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氷中花

 永遠だと信じた氷中花は自らの意思で氷を溶かしてゆく。

 まるで雪が溶けるようにゆっくりと、確実に。







 女官たちを下がらせ、二人っきりになった部屋で綺羅と龍蘭は未だにお茶をしていた。

 龍蘭は綺羅の声に聞き入るように耳を傾け、言葉遊びを楽しんでいる。

 綺羅もまた甘え上手な龍蘭に微苦笑を浮かべ優しい時間の流れを感じていた。


「して、姫の答えは?」


「主上の出された問い掛けの答えが私の思っていることと同じならば

 大変なのはお兄様ではなく李玲さんや部下の方々ですわ。」


「クク、どうやら正解のようだ。」


「ご迷惑をお掛けしているようで申し訳ないです。」


 喉で笑う龍蘭に綺羅はシュンと項垂れた。

 公私混同もいいところだ。

 それでも誰も兄をクビに出来ないのは、その実力が本物だから。

 20代で既に一部署――――それも国にとって重要な役割を担う吏部の長官。


「姫のせいではない。それに晴希殿は朝廷に必要な人材だ。

 一気に仕事を片付ける癖は吏部官を思うと褒められたものではないけれど。」


「……お兄様にはもう私しかいないのですわ。

 お父様とお母様が亡くなられたあの日からずっと。」


「綺羅姫は晴希殿の側を離れても平気なのか?」


「……怖い、です。

 お兄様のお側を離れることが私はとても怖い。」



 やはり君は聡い子だね。綺羅。

 二人の会話をこっそりと聞いていた晴希は珍しく困ったように、けれどとても嬉しそうに笑った。

 その笑みに翠蘭は心底驚く。

 氷の代名詞のような男にもこんな表情ができたのかと。

 いつもの薄ら寒い笑みとは比べ物にならない、温かくて優しい笑み。

 それなのに、どこか空恐ろしい。

 その温もりの中に何かとんでもないものを隠し飼っているような気がしてならない。


「溶けだした氷を見て氷中花は何を思うのだろうね。」


 クスリと小さな笑みを浮かべた男が振り向く。

 その真意は翠蘭には分からなかった。

 けれど綺羅が涙を流し、自然な笑みを浮かべることと関係が在るのだろう。

 蛍の口ぶりでは今まで彼女は涙どころか微笑みさえ滅多に見せなかったようだから。

 翠蘭は何も答えないまま晴希をじっと見た。

 この男と対峙する時は一瞬たりとも気が抜けない。

 そうしないと何かに呑まれてしまいそうで怖いのだ。


「翠蘭、駄目だよ。あの子は君――――ましてや王にはあげられない。」


 それなのに、目の前の男はそれさえ見透かしたように微笑むのだ。

 翠蘭の嫌いなゾッとするほど冷たくて美しい笑みを浮かべて。


「本当に嫌なひと。」


「後宮の白百合殿の言葉とは思えないね。」


「思ってもいないことを仰らないで頂きたいものですわ。」


「そうだね。このたとえは正しくない。」


 その言葉に翠蘭は眉を寄せる。

 他の誰に否定されても構わない。

 だけどこの男だけはイヤだ。

 何故だか胸が苦しくなる。その感覚に翠蘭はさらに顔を歪めた。


「君は咲き誇る牡丹だ。

 白百合程清楚で澄ましている訳でもないだろう。

 凛々しく艶やかに華々を統べる大輪の牡丹。君にぴったりだと思わないかい?」


「っ、」


 何かに絡めとられるように翠蘭の思考が止まる。

 やはりこの男は危険だ。

 翠蘭は鳴り響く警鐘に眩暈を感じながら、なんとか頭を切り替えた。



「主上、綺羅姫様。晴希殿がおいでになりました。」



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