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貧民街の暗殺者と、貴族の魔法使い  作者: いのれん
第二部「手折られたもう一輪の花は、月に導かれ太陽となる」
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第十三話 花の決意は、黄金よりも輝かしく尊い

 正直、世間知らずでただうるさいだけの箱入り娘かと思っていた。

 口だけで何一つ行動も出来ない、オムツも取れたか取れないか怪しいレベルと思っていたが。

 予想しなかった潔い決意に、俺様も思わず昂ってしまったぜ。


「頼みがある。エリザベス姉上は公の場で罪を償わせたい。生かして欲しいのじゃ」

「難しい注文だな」

「直接話したい事もあるのじゃ。頼む」

 こんな傲慢な貴族様がここまで下民相手に頼みごとをするとは。

 ますます気に入ったぜこのお嬢様。

 とことん付き合ってやろうじゃないか。


「安心しろ。依頼者の望み通りにしてやる」

 彼女のいい意味で思いがけない態度と前例の無い大仕事という事もあって、俺はより興奮してしまうが、今は気持ちを静めてマスターの話を聞かないとだな。


「さて仕事の話だが、今回の依頼を遂行する上で重要な事が二つ。長姉が幽閉されている場所か、あるいは処刑される場所のどちらかが解っている事。もう一つは次姉が今回の騒動の犯人である証拠を入手するという事だ」

 突然の依頼という事もあって、成功に結び付けるような手がかりは一切掴めていないし、それどころか仕事を無難に遂行する為の足がかりすら無い。

 エルシアやアロマちゃんも気難しそうな顔をしている様子から、全員が同じ考えを持っているのだろう。


「突然の依頼だったからな、調査はこれからとなるが……。あまり悠長にもしていられん。処刑までに日数はないからな」

「どのくらいなのじゃ?」

「俺が商人から聞いた話では四日後だ」

 たった四日しかない。

 普通ならば無茶な依頼と見限って断るはずだが。

 マスターの様子だとそんな感じには見えない。

 何故だ?

 何か理由でもあるのか……?


「貴族の処刑は罪の深さにもよるが、毒による自害か斬首とされておる。どちらも民衆の前で行われるのが水神の国の習わしじゃな」

「という事は、人が集まる場所か?」

「うむ。国王の血筋の者であれば城下町の広間、そうでなければ当事者の家じゃろうて。アルカティア家は王家アクアクラウン一族の遠縁ではあるが、今回はエリザベス姉上が正式に家主になる事もあって、その広報も兼ねてわらわの屋敷の玄関前広間で行われるはずじゃ」

 しかしアロマちゃんもそうだが、この高飛車な娘っ子も剛毅というかなんというか。

 普通に十三、十四歳の女の子ってここまでしっかりしていないぞ?

 それとも俺の認識が古すぎるだけなのか?

 うーむ、ルナティックの子らは皆純真で真面目だったからなー。

 アロマちゃんは天使だからという理由で納得出来るが、国や環境が変わればここまで変わるものなのかねぇ。


「四日じゃちょっと難しいわね……」

「だが今までの仕事とは違う。迂闊に立ち回れば俺らも危うくなってしまうからな。時間がかかってもまずは情報を集めなければ」

 マスターの言うとおりだと思う。

 このまま突貫しても、まず失敗するだろう。

 いや、失敗だけならまだしも、うちのギルドの面子全員がさらし首になるって事も十分あり得る。

 仕事の成功と、仲間の無事の為にもしっかり足場は固めておきべきだな。うむ。


「情報収集は私が行ってもいいかな?」

「出来るか、アロマ」

「うん。ここ以外の場所も見てみたいの」

 正直、意外だった。

 アロマちゃんの今までは、なるべく人目のつかないような仕事がメインだったはず。

 正体を明かして吹っ切れたのかね。


「私が屋敷へ行く時についでに街の様子も見てくるけど?」

「ううん、私が行きたい。いろんな所に行ったり、いろんな物を見たりしたいの」

 まあ、今の仕事とは直接関係のない情報であったとしても今後無駄にはならないだろうし、何よりも自主的にやりたいって気持ちを尊重してやらないとだなー。

 余裕の無い時こそ、焦らず気持ちに遊びを作らないとな。


「ふーん。じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」

「決まったようだな。ならばアロマは王都へ、エルシアはアルカティア家に潜入。成果の有無に関わらず一両日中に戻ってくる事」

「うん、準備したらすぐ行く」

「私も潜入用の道具揃えたら向かうよ」

 アロマちゃんはいつもの無表情のまま、エルシアは笑顔で軽く手振りながら自室へと戻っていった。

 やっぱり俺様の出番はナシっすか。

 うーむ、またしばらく暇が続くな、何すっかなー?


