選択
その日、自分は選んでしまった。
様々な選択肢があり、好きな生き方をできるプレイヤーという立場を捨て、この街に、この世界に住む一人の人間として生きることを。
選んでしまった。
後悔があるかと言われれば、どうだろう。
ないとも言えるし、あったとも言える。終わってみれば、どちらを選んでも変わらなかったとも言える。
ならば、それは後悔ではない。未来の自分に、過去の自分が選んだ行動を否定することなど、できないのだから。
◆
「リク、そっち後どのくらいかかりそう?」
通話を飛ばすのは、いつでも陽気な美少年。
どんな時でもロールプレイを、ゲームを楽しむことを忘れない彼は、いつもより少しだけ切羽詰ったトーンで返答する。
『街の全員フル稼働ですが、あと21時間くらいはかかりそうです!』
「長いなあ……」
『さっきそっちにアンちゃん向かいましたけど、ポータル使えないんで救援行けるの彼女だけなんですすみません! なんとかなりそうですか!?』
「……うん、アンが来れるなら大丈夫、と信じたいけど……ぶっつけ本番に近いかな」
『キヌさんならなんとかなります! さっきネームドPOPして前線崩壊しそうなんで一旦通話落としますすみません!! 御武運を!』
慌てた口ぶりで個人通話を切られ、耳には街の喧騒が入ってくる。
情報を統合するに、リクが迎え撃っている敵集団が最もレベルが高く、そして数も多いのだろう。会話が繋げられただけで運が良かったとも言える。
それにしても、あのリクがあそこまで慌てるのだ。攻略最前線で戦っている彼やそのギルドメンバーが倒せない敵が出たならば、今自分の居るダグザより先に、リクの居るネヴァンが落とされかねない。
やはり、救援は見込めない。アン一人がこちらに来るのにどれだけ時間がかかるかは分からないが、彼女が来ても状況が一変することは、断じてない。
こちらはこちらで、できることを、居る人間でやるしかないのだ。
「やっぱあっちのが、大変そうねえ」
隣に立ち呟いたのは、自分と同じように通話のやり取りをしていたミッコだ。自分に向けた発言というより、ただ口にしただけであり、特に返答を求めているわけではなさそうだが。
「ですね。こっちより20くらいはレベル高いみたいですし……時間が悪かったとしか」
「悪趣味なイベントやけど、きっとリアルではそれなりの緊張感あって楽しまれたイベントやと思うと、やるせないわ」
「……」
返す言葉がなくなり、開いた口をゆっくりと閉じる。
そう、このようなイベントはオンラインゲームでは頻繁に行われるイベントであり、今回の『街襲撃イベント』も、緊急的な要件で全プレイヤーが参戦できる、それなりに評価の高いイベントだ。
防衛に携わったプレイヤーには個別に貢献度が設定され、ランキング報酬でレアリティが高いアイテムを配られたりもする。告知もないこのようなイベントは、マンネリが続きやすいオンラインゲームにおいては親しまれるものであり、嫌われるものではないと認識している。
「わたしらは大丈夫やけど、街の人は生き返らんのよね」
ミッコが代わりに言葉を続けてくれる。
ああそうだ、このような街を襲撃されるイベントを放置したら街の住人が減り、活気が失われる。街に住んでいたNPCの数は、イベント前と同じはいかないだろう。今後に支障が出ない程度に街の住人は減らされ、プレイヤーも滅多なことがない限り近づかなくなり、そうして廃れていく。
そうならない為に、いや、それよりも“貢献度を稼いで、他より良い装備を手に入れるために”プレイヤーは街を防衛する。その結果、街が救われるだけの話だ。
「人が、死ぬんですね」
「せやなあ、“人”の定義は曖昧ゆうけど、わたしらからしたら、な」
「死んでも生き返る人と、死んだら生き返らない人。たったそれだけの違いです」
