願いとたくらみ
願いがあります。
それは途方もなく遠く、難しい願い。
それは手を伸ばせば、望めば叶う願い。
楽しそうに談笑しているのはずっと殻に閉じこもっていた主。
長らく見られなかった本来の柔らかな微笑を浮かべている。
それは蛍にとっても本当に嬉しいことだった。
これに嘘偽りはない。
ただ、この後に起こり得る全てのことを考えると純粋に喜ぶことができなかった。
主の、綺羅の恋路は茨の道を裸足で駆けて行くようなものだ。
そのくらいなら、この優しく穏やかな宮でずっと――――…。
それが本当はただの夢幻でしかないと知っていても蛍はそう考えずにはいられなかった。
「では、我々はそろそろ仕事に戻るとしましょう。」
にっこりと微笑んで退室の旨を告げる悠斗に綺羅は彼らを長く引き留めてしまったことに気づいて、申し訳なさそうに頭を下げた。
それに悠斗は微苦笑を浮かべて「これでもう少し働けます」などと言ってくれる。
綺羅はそれにまた申し訳なく思いながらもふわりと微笑んで答えた。
「今宵の演奏も楽しみにしています。」
「しゅうやさま」
綺羅の熱を孕んだ視線に蛍は微苦笑を浮かべるしかなかった。
今宵の彼女の琴の音は今までに聞いたことのない程に甘美なものになるのだろう。
それというのに当の本人達はその視線に含まれた熱にも切なさにも気付いていないというのだからやっていられない。
「では我々はこれで失礼いたします。」
「主上、あまり姫君や翠蘭殿達に迷惑を掛けられませぬように。」
「わ、分かっている。」
まるで兄が弟をからかう様に、けれどきちんと釘をさす秀夜達の会話を女官たちは微笑ましげに見ていた。
ただそのやり取りに慣れていない綺羅と蛍だけがパチパチと目を瞬かせている。
「まるで本当の兄弟のようでしょう?」
その様子に翠蘭はこっそりと囁いた。
綺羅は一瞬目を丸くした後ふわりと微笑んだ。
「はい、お二人とも主上がとても大切でいらっしゃるのね。」
その言葉と微笑みに今度は翠蘭が驚いた。
今までの姫なら王に対して失礼だとかなんとか言い、龍蘭に媚びるような視線を送っていた。
だが、目の前の姫はただ純粋に仲の良い主従を見守っている。
幼いころから龍蘭の世話をし、教育してきた母親代わりとも言える翠蘭として是非とも綺羅のような姫に嫁いきて欲しいと思う。
幸いなことに龍蘭も満更ではない様子だし、後宮の女官たちも綺羅を大層気に入っている。
何かと理由を付けて綺羅の元を訪れるほどに。
ただ問題なのは彼女の兄と、本人の意思、そして――――…。
考えると到底叶いそうにない願いに翠蘭は微苦笑を浮かべた。
「10年越しの片想いですもの。」
桜姫は時を経て彼の元に舞い戻った。
けれど、姫君を捕まえておけるかは彼次第。
もしもそれができないのなら彼女は自分が貰えば良い。
あの男を説き伏せてこの華の宮で自分が守りぬこう。
たった1日でそう考えるまでに自分は彼の姫を気に入っているようだ。




