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貧民街の暗殺者と、貴族の魔法使い  作者: いのれん
第一部「花は剣と共に」
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第十一話 花は、言の葉に秘め事を添えて

「で、マスターはアロマちゃんを探しに行ってしまったわけと」

「ええ」

 マスターが出て行った後、俺は今回の仕事についてエルシアに聞いてみるが……。 


「てかさ、変だとは思わなかったのかね?」

「知らないわよ。あの子何も言ってくれないし」

 本当に気づかなかったという事と、エルシアの適当な態度が腹立たしく感じてきた。

 というか、いつもアロマちゃんの世話焼き係をしているのに結局何も知らねーじゃん。

 かーっ!

 駄目だね、駄目過ぎる。

 あんなぷりちーでらぶりーなおんにゃのこが悩んでいるって明らかじゃないか。

 ずっと誰にも言えない隠し事をしていたりとか、何か目的があるけれど達成できずもやもやしているとか。

 やっぱエルシアじゃ駄目なんだよ。年増は感覚鈍すぎ。

 アロマちゃんを真に理解出来るのは、俺だけしかいねーもんな!


「あ、おかえりなさい。急に出て行ったから心配したのよ~」

「ああ、すまない」

 いつの間にか苛立ちが都合のいい妄想へと変わろうとしかけた時、マスターがいつも通り無愛想な表情まま帰ってくる。


「アロマちゃんもおかえり」

「うん、ただいま」

 その後ろに隠れつつ、俺の女神もこの薄汚い酒場へと戻ってきた。

 くっそー。マスターとこんなに引っ付きやがって!

 しかも手まで繋いでやがるぞ!

 なんて羨ましいけしからん。


「え、えっと、大事な話があるので今居る人は集まって貰ってもいい……かな」

「なんだろう? 今この酒場にいるのは私とファルスだけだよ」

「そう。うーん……」

「どうしたの。何かあったの?」

 何を急に改まっているんだ?

 帰ってきてずっとこっちの顔を見ながらもじもじとしている。

 もしかして、愛の告白か!

 ついに俺様の良さに気づいたかー、そうかそうかー。


「実は私は人間じゃないんです」

 アロマちゃんの突拍子の無い発言に、周囲が静かになってしまう。

 人間じゃないって、意味解らないぞ。


「おいおいそりゃどういう意味だよ」

「見せた方が解ってくれるかも。変身するね」

 そう言うとアロマちゃんは腕を軽く広げ、大きく呼吸をしつつ目を閉じる。


呼び覚ませ(リコールオブ)神秘なる月の力(セイクリッド)を司る神々しき光(ムーンライト)!」

 アロマちゃんが聞き慣れない言葉を言い終えると、彼女の胸から光の濁流が周りを押し流す勢いで溢れ出る。

 少女はそれを多少苦しそうに手で抑えこむと、今まで着ていた衣服が真っ白なワンピースへと、靴は同じ色のサンダルへと変化する。

 服装の変化が終わると同時に彼女の背には一対の純白の翼が大きく広がり、頭上に光の輪が生成され、天の使いとなったアロマちゃんは閉じていた目をゆっくりと開く。

 その目の中は今までに無い、まるで太陽のような輝きを持った光が宿っていた。


「う、嘘だろ……」

 お、おい。

 これは何か夢か、幻か?

 俺は現実を生きているのか?

 やっぱり死んでて、実はここは天国だとか?

