適性のある人間を選出する手間を惜しんだのか、そんなことを考える智恵もないのか――とにかく、イカレているとしか言いようがないね」
「ああ、うん……それはその通りだね……」
「だけどボクたちは、その運営者のお粗末さを逆手に取ることもできるはずだ。《イマギカ》と現実世界の双方から働きかければ、今回の異常事態にも対処しやすくなるんじゃないのかな」
「《イマギカ》と現実世界の双方から、か……具体的には、何をしたらいいんだろう?」
ネムリが問うと、ロギは「そうだねえ」と考えるふりをした。
もちろんロギであれば、事前にその答えを準備しているに決まっている。
「まあ、まず為すべきは、全プレイヤーに対する注意の喚起だろうね。武闘会で優勝したら、得体の知れない怪物に襲われて、生命を落とすかもしれない。それは、周知させる必要があるだろう」
「ああ、そうか……でも、こんな話を信じてもらえるかなあ?」
「大丈夫さ。こちらには、九名のプレイヤーが実際に生命を落としたという確証があるのだからね」
そう言って、ロギは父親――ピンク髪の幼女、ペスカに目を向けた。
ペスカは、「うむ」と重々しくうなずく。
「私も最初は信じられなかったのだが、ここに至っては信じる他ないという気持ちになっている。実はね、根室君……いや、ネムリ君、この三日間で、桜ヶ原においては九名の死者が出ているのだよ」
「ええ? ほ、本当ですか?」
「うむ。それは全員、十代から三十代までの、若い男女だった。その内の八名は、前日まで元気な姿を見せていたのに、眠っている間に衰弱死してしまったんだ。ここまで不審死が続いたら、そろそろニュースで取り沙汰されてしまうのではないのかな」
それは、あまりに衝撃的な話であった。
「そうか……あなたは桜ヶ原総合病院の院長だから、その全員の死を確認できる立場にあったのですね」
「ああ。この三日間は、てんやわんやの騒ぎだったんだ。しかも、その内のひとりは、うちの入院患者であったのだからね」
「入院患者?」
「さっき、元気な姿を見せていたのは八名と言っただろう? 最後の一人、石崎ハルカさんは、私の病院の患者だった。彼女は三週間ほど前に交通事故にあって、私の病院に入院していたんだ」
ネムリは思わず、イーブのほうを振り返ってしまった。
イーブはそっぽを向いたまま、きつく唇を噛んでいる。
「彼女はあちこちにひどい怪我を負っていて、最初の数日間は生死をさまよっていた。しかし一命は取りとめて、この二週間ぐらいはずいぶん容態も安定していたんだよ。それなのに、昨日の深夜、容態が急変して――衰弱死としか言いようのない死を遂げてしまった。それまでの八名と同じようにね」
そう言って、ペスカはピンク色の頭を振った。
こらえかねたように、イーブは黒髪をかきむしる。
「コンスタンツェが退院したら、そのときは現実世界でも顔をあわせようって約束してたんだ。あたしはお見舞いに行きたかったんだけど、コンスタンツェが恥ずかしいって言い張ってたから……ちくしょう!」
「……君は彼女の死後まもなく、電話をくれたそうだね。彼女の母親がそれに出ていた姿を、私も病室の外から見かけたよ」
はからずも、イーブの言葉が真実であったということは、千明の父親によって確認されていたのだ。
いったい何という展開だろう、とネムリは目のくらむ思いであった。
「病院の患者が急死したために、父親が午前の六時前に病院に飛んでいったという話を、ボクは朝方に聞いていたからね。それで、そこの彼女から話を聞いたときに、ピンときたのさ。偶然にしては、あまりにできすぎているな、とね」
「ああ……それじゃあロギはあのとき、パソコンでお父さんの病院の記録を覗き見しただけだったんだね」
「そうだよ。そのときに、この三日間で九名もの人間が桜ヶ原で亡くなっているという事実を知ったんだ。ここまで話が符合すれば、あとの推測は難しくもなかった」
面頬に隠されたロギの目が、イーブを見る。
「……キミの相棒が生命尽きる寸前に現実世界へと引きずり戻された原因も、おおよそわかったよ。《イマギカ》の中で怪物に襲われて、生命力を奪われた彼女は、現実世界でもバイタルが急変したから、医者や看護師が駆けつけることになったのさ。それで意識を取り戻した彼女は、最後の力を振り絞って、キミにメッセージを送ったわけだね」
