焼肉
翌日、傑は何の問題もなく行動できていた。
受けた銃弾は合計2発。
脇腹だけかと思っていたが、どうやら脚にも受けてしまっていたらしく、そのことを病院で聞かされた。
目が覚めた時、側にいたのは雪目だった。
しかし、すっかり疲れていたのか彼女は傑に倒れ込むようにして眠っており、窓の外が真っ暗だったこともあって、彼はもう一度眠ることにした。
そして朝、医者から自身の身体の現状について聞かされていたのだ。
「運がいいというか、回復力が高いというか──銃弾を受けた翌日にここまで回復しているなんて……これは学会に……いや……」
医者は若干引きながら、傑に概ね問題がないことを告げた。
「ただまぁ、安静にはしておいた方がいいでしょうね。完治していると言える状態まで回復していますが、何があるか分かりませんから」
そう言って締めると、病室からは解放された。
用意されていた服を着て、荷物を纏めて病院を出ると、雪目の車に乗る。
しかし、その車はすぐに発進することはなく、しばらく駐車場で止まっていた。
エアコンからは冷たい空気が吐き出され、ラジオからは普段自分が聴くことのない曲が流れている。
「無事でよかったというのは、巻き込んだ私のセリフではないのだろうが──でも、無事でよかった」
座席にもたれかかったままの雪目は、腕で目を隠したまま、傑の方を見ることもなく言った。
「ま、鍛え方が違うからな」
つまらない冗談だと、言ってから少し恥ずかしくなった。
雪目は何を返すでもなくフッと笑うと、その腕を下ろした。
「そういえば……俺の親ってこの事知ってるのか?」
傑は尋ねた。いくら自身を信頼して放任している両親とて、銃で撃たれたと聞いて、それを維持するとも思ってはいなかった。
「いや、まだ伝えられていないよ。本当は撃たれたことが発覚した時点で伝えなければならなかったんだけど。流石に子供を事件の捜査に巻き込んだことがバレるとマズいと判断したんだろう。見送られたよ」
雪目は元気のない声で答えた。
「だから、こちらとしては伝えられない。ただ、君が伝える分には向こうも止められないだろうから──」
「よかった……あぶねぇ~」
「ん……ん?」
「いや、流石に今回の事がバレたら俺の行動にも制限掛けられそうだし、バレなくてよかったと思ってな」
「な……」
「今の生活は気に入ってんだよ。振り回されるのは気に食わないと、前の俺なら思ってたのかもしれねぇけどよ」
雪目はしばらく黙ってから、
「……その結果撃たれた人間のセリフとは思えないが、君がそういうのなら、私はそれに甘えることにするよ」
そう言って車を出した。
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「しかしだ傑君。人は何かをしてしまった際、消してそれをなかった事には出来ない。何もなく、何事もなかったかのようにそれを終えるワケにはいかないんだよ」
「んぁ?」
「人間という生き物は責任と共に生きている。自身の不始末には何かしらの形で始末をつけなければならないんだよ」
「はぁ……んで?」
「だから──ご飯でも食べに行こうか」
「何でそうなった?」
「私はこれまで失敗らしい失敗というのは数えるくらいしかしたことが無くてね。責任の取り方というのを知らないんだよ──いや、知っていることは知っているんだ。世の人間は責任を取ると言うと、決まってその立場から退いていく──そしてそれを、責任を取ることだと勘違いしている」
突然始まった話を、傑はいつもの事かと、流れていく景色を見ながら聞いていた。
「しかしだ。私はそれを責任を取るという事だとは思っていない。職を辞したり、自死したり──そうやって逃げることと責任を取ることを混同したくはない。そうなれば、それこそ誰にだって責任は取れてしまうからね」
あの村からはかなり離れているのだろう──それなりに都会的な、しかし田舎らしい風景が映し出されていた。