その言葉に、ミッコは無言で返す。彼女がどう感じているかはあまり考えない。ただし、ただのNPCとしか感じていないなら、こんな話を振る彼女ではない。
こんな場面で、だ。
「……無駄話も終わらせて、作戦練ろか」
「そう……ですね」
ミニマップを全体まで広げると、街を覆いつくすほどの赤い光点が動いているのを見て取れた。その全てが、エネミーを示す光点だ。数千、いや、万単位なのは間違いない。
光点は正門となる東側が最も多く、北側が一番少ない。北側の門付近にも大きな光点が10個ほどあるが、小さな光点はまばらだ。その密度を東側を比べると、1/10にも満たないだろう。
「一番不味いのは……」
「北側やねえ。人払い、そろそろ終わりそ?」
先ほどから明滅の止まらないメールアイコンに触れ、アヤトから送られてきた最新のものだけを開く。
NPCの青年、アヤトには、今回人払いの先導を任せてある。彼らNPCには決して戦闘力はないが、いつどこ居るかも分からないプレイヤーより、彼らのように街中で活動している若者の方が、住人を説得するには向いているのだ。顔も知らないプレイヤーが強制するより、彼らのように顔の広い人間が誘導する方が適切だ。それに、そんなことまでプレイヤーが行っていたら、防衛線などとっくに崩壊している。
プレイヤーが防衛に全力を注いでいるからこそ、現在の状況を作れているのだ。
今一番状況が危ないのは敵が押し寄せる正門ではなく、北側一帯。その意見は、ミッコと一致している。
街の北側はプレイヤーが使うことはあまりなく、通用門自体も小さい。防壁は他と同じだけあるが、プレイヤーの数が少ないということは、そのままNPC――いや、街の住人の数が多いことを示している。
すると、どうだろう。1/10の敵しか居ない北側でも、1/10以下のプレイヤーしか集まらなかったら、それで防衛は行えるだろうか。
不可能だ。考えるまでもない。
ふつうのプレイヤーは誰もがこの場面でマップを開いたら、圧倒的に敵の押し寄せる正門の防衛に回るはずだ。少ないところには少ない人数だけで対処できるからと、誰も敵の少ない場所には向かわない。
稀に“人の多いところの方が貢献度が稼げるから”と、あえて人の少ない場所に向かう上級者も居る。しかし、この街でそれを期待するには難しい。上級者など、この街にはほとんど常駐して居ないからだ。
結果、敵の少ない場所の防衛は最小限の人数で行われることになる。正門の人員が飽和しローテーションで回すことができる状態でも、遥かに参戦人数の少ない場所でそのような余裕を持ったローテーションは回せない。
死に戻りし、デスペナが回復する暇を待つことなく、再度防衛に移る必要まで出てくるのだ。
「今北側は、アイちゃんとミキさんが応戦してくれてます。さっきの報告から変動がなければ、プレイヤーは100人も集まってないみたいで、門が割られるのも時間の問題かと」
「……露骨やなあ、ま、しゃーないか」
「ですね。正門、5000人くらい集まってそうですけど」
「そんなもん、ね。で、わたしは、どうすればいいんかな?」
ミッコはそう言うと、こちらの目をじっと見つめる。
彼女は答えを求めている。自分にしか出せない答えを。聞かれたからには、無視できない回答を。
だから自分は、選ばなければならない。お飾りだろうがギルドマスターである以上、ギルドの最大戦力をどこに派遣するか、決めなければいけない。それが自分の責任であり、責務だ。
「ミッコさんは、北側の増援に向かってください」
「はあい、二人は?」
「ミキさんとアイちゃんは、交代で南に向かってもらいます。あっちもあっちで辛そうなので、すみません。それと……」
それと、から先の言葉も考えていたのに、それは出てこなかった。
決めていた。それしかないと分かっていた。けれど、即決してそんな指示が出せるほど、自分に指揮官としての経験はない。