「そんなことが、今さらわかったって――!」
そこまで言ってから、イーブはきつく唇を噛みしめた。
きっと、嗚咽を噛み殺しているのだろう。
その場には、救い難いほど重苦しい静寂がたちこめることになった。
「でも……本当に《イマギカ》のプレイヤーは、すべて桜ヶ原の住民なのでしょうか?」
と、ひかえめな声で猫頭の魔法使い、カーミラが発言した。
「赤ん坊や老人までログインさせられていて、今もなお『はじまりの広場』で為すべきこともなく転がっているなんて……そんなの、あまりに恐ろしい話です」
「まだそんなことを言っているのかい? ボクの話に納得してくれたんじゃなかったのかな?」
ロギが不満そうに言うと、カーミラは「ごめんなさい」と目を伏せた。
「ただ、わたしは初めてログインしたとき、あまり周りの様子も確認しないまま、バトルフィールドに移動してしまったから……なかなか実感がわかないのよ」
「だったら、その目で確認してみれば? 確かにこれで『はじまりの広場』から木偶人形の姿が消えていたら、ボクの仮説も揺らいでしまうしね」
そうして一同は、『はじまりの広場』に移動することになった。
そこで待ち受けていたのは、想像以上に異様な光景であった。
確かに木偶人形は、千名以上も居残っている。その大半は地べたに寝転がっているか、力なく座り込んでいるかで、中には赤ん坊のように這いずっている者もいた。
だが、それだけではない。それらの木偶人形とは別に、きちんとアバターを作成した上で、『はじまりの広場』に留まっている者たちがいた。その数は、ほとんど木偶人形の数と同じぐらいにも及びそうであった。
「……あれはきっと、幼稚園生や小学校低学年ぐらいのプレイヤーなんじゃないのかな」
ロギが、低い声でそうつぶやいた。
言われてみると、それは妥当な推測であるように思えた。
そのプレイヤーたちは、みんな幼子のような無邪気さで、鬼ごっこやかくれんぼなどに興じていたのである。
だが、外見はみんな成人の男女であるのだ。それも、ほとんどが似たり寄ったりの凡庸な容貌をしている。それは人間形態のデフォルトのアバターであった。
今時の幼稚園生であれば、少しぐらいは電子ゲームで遊ぶ機会などもあるのだろう。そういうなけなしの知識で、最低限のキャラメイクを完了させた幼子たちが、バトルフィールドに移動することもなく、『はじまりの広場』で遊んでいるのである。
中には、子供らしい容貌をしたアバターや、動物人間のアバターもあった。
もう少し年がいっていて、自分で好みのアバターを作成することができた子供たちであろう。
もっともおぞましいのは、福笑いのように目鼻の位置が崩れてしまっているアバターであった。
きっと子供の稚拙さでデザインを操作してしまい、修正することをあきらめてしまったのだ。ここには鏡も存在しないから、自分がどれほど不気味な姿をさらしているかも気づいていないのだと思われた。
そんな異形のアバターたちが、布の服一枚を纏って、地面に転がった木偶人形を障害物あつかいしながら、広場を走り回っている。
聞こえてくるはしゃいだ声も、おおかたは大人のそれなのである。たとえ中身は子供なのだと言いきかせても、それは異様きわまりない光景であった。
言葉もなく立ちつくす一同の中で、ひとりの人物が「ふむ……」と進み出る。
それは、老騎士のジェラードであった。
ジェラードは、灰色がかった顎髭をまさぐりながら、駆け回るプレイヤーのひとりに「これこれ」と声をかけた。
「おぬしたちは、何をしておるのじゃ?」
「おにごっこ!」
「なるほど、鬼ごっこか。モンスター討伐には行かぬのか?」
「おばけ、こわいもん!」
「そうかそうか。確かにな。……おぬしは、何歳になったのかな? 幼稚園生か、それとも小学生かな?」
「ぼく、ごさい! さくらがはらようちえん、すみれぐみ!」
「そうかそうか。わしもかつては、桜ヶ原幼稚園に通っておったのじゃよ」
「ふーん」と言い捨ててから、そのプレイヤーは鬼ごっこを再開した。
