ある令嬢の話
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わたしには殺したいほど憎んでる人間がいる。
わたしの初恋を実らせるチャンスを奪った男。
アルヴィン・ドラクロワ。
わたしはこの男が嫌いだ。
男のくせにニコラス・リンモッド様と婚約した男。
ニコラス様はわたしの初恋だ。
幼い頃に両親と参加したとあるお茶会で、緊張のあまりわたしはお気に入りのドレスにお茶を溢してしまった。
近くに両親はいなくて、どうしようとパニックになっている時に声を掛けてくれたのがニコラス様だった。
『一緒に来て』
ニコラス様はわたしを近くにいた使用人のところへ連れて行ってくれて、両親を呼んでくれるように頼んでくれた。
『じゃあね』
両親が来るのを見届けてニコラス様は去って行った。
両親には『落ち着きがない』と叱られてしまったけど、わたしはこの出会いに感謝した。
『お父様! わたし、ニコラス様の婚約者になりたい!』
ニコラス様がリンモッド伯爵家の令息であることを教えてもらったわたしはお父様に頼み込んだ。
『おいおい。うちは男爵家であちらは伯爵家だ。家柄も釣り合わないし、断られるのは目に見えているぞ』
『お願い! お願い~っ!』
『あなた。リンモッド伯爵夫妻の人柄の良さは知っていますよね。ダメ元でも婚約を申し込んでみてはいかがでしょう?』
『確かにリンモッド伯爵夫妻なら門前払いせずにきちんと考えてくれるだろう。よし、分かった! 婚約を申し込むだけ申し込んでみよう』
『ほんと!?』
『ああ。ただし、リンモッド家は伯爵だから釣り合いの取れた家の令嬢と婚約する可能性が高い。断られても泣くんじゃないぞ』
『はーい!』
お父様はリンモッド伯爵家へ縁談を申し込んでくれた。
だけど、
『……すまない。ドラクロワ家がニコラス様に婚約を申し込んだ』
『え? ドラクロワ家って侯爵家の……?』
『ああ』
『ドラクロワ侯爵家には令嬢はいなかったはずでは?』
わたしはお父様とお母様の話を大人しく聞いていた。
『アルヴィン様だよ』
『えっ!』
『アルヴィン様がニコラス様に求婚し、ドラクロワ侯爵がリンモッド伯爵家へ婚約を申し込んだという流れだそうだ』
わたしの家はお茶会を早く退席したから、その後に起きた出来事を知らなかった。
『あの、どちらも一人息子ですよね……?』
『ああ。子どもの戯れとして済ませられたのに、侯爵は一体何を考えておられるんだ……』
ドラクロワ侯爵家を差し置いて、男爵家がしゃしゃり出ることは出来なかった。
わたし以外にもニコラス様へ婚約を申し込んだ家はあったという。
しかも、ドラクロワ侯爵家からわたしの家を含めて婚約を申し込んだ家にニコラス様には近付くなと圧を掛けられてしまった。
反論すれば、爵位が低い家は最悪路頭に迷ってしまう。
ドラクロワ侯爵家には簡単なことで、それだけは避けなければならなかった。
ドラクロワ侯爵令息は冗談ではなく、本気でニコラス様を口説いていた。
2人の間に入る隙なんてなかった。
(ニコラス様。ドラクロワ侯爵令息と婚約なんてしませんよね? 勿論断ってくれますよね?)
わたしの願いも空しく数年後、ニコラス様はドラクロワ侯爵令息と婚約してしまった。
ニコラス様の婚約を知った時、わたしは目が腫れるほど泣いた。
爵位はドラクロワ家の方が上だけど、ニコラス様なら同性を婚約者にするわけないと高を括っていた。
お父様はドラクロワ侯爵家から圧を掛けられながらも様子を見て、リンモッド伯爵家へ婚約の打診をしてくれた。
わたしはニコラス様の婚約者にはなれなかったけど、わたしのために動いてくれたお父様には感謝してる。
(………ドラクロワ侯爵令息との婚約はニコラス様が決めたこと。お慕いしてる方の幸せを願うことが淑女の正しい姿よ)
ドラクロワ侯爵令息はニコラス様を大事にしてるという。
ニコラス様も満更でもないようだ。
(わたしには何の力もないけれど、周りのように2人を嘲笑したりしないわ)
この国で同性婚を選んだ2人がどのような扱いを受けるのかは分かっていた。
男爵令嬢のわたしに出来ることは、見守ることだけだった。
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「『―――アルヴィンは僕のすべてです』だとさ! 男が男に向けてよくもまぁ、こんな吐き気のする文章を書けたものだな。なぁ、ニコラス・リンモッド伯爵令息?」
ビリッ、ビリビリッと紙を破く音。
あの男は何をしているの?
「気持ち悪いんだよ、お前。俺がお前となんか結婚するわけないだろう。二度と俺の前にその陰気な顔をさらすな」
気持ち悪いって誰が?
ニコラス様へ婚約を申し込んだのは誰?
手紙は大事なものだったんじゃないの?
「ニコラ……」
あの時のニコラス様の表情を、わたしは一生忘れないだろう。
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