ゲーマーとしての経験も、このゲームをプレイした経験も、そのどれもが指揮官としてではない。下で働く、兵隊なのだから。
だから言葉が続かなかった。自分はその指示を出すに値する人物なのか、それを指示された者の気持ちはどうなのか、それらを無視して言葉を続けるほど厚かましい人間ではないと、そう考えてしまったのだ。
「んー、それ、どんくらい耐えれば良い?」
自分の逡巡など知るよしもないと言わんばかりに、そうミッコが言葉を返す。
ああ、この言葉だ。彼女は何も知らないわけでも、何も考えていないわけでもない。全てを考え、全てを察し、その上での解を求めていたのだ。
何をするかなど、話が始まった時点で既に決まっていた。いや、北側が一番脆いと気付いた時点で、彼女の担当は決まっていたのだから。
「全てが片付いて北に人員回せるまで、大型の足止めをお願いします。時間は……わかりません」
彼女だから、この言葉を続けることができた。彼女に指揮官としての才能はないかもしれないし、あるかもしれない。いつも飄々と構えている彼女が指揮をする姿を想像できないこともないが、本人はやりたがらないのだから、その役を押し付けることなどない。
そもそもこのギルドに、明確な指揮官など存在しないのだ。だから自分も、現場代表でしかない。この街のNPCに対する知名度は上がってきているだろうが、どんなプレイヤーからも知られるような存在になったことはない。そんな大それたことを行えるのは、最前線を走るリクのような人間達だ。
「おっけーおっけー、だいじょうぶよお。ミッコさん、全力で妨害したりますから」
「……宜しくお願いします」
実質“死ぬまで耐え続けろ”と死刑宣告をされたにも関らず、彼女の様子はいつもと変わらない。
右手を大きく振りながら北に向かって走り出した彼女を見送る自分には、それしかできない。今できる最善を、するしかないのだ。たとえそれによって、どんな犠牲が出ようとも。
この街の住人を、この街の平穏を、汚すわけにはいけない。
◆
「わりい遅れた。つーか外から見たけど……こっちネヴァンよりヤバくねえか? 門どころか壁の耐久度、ほとんど残ってないみたいだけど」
ミッコを見送り一人で情報整理を行っていたところ、瞬きをする間に銀髪の少女が現れる。
ギルド《ホワイトフォレスト》に入っているわけではないが、最前線にはあまり行きたがらない彼女とはよく狩りを共にする。ここぞという時に助けに来てくれるその少女は、アンという。テレポーターという特殊なビルドを駆使し、β自体には有名なプレイヤーだったと聞く。本人が当時の話をしようとはしないので避けてはいるが、現在攻略最前線都市となっているネヴァンにも滅多に行こうとしないので、よほどのことがあったのだと見当はつくが。
彼女は、この襲撃イベントが始まった時はネヴァンに居た。何かのクエストがネヴァンでないと受けれないようで嫌々だったが、それで街を繋ぐポータルが停止している今、こんな速度で街の間を移動できるのは彼女くらいのものだろう。
「うん。……北の壁は決壊済み。街にも若干侵入されてるはずだけど今はミッコさんが行ってるからすぐに被害が出ることはないはず。東も人は集まってるけど守り切れるほどじゃない。持って20分」
「……の割にはのんびりしてるな。策でもあんのか?」
「あるっちゃあるけど……アン待ちだったってとこかな」
これから行う作戦は、正直成功するかは五分五分でしかない。試したこともないし、理論上は不可能ではないという程度の賭け。策とも作戦とも言えないほど、稚拙な手段。
これが成功しなければ、恐らくこの街は終わる。何割の建物がなくなり、何割の住人が死に、何割の住人が他の街へ移住するかは分からない。それでも、この賭けに負けたら、“今の”この街は終わるのだ。
平和で平穏なダグザの街は、ここで終わる。
それだけは避けなければならない。だから、選択する必要があった。