ちなみに外見は、凡庸な成人男性のアバターである。
「やはり、おにいの考えは当たっていたようじゃな。小さな子供たちは、夢の中でも楽しく遊んでいたようじゃ」
「おい、『おにい』は禁止と言っただろう」
ロギが怒った声をあげると、ジェラードは「ごめんなさい」と頭を下げた。
「これで桜ヶ原在住者は十名まで確認が取れた。片っ端から声をかけてもいいけれど、たぶん時間の無駄だろう」
「ああ、きっとそうなんだろうね。……この場にいるプレイヤーも木偶人形も、みんな桜ヶ原の住民なのか……」
「桜ヶ原の世代別の人口比率なんかも調べてみたけれど、10歳未満は15パーセント、60歳以上は8パーセントという数字だったよ。その全員がこの場に留まっているとは限らないけれど、他の世代でもプレイを拒否している人間は一定数存在するだろうから、まあ20パーセントぐらいの人間はここに居残っているんじゃないのかな」
15000名の20パーセントならば、3000名だ。
確かにこの『はじまりの広場』は広大であるので、それぐらいの人間が居残っていても不都合はなさそうであった。
「案外、小さな子供のいる家庭では、《イマギカ》の存在も取り沙汰されているかもしれないね。毎晩こんな夢を見させられていたら、小さな子供は黙っていられないだろう。あるいはジェラードのように、学校で仲のいい友達とだけ秘密を共有しあっている、とかね」
そう言って、ロギは鎧に包まれた肩をすくめた。
「それじゃあ、そろそろ『第一の町』に戻ろうか。今夜の内に、明日からの方針を――」
ロギがそのように言いかけたとき、遠くのほうから一体の木偶人形が近づいてきた。
木偶人形は、あまり俊敏に動くことができない。よって、その木偶人形もよたよたと頼りない足取りで、懸命に歩いているように見えた。
「ロギ、あの木偶人形が、こっちに近づいてきているみたいだよ」
「うん? 散歩をしているだけじゃないか? 二週間もプレイを拒否し続けたやつが、他のプレイヤーに用事などないだろう」
「誰か、知り合いを見つけたとか」
「だから、みんなアバターなのに、どうやって知り合いを見つけられるというんだい?」
「わからないけど、たとえばモモちゃんの知り合いとかだったら、このアバターで本人だと思ったりもするんじゃないのかな?」
愛娘の容姿をアバターの原型にしたペスカは、うろんげに目を細めながら、その木偶人形を見つめ返した。
「桃奈の学校の友達なのだろうか? だとしたら、私はどのように対処するべきなのだろう」
「放っておけばいいよ。どうせあの状態じゃあ、口をきくこともできないのだから」
ロギの言う通り、その木偶人形がネムリたちのもとまで到着しても、意思の疎通をはかることは不可能であった。
のっぺらぼうの木偶人形が、手足をのろのろと振り回して、何か訴えかけてきている。が、彼が念話で会話できるのは、彼専用のコハクタクのみであるのだ。
やがてそれを悟ったのか、彼は自分のコハクタクを呼び出した。
コハクタクも念話で相手をしているらしく、どのようなやりとりがされているのかはわからない。ただ、おもむろにウィンドウが表示されて、彼はアバター作成に着手したようだった。
「いったい何なんだろう。きちんと装備を整えたプレイヤーを目にして、自分もプレイしたくなったのかな」
「どうだろうね。とりあえず、様子を見てみるか」
やがてアバターが決定されたらしく、木偶人形の姿がぼんやりとかすんだ。
その背がのびて、木造りのような質感の肉体が人間らしい形を整えていく。粗末な布の服が胴体を覆い、髪が生えて、目鼻が浮かびあがっていく。
そうしてアバターが完成されると、ネムリは驚きの声をあげることになった。
そのアバターは、彼ではなく彼女だった。そして、オレンジ色のショートヘアと、キツネのような目つきと、きわめてスレンダーな女性らしからぬ長身を有していたのであった。
「あー、やっと喋れるようになったわ。ね、人違いだったらゴメンだけど、アンタ、恒平じゃね?」
姉の瑞穂とそっくりの姿をしたそのプレイヤーは、聞き覚えのある乱暴な口調で、そのように述べたててきたのだった。