「だから、ご飯を食べに行こう」
「すまん、よく分からん」
「要するにだ。挽回がしたいんだよ。君ともう一度、ちゃんと仲良くなりたい。それだけだ」
「それが……姐さんなりの責任の取り方だってのか?」
「いや、これ自体は違うかな。けどその一部ではある」
よくわからないと言ったままの傑は、雪目を見ては前の景色に目を向ける。
一部だと言った雪目の意図を測りかねていると、その答えとも思しき建物が前方から近付いてきた。
「君はあの怪我の所為で血が足りていない。故に血を作るための鉄分が必要だ。よって、昨日の今日で悪いが焼肉でもと思ってね」
車が止められると、有無を言わさぬままに店内へと連行されていった。
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「ここ……それなりにいい店なんじゃねぇの?」
傑は通された部屋の内装を見て声を漏らす。
当然、焼肉屋に来たことが無いわけではない。むしろ回数でいえば多い方だ。
しかし、そのどれとも似つかない、高級店であることが一目でわかるものであった。
「いや、傑君。それは間違いだ」
「間違い?いや、どう見てもここ……」
「それなりじゃなくて──かなりいい店だ」
「はぁ……それは別にどっちでもいいんだけどよ、大丈夫なのか?」
「あぁ、それがお金の話だとすれば問題はない」
雪目はいくつか注文を入れて行くと、その個室は再び2人の空間になった。
「さてと。あの件に関しては昨日の段階で私の手から離れることになった。もちろん上としてはあの村の住人の証言を一応は信じて私を放り出したわけだが、物事の性質が全くもって違ったという事は向こうも把握した。そうなった以上、私の様な奇怪な人間を関わらせるのをよくないと思ったのだろうね──尤も、こちらとしてはこれ以上関わってやるつもりもないから、録音テープだけ握らせて、君の所へ行ったワケだけだ」
「あんまり信用されてないのか?」
「言ったと思うけど、私達退魔課は国家試験や何かを受けたわけでもない、対魔物専門の戦闘要員でしかないんだよ。そしてそのことさえ偽装されている。上がそうお触れを出しているからこそ何か直接的なアクションがあるわけではないものの、全体として私達は異質なんだよ」
「そんなこと言ってたっけか」
「多分ね。さ、肉が来たらしい」
雪目がそう言った数秒後、店員が何枚かのプレートを持って入ってきた。
「うん、いい色をしている。少し待っていたまえ、肉は私が責任持って完璧に焼き上げてみせようじゃないか」
「見事に肉しかないもんだな」
プレートに乗っていたのはそのどれもが肉であった。
牛をメインに、豚や鶏、それに内臓の類。野菜の姿は見当たらない。
「当然だろう?私達は焼肉屋に来たんだから、肉を食べるのは当然のことだ。それに、君の身体が肉を欲している状況だからね、米はまだしも、他の余計なものでお腹を満たしてもらっては困るよ」
「まぁ……そうなるのか?」
「そうなるわけだ。焼野菜が食べたければ、八百屋に火でも放てばいい」
「思いっきし犯罪じゃねぇか」
「犯罪的な味だろうねぇ。さ、タン塩が焼けた。始めはサッパリとしたこれがいい。初めにコッテリとしたものを食べて口の中に脂が残れば、後からアッサリした肉を食べてもその味をきちんと感じられなくなることがある。故にこういう場においては塩から、その次に醬油、その次に味噌といった具合に楽しんでいくのが一番いいと言える。端的に言えば、王道というヤツだ」
雪目はやけに早口にそう告げていき、焼き上がった肉を傑の皿に置いた。
「……あぁ、ありがとう。いただきます」
傑は手を合わせ、それを頬張った。熱い肉汁が口内に広がる。
「タンだけに……じゃないのかい?」
端的に──タン的に。そんなことだろうが、反応のしようもなかった。
言うなれば、しょうもなかった。
故に無視した。