 いや違う、そんなんじゃねえ。

 駄目だわけ解らん、頭が混乱してやがる……。


「ずっと隠していてごめんなさい」

「じゃあアトランティスの本拠地を潰したのも、化け物になったボスを倒したのもアロマちゃんって事か?」

「うん」

 天使なんて存在は古代の歴史を纏めた本を読んで、そこから漠然とした姿しか知らないが、仮にその通りならばこの地上全てすら火の海にだって出来るくらいの力を持っている。

 そりゃああの化け物や砦を消し飛ばす事も出来るわけだ。


「ねえ、マスターは知ってたの?」

「ああ」

「……アロマちゃん、何故黙っていたの?」

「あ、あのね、私が言わないようにお願いしたの。私が天使だって知ったら、みんな怖がると思ったから……」

 瞳の中の強い光とは裏腹に少女は弱々しく、とても申し訳無さそうにエルシアへと答えた。


「やっぱり……、怖いよね」

 俺はいつもの悪ふざけをする時の様に、うつむき目線を逸らすアロマちゃんへ手を差し出そうとする。

 しかし彼女に手を近づけた瞬間、燃え盛る火炎に手を突っ込むようなひりひりとした熱さと痛さに見舞われてしまい、思わず出した手を引いてしまう。

 それはまるで人間のような下等な生き物が触れてはいけないと警告するかのように感じた。


「うーん、俺様が冗談で天使だの女神だの言ってたのが、まさか本当だったとはなー」

 そもそも、本当に天使がこの世界に居るなんて。

 じゃあ今まで探していた白いドレスでロングヘアーの女性ってのも、雰囲気から察するに天使なのか?

 つまりアロマちゃん以外にも居るってわけか?

 おいおい。そんなおとぎ話や古くさい本にしか出てこない生き物がぽんぽん出られてたまるかよ。

 まあ、今はそんな事どうでもいいがな。


「そんな顔しないでくれよ俺のマイスイートエンジェル。別にお前さんが何者だろうが、俺は一向に気にしないけどな。エルシアもそうだろう?」

 これではっきりとした。

 彼女は敢えて孤独になっていた、わざと他人を寄せ付けなかった。

 そりゃあ、普通の人間は仲間が天使だなんて知ったら、今まで通りって訳にはいかんだろうからな。

 そしてアロマちゃんは紛れも無くそういう存在なわけだ。

 だがよ、気質や性格はどうだ?

 同じ十三歳の女の子と同じと言ってもいいんじゃないか?

 しかもこうやって告白するって事はだ、孤独より仲間を求めていた証じゃないか?

 だったらそれに答えてやるのが俺様であり、器の深くて広いかっこいい大人だよな!


「正直言ってファルス程割り切れてはいないけれど、嫌いとかそういうのはないよ。だってアロマちゃんはアロマちゃんだからね」

 エルシアも戸惑ってはいるが、悪い感情は無さそうだ。

 自惚れかもしれんがこんな場所だからこそ、こうやって受け入れられたのかもしれんなー。

 そういう意味では、アロマちゃんは幸せなのかもしれん。


「みんな……」

 思いがけない反応だったのか、少し驚きつつも変身を解き、いつもの姿に戻ったアロマちゃんの目が潤みだす。


「よかったな、アロマ」

「うん……、うん!」

 目から落ちる涙を一生懸命両手で拭いながら、彼女は何度も頷く。

 その姿は冷徹な暗殺者でも無く、神々しい天の使いでも無く、普通の少女のそれだった。

 まあでもこれで、アロマちゃんも少しは心を開くようになるのかねえ。

 うーむ。今までずっと無愛想だったのか、よく喋るアロマちゃんを想像できんぞ。

 だが面白くなりそうだな。うはは。


 そんなささやかな感動の最中、俺様も含めこの場の誰も予想しなかったであろう出来事が起こる。


「誰だ!」

「ど、どうかお嬢様を、アルカティア家を助けてくださいませ……」

 扉がゆっくりと開くと、フォーマルなスーツを着た傷だらけでぼろぼろになった高齢の男が、フリルをふんだんにあしらったネグリジェを着た少女を抱きかかえながら店の中へと入ってくる。

 男が歩くたびに血が滴り落ち、酒場の中へ完全に入るとそのまま前のめりになって倒れてしまった。

 な、なんだ!?

 一体どうしたっていうんだ?

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