20 舞踏会
アリアンナとともに数日を過ごしていると、舞踏会の招待状がエリアナの分もオールストン公爵家に届いた。
ここにいることを想定して送られてきたことにも驚いたが、その主催者を見てエリアナは納得した。
デルフィーナ王妃殿下が主催のパーティーだ。彼女は王妃らしく、国の貴族の事をよく見ていてとても人の機微に敏感な人だ。
けれども、あんなふうな噂が出回っている状態で、王城の舞踏会に行くのは少々気が引ける。
それに、婚約を破棄されてから初めての公の場だ。もしかすると、正式に貴族たちに発表があり、ベルティーナとカイルの婚約を祝う場になるかもしれない。
エリアナはそれを快く祝うことはできないだろう。
「……いかない。チェスターお兄さまもいるだろうし、行きたくない」
舞踏会の日の装いを相談しに来たアリアンナにエリアナはやや子供っぽい駄々をこねる様な声で言った。
「そうはいってもな、エリアナ、デルフィーナ王妃殿下が主催なんだぞ?」
アリアンナは、腕を組んで首をかしげて持ってきていた可愛らしいドレスをソファに投げた。
たしかに、エリアナはデルフィーナにはお世話になっている。次の王妃になる身として色々なことを学ばせてもらった。
理性では行くべきだとわかっている。
「それに、何か今回でわかることもあるかもしれないぞ? 少なくともどの程度の貴族がベルティーナに好意的なのかぐらいはわかるだろ」
「……」
「エリアナの実家のことだって一番心配してるのはエリアナだろ。コンチェッタお姉さまが無事でいるかだけでも知りたいんじゃないのか?」
アリアンナの言うことはすべて正しくて、エリアナはその通りだと思う。
けれども行きたくないのだ、もしもカイルとベルティーナがべったり寄り添って婚約破棄をされた日のように、いちゃいちゃとしていたらエリアナはその場でベルティーナに襲い掛かってしまうかもしれない。
二人の婚約と明るい未来に祝福なんてできるわけがない。
「……でも……」
「見たいものだけ見て、知りたいことだけ知って、適当に帰ってきたらいいだろ? ついでに、魔法もかけてやるよ。それならエリアナを見てヒソヒソされることもないんじゃないか?」
正論を言われてそれでも納得できずにいると、アリアンナはエリアナにやさしくそう提案する。
姿を変える魔法まで使ってくれるとは椀飯振舞だ。ここまで言ってくれているのに、エリアナは子供っぽくいきたくないとは言えずに小さく頷いた。
姿を変えてもらって、エリアナは侍女のディーナのように落ち着いた雰囲気のある令嬢にしてもらった。
ディーナはその変身した姿を見て、とても驚いていた様子だったがアルフは人間の顔など見ていないらしく、そばに寄ってきていまだに気が付いていない。
馬車の床に座らせて頭をなでながらも、同乗しているオールストン公爵にお礼を言った。
「申し訳ありません。公爵、アルフの同乗も許していただいてしまって」
「ああ、問題ないぞ。護衛は常にともにいなければ意味もない。それにこうしてクリフォード公爵家のお嬢さんを預かっているのに、何かあっては困るだろう」
「ありがとうございます、気にかけていただいて」
「当然のことだ、君はソラリア王国の新しい時代を導く光だ。丁重に扱わなければ」
オールストン公爵はアリアンナによく似た長い耳に、金髪は少し白髪を含んでいる壮年の男性だ。
とても気さくで、あまり帰ってこなくて会うことがない今世の父と少しだけ雰囲気が似ている気がした。
彼の言葉に、アリアンナは眉を吊り上げて、隣に座る父を覗き込んでいった。
「そうはいっても、こうなったエリアナの事を父上たちは誰もフォローしないくせに、本当にそう思ってんのかよ」
彼女はずばりと、オールストン公爵に普段から言っていることを口にした。
エリアナは正直自分の父親であるクリフォード公爵にだってこんなにあけすけにものを言えない。同じ転生者であっても家族関係というのは取り巻く人間によってどんな形にも変化するという事だろうか。
「それはもちろん……といいたいところだが、そうだな。事実こうして、エリアナ嬢は今この場にいる。アルカシーレ帝国との調節に手を焼いていることを免罪符に、私たち親世代の子供たちに対する不甲斐なさを正当化することはできないか……」
「そうだ、そうだ。まったく、あんな聖女さっさとどうにかしてくれよ。手を打っている、調整しているって言ったって、まだ俺らは何も実感できてないんだからな」
「アリアンナの言う通りだ。そうだな、この舞踏会が終わって、しばらくかかかるだろうが必ず、クィンシー国王陛下やクリフォード公爵が事を動かすだろう。それまでどうか今しばらく待ってほしいというのが本音だ」
「だから、それっていつだよ~。はっきりしないな、父上!」
アリアンナは、そういって不服そうに背もたれに勢いよく体を預けた。
エリアナも、そういった話は聞いていたが、徐々にベルティーナよって貴族たちの意見が変えられているのを実感するだけで、それに対しての国の対策はまだ見えてきていない。
……国同士の関係は難しい事は知っているけれど、不安になる気持ちもある。
それでも今、こうして私に協力してくれている人たちを守るために私にできることって何だろう?
家族らしく、父をなじるアリアンナを見つめながら、舞踏会に向けて馬車に揺られて王城への道を進んでいったのだった。




