37:ただ元に戻るだけⅤ
エデタージュの門の前でステラは待ちぼうけを喰らっていた。門兵に包み隠さず話していいはずもないので顔はしっかり隠したまま、アネーシャ姫のことで知っていることがあるとだけ言えば、訝しげな顔をしながらも上に取り次いでくれたらしく、その人がくるまで待っていろと言われたのだ。来る人によってもどう話すべきか迷うところだが、現れたのはステラを城へ連れていった人間だった。ステラが反射的に頭を下げるとその役人はハッとしたような顔になってステラの腕を引く。
「何故ここにいる!ああいや……」
まだ喋れないと思っているのか、と思いステラは口を開こうとしたが、何故か思いとどまった。アジェでも喋れないふりをしていたからだろうか、喋れないままを装っていた方がいいと思ったのだ。
苛立ったように役人が手帳とペンを寄越したので、そこに言葉を連ねる。
『アジェにてアネーシャ姫が見つかりました』
「なっ……!?」
『迎えに来てくれたと喜んでらして、私をその場で放逐しました。ここに来るまでは顔を隠しておりました』
「―――それは良い判断でした。それにしても……」
その後に聞こえた舌打ちは聞こえなかったことにして、ステラは今後を煽る。
「今後ですか……。王に判断を仰いでみねばわかりませんので、こちらで再びお待ちいただけますか」
こちら、といって案内されたのは小さな部屋だった。人目をはばかってのことだろうと、ステラは大人しく部屋に入る。壁には本棚が備え付けられており、手持無沙汰にそれらを眺めた。そうして、思わず息を飲む。そこには、紫の装丁の本があった。タイトルは、ステラ。好きで、部屋に置くことを許してもらい、時間が空いた時には読んでいた。その、大切な本が並んでいた。
「忘れなければ、なのに……」
忘れるなとでも言いたげに、並んでいる。
「私はっ……!」
いつもの言葉を噛みしめるように絞り出して、ステラは目を背けた。
*
その日の夕方、ステラは下街にいた。国王は、今後一切下街から出ないという制約の元、元の生活に戻ることを許したらしい。役人はそれを少しだけ不本意と受け取ったようだが、ステラは下街から出る気はないので請け負った。
下街に入ると、慣れ親しんだ風景に涙が出そうになった。そうして震える足で自宅へ向かっていると、悲鳴のような声が降ってくる。
「ステラ!?」
「―――サシュ……!」
それは、幼馴染の姿だった。どこぞの家の屋根の上で作業していたらしいサシュはひらりと飛び降りたが、ステラに名前を呼ばれたことに更に驚いて着地を少々失敗する。ステラがそれに悲鳴を上げて駆け寄ろうとしたが、それよりも早くサシュがステラの両肩を掴む。
「喋れるのか!?」
「え、あ……」
「声が戻ったのか!!」
「う、うん……あの、……戻ったの」
「よかったっ……!」
それは、掠れて、小さくて、聞き取るのが難しい、絞り出すような言葉だった。俯いてしまったサシュの表情は窺い見ることすらできないが、微かに震えた肩が涙を流していることを物語っていた。そうしてしばらくして顔を上げたサシュの顔には涙の筋はなかったが、目が充血している。
「本当に、よかった」
「ありがとう、サシュ」
まさかこんなに喜んでくれるだなんて、とステラも泣きそうになる。
「帰ってきたことも、本当によかった。親父さんとお袋さんには?」
「まだなの」
「え、」
「今帰ってきたところなの。サシュに一番に会ったのよ」
「それは……」
サシュは少し頬を染めながら視線を泳がせる。そうして何かを口の中で呟くが言葉にはせず、曖昧に微笑んだ。
「一番を取って悪かったかな。さ、帰ろう」
「うん!」
ああ、帰ってきたのだ。ステラはようやくそれを実感した。