「……無視したんだから流せよ。というか、そういうのは颯とかの方が反応してくれると思うぞ。ちゃんと突っ込んでくれるし」
「……なるほど、そういうところでは相性もいいわけだ」
「ま、全体的に見れば悪いのかもしれないけどな」
「だろうね。とは言っても、私の一方的な片思いに過ぎないのだけれど」
肉を差し出されては、それをゆっくりと食していく。
肉を食べる順番などこれまで気にもしてこなかったが、こうしてみると考え物であると感じられた。
「私は内心、ああなってしまった事がトラウマになってしまってもおかしくなかったというのに、当の本人がこうして平然としているのを見ると、なんとも言えないよ」
「そうか?事の規模が違ったんだし、そりゃ怪我の規模もちょっとくらい跳ね上がるだろ」
「それをちょっとと言える胆力だけを見れば、君は十分化物なのかもしれないな」
ジュウ──と、肉の焼かれる音が個室の中に響く。
ひっくり返されては2人の口に運ばれて行き、そんな時間が続いていた。
「いいねぇ。音だけでも楽しめるというのは」
雪目がトングを手に取りながら呟いた。
「でもなぁ……これでいいもんなのか」
傑はこうして食事を楽しむ中、考えていた。
実際に目にしたわけでもないが、あの村には確かに犠牲者がいたわけで、それを助ける事もできずに帰還した自分がこうしていることに対してだ。
勿論、そこに自分が何か責任を感じる必要が無いことくらいは分かっている。悪いのは実行犯の連中で、自分は所詮首を突っ込んだだけに過ぎない。
だがそれでも、関わってしまったからこそそんな事を思ってしまった。
そんな傑の顔を見て、雪目は手を止めることもなく言う。
「君が死者に対して何をしてやれるというんだい?」
「何をって、そりゃぁ……」
言いかけて、言葉に詰まった。
喪に服す──とは言っても、自分は遺族でもなければ知り合いでもない。死を悼むくらいが関の山である。
「死んでいったその人の事を想うのは親族や友のすることだ。私だって卑劣な犯罪者に対して思うことが無いわけじゃない。けどね、知りもしない相手の、自分に関わりもなかった人間の死を気にしても仕方が無いだろう?」
「仕方ない……か?」
「そう、仕方ないんだよ。私たちがいようがいまいが、どこで何をしていようが、どこかの誰かは私達の知らないところで死んでいる。君は日本の裏側にいるような人の死にまで手を合わせているのかい?」
「それは──してない……な」
「勿論、それが悪いことだなんて言わないし、できるのならすればいい。けど、そんなことしていては疲れてしまうだけだと私は思うし、だったら気にせず美味しいものでも食べている方がよっぽど合理的だ」
合理的。人の死に対して使われる言葉としては不適当だったりもするのだが、この場合に於いては確かにと、傑を黙らせた。
「それに、子供は笑顔でいるべきだ。知っているかい?食事というのは生きるのに必要な行為の割に、幸福を感じやすい行為でもあるんだ。私達は特にその傾向も強い」
「…………」
「そんな幸せを得るための食事は、やはりどんな状況であっても笑顔であるべきだと私は思うよ」
「それもそうなのかもしれねぇな。ただ、俺は子供って歳でもなけりゃそんな顔でもねぇだろ」
雪目は小さく笑うと、肉を米の上に乗せ、口に運んだ。
「どうだろうねぇ。子供か大人かの判別ってしにくいっていうかさ、どこを見るかによってで全然変わってくるんだよね」
「どこを……あぁ、精神年齢みたいなやつか?」
「そう。歳を重ねるだけなら馬鹿でもできるからね。今の世は決して平和とは言えないけれど、そんな馬鹿でも生きて行けるだけの社会ではあるからさ」
傑は訝しんだ。雪目が自分のどこをどう見て子供だと断じたのか。
年齢か、精神か、その両方か。
それが分かったところでどこからどこまでが子供か、どこから先が大人かなんてことは分かりっこないのだが。
味噌ダレに絡めた肉を見て、考えるのを止めた。