街を選ぶか、プレイヤーを選ぶか、を。
「ん? アタシに何させるつもり? つーかそれで呼んだのかお前」
「大正解。俺一人じゃできないから、ポーターが必要で」
「……何する気だお前」
俯いていたところをアンに呆れ顔で覗き込まれるが、まだ、自信を持って言えるほどでもない。
やはりただの賭けなのだ。そんなものに付き合わされる彼女も、たまったものではないだろう。
「敵全部トレインしようかと、思うんだよね」
「…………ハァ?」
案の定の反応。同じことを言われたら、自分も同じ反応をすることだろう。
この場合の“全部”というのは、街を覆い尽くしている数万のエネミーのことだ。
トレインするには、既にエネミーの持っているヘイト値よりも高いヘイトを与える必要があり、それを行う基本的な方法としては、“エネミーの行動範囲内で回復やタンク等のヘイト上昇スキルを使う”ことや、“誰よりも高いダメージを与える”ことが考えられる。
しかしヘイト値を直接管理できる『感染呪術』では、そのどちらでもないヘイト変動を行えるのだ。
「アンのテレポート、最大射程はどのくらい?」
「…………街指定しねえなら5キロで限界だ。場所は?」
「5キロなら……このへんかな、ザムワーク森林あたりなら、届くよね」
「ちょっと待て……ん、大丈夫」
「じゃ、合図したら飛ばして」
「……説明無しかよ、まぁ良いけど」
マップを開いて距離を確認していたアンにパーティ申請を送り受理されると、最後の準備にとりかかる。
インベントリから親指大の小さな石ころを実体化し、指で砕く。何の抵抗もなく砕かれた石は砂のように散り、視界の端に小さなバフアイコンが表示される。
アイコンにタッチ。【リア・ファルの加護:MPがなくなるまでの間、クールタイムを100%カット。全てのMP回復を停止】
今砕いた小さな石一つで、それなりに大きな家が買えるほどの値段がする。偶然手に入れたわけではなく、ドロップしたメンバーに安値で買い取らせてもらったものだ。それでも、数カ月分の貯蓄がなくなるほどの出費だったが、今この時のためだと思えば、痛くない。
『感染呪術』スキルを使用。選んだのは、ヘイト交換スキル『投射』。それを一度だけ発動すると、使い慣れた次のスキルを使用。
使用回数がついに5000の大台に乗ったそれは、ヘイト上昇スキルの『怨嗟』だ。それをMP目一杯の40回連続使用。リア・ファルの加護がなければ、クールタイムと効果時間の関係上、一度に載せられて5回程度だ。それでは足りないから、使用したのがあのアイテム。
これらヘイト変動スキルは、発動しただけでは効果はない。次の攻撃でヘイト変動を行うだけのスキルなので、これを発動しただけでは、MPが減るだけだ。
「領域拡張……?」
使用スキルを横から覗き込んでいたアンが、そう呟く。選んだのは、パッシブスキル、領域拡張だ。
「って、なんだそれ。前のクエストの報酬か?」
「そ。これで範囲を――」
ミニマップを広げ、街の全体が見えるように表示。『領域拡張』スキルアイコンに触れ続けていると、いつしか肥大化したサークルは街ほどに広くなり、それでも広げ続けると、敵を示す赤い光点全てを覆い尽くすほどまで広がっていく。
「で、最後は『ヘッジホッグ』」
最後に選んだ毒魔法スキル『ヘッジホッグ』は、1mほどの範囲の敵に1発ずつの毒ガス弾を食らわせ、Lv1の毒状態を与えるだけの魔法だ。障害物を無視し山なりに飛行していくその魔法は、呪術のスキルレベルが上がったことでMP管理に余裕ができ、ダメージソースとして使うようになった魔法の一つ。
スキルを使用し、全身から飛び出した紫色のガスのような塊は一つや二つではない。10、100、1000、いや、1万を超える数の塊が、一瞬にして飛び出した。後には、少々の煙だけが残る。
「じゃ、アン。お願い、――――飛ばして」
「……了解」
暗転。