「俺もちょっと出かけてくる。店とお嬢様のお守りはファルスに任せたぞ」

 今後訪れるであろう不毛な時間帯をどう凌ごうか考えようとした時、マスターもカウンターから出てそのまま着の身着のままで外へと出て行ってしまう。

 残されたのは俺と、このお嬢様だけ。


 二人きりになった酒場。

 勿論客なんて居る訳もない。

 外は明るいが、まるで夜のように静かで一切の音もしない状態が続く。

 ……。

 ……。

 ……。


 き、気まずいぞ!

 これは居るのが辛い、辛すぎる!

 普段人目なんて大して気にしないと思っていたが、この閉塞感はなんだ。


 俺はふと、お嬢様の方をこっそりと見る。

 目線は……、壁の方をじっと見ているのか?

 アロマちゃんにも負けないくらいの仏頂面だな。

 でも良くみたら顔立ちいいし、結構可愛いぞ?

 多少釣り目だが二重だし涙袋もあるし、鼻筋だって通ってる。

 肌も綺麗だし、これは将来美人さんになる顔だな。


「さっきからわらわを気安く見るでない。仕事の依頼はしたが、心まで許した覚えは無い事を肝に銘ぜよ」

 ぐっ、俺様がばれないように見ていたのが気づかれてたか。

 視線全く動かしていないのにどうしてだ?

 てか俺は何をやってるんだ……。はぁ。

 結局俺が興味本位でした行為は、この場をますます気まずくさせてしまう。


 そして、実際は大して時間は経っていないのだろうが、永遠とも思える程長く感じる沈黙が続いた後……。


「ふむ、仕事で必要になるやもしれんな。姉上の事について話すぞ、仕事の遂行に役立てるとよい。二度は話さん。おぬし等の仲間にはお主から話せ、では良いか?」

 ついにその空虚な時間を打ち破られる。

 相変わらず上から目線なのが可愛さ余って憎たらしさ百倍だが、このまま気まずい雰囲気が続くよりかはマシだと思い、頬杖をつきながらも少女の話に耳を傾ける。


「長女のマリアンヌ姉上は、次期当主の第一候補であった。故に性格や振る舞いは、淑女の名に恥じぬものであろう。あれ程の立ち振る舞いが出来る貴族や王族はそうはおらん。わらわからみても羨ましいのじゃ」

 ふむふむ、長女はこの偉そうな末っ子とは違うらしいな。

 そこまで絶賛する程なのか、それは興味はあるが。

 んーむ、俺のような下民とは無縁すぎる、話をする風景すら想像つかんぞ。


「次女のエリザベス姉上は、マリアンヌ姉上とは違い気性が荒く、王宮のパーティよりも騎士団の訓練所の方が似合うと言われるほど剣に精通しておる。腕前は並の兵士なぞ片手であしらえる程じゃ」

 次女もある意味ではこの末っ子と違うようだが、長女ともまた全然別の人種らしいな。

 興味はあるが、……あまり会いたくは無いな。

 下民扱いされて、剣のサビにされるのがオチだ。


「二人とも性格はまるで違うが互いに敵視してたり、反目しあってたり、そう言った負の感情は抱いてはないと思っていたが……、わらわの見間違えじゃったのかもしれん」

 今まで淡々と語っていた少女の表情が多少だが曇りだす。

 姉妹同士、お互いに考え方や価値観は違えど協力しあって、自分の家を盛り上げていこうと思ってたところの裏切りってところか。

 まあ、ショックを受けない訳が無いよな。

 事実、これだけ偉そうにしながらもこの出来事を知った時は乱れていたし、予想もしていなかったみたいだし。


「なあ、本当にいいのか? どんな結末になろうとも身内を死刑台へ送る事になるんだぞ?」

 この仕事が成功しても失敗しても、結果としてこの少女は不幸になってしまう。

 暗い結末しか待っていないというほぼ確かな現実は、大人でも受け入れるのに酷く苦痛が伴ったり、拒絶したりするのに、それを貴族とはいえ子供が背負う事になるなんて。


「おぬしもクドいぞ。わらわが決めた事じゃ。後悔は無い」

 それでも、この少女は全部飲み込んで自分の器で受け止めようとしている。

 健気な話じゃないか!

 声は相変わらず甲高くてきんきんと頭に響くし、高飛車な性格も好みでは無いが、どこか手助けしたくなるんだよな。

 そういう所だけはアロマちゃんと同じなのかもしれん。


「さては暇じゃな? ならば髪の手入れをしたい。手伝え」

「へいへい、かしこまりましたお嬢様ですよ」

「変な言葉を使うでない」

 ようやく俺様が手持ち無沙汰な事に気がついたのか。

 はたまた、話すネタが無くなって別の話題を振りたかったのか。

 俺はこのお嬢様の縦巻きロールな髪型の手入れを手伝う破目になってしまう。


 女の子は好きだが、実際に触れた事なんて殆ど無かったせいか、綺麗な髪形に戻る頃にはソフィネお嬢様はすっかり不機嫌になっていた。

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