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レベル1の最弱勇者 ー僕だけレベル1のまま、四人で魔王城の最奥へ挑む物語ー  作者: 直助
第一章 始まりの町

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第9話 余白

 水晶の光が、すっと消える。


 台の上に、ただの石みたいな透明が残った。


 


 誰も、少しの間、動かなかった。


 


「……ま、いいだろ」


 


 ヒナタが先に背を向ける。


 


「次だ」


 


 その一言で、空気がほどけた。


 


 

 そのやり取りを、背後から誰かが見ていた。


「……あいつら、また同じ面子か」

「まだあの編成でやってんのかよ」


 

 ひそひそ声。


 隠していない声。


 


「普通、万能四枚だろ」


「だよな」


「前も後ろも回復も、全部一人でやれんのが四人」

「それが一番事故らねぇんだよ」


「特化混ぜるとか、事故るだけじゃん」

「寄せ集めパーティでどこまで行けるんだか」


 

 小さな笑い。


 


 セレネが少しだけ視線を落とす。


 ステラは気にした様子もない。



 ヒナタは振り向きもしない。


「行くぞ」


 それだけ。


 


 四人はギルドを出た。




 石畳を歩く。




 しばらく、誰も喋らなかった。


 


 宿舎の扉を開ける。


 

 ヒナタが椅子にどかっと座る。


 肘を膝に乗せて、少し考える。


「……別に」


「喧嘩買う気はねぇけど」


 一拍。


「今の感じなら」


「もう一段、上いける」


 


「難度、ですか」


 セレネの視線が、無意識に自分の手元に落ちた。


 


「ああ」

 




 ステラが小さく頷く。


「連携は安定しています。問題ありません」


 


 ヒナタは立ち上がる。


「明日は休む」


「整えてから入るぞ」


 


「はい」


 自然に、三人とも頷いた。


 


 次は、少し奥に入る。


 それだけが、静かに決まった。






 朝、目を覚ますと、いい匂いがした。


 湯気と、少し焦げたパンの匂い。


 鍋のふたが、こと、と鳴る音。


 


 部屋の奥を見ると、セレネが台所に立っていた。


 袖をまくって、鍋をかき混ぜている。


 


「あ……おはようございます」


 


 気づいて、小さく笑う。


「起こしちゃいました?」


 


「いえ……」


 


「ようやく落ち着いたので。こういうの、久しぶりで」


 少しだけ、嬉しそうだった。


 


 テーブルに、パンとスープが並ぶ。


 四人分。


 


 ヒナタは無言で座って、黙々と食べる。


 ステラは片手に本を持ったまま、器用にスプーンを動かしている。


 


 いつもより、少しだけ静かな朝。


 嫌な静けさじゃない。


 生活の音だった。


 


 食べ終わると、ヒナタは立ち上がった。


「ちょっと外」


 それだけ言って出ていく。


 


 ステラは机に移動して、本を開いた。


 すでに文字の世界に入っている。


 


 ミドは皿を持ち上げる。


 


「洗いますね」


 


「いいですよ」


 


「でも……一人でやるより、早いですし」


 


 結局、二人で並んで流しに立った。


 

 水の音。


 皿の触れ合う音。


 他愛もない時間。


 


 外に出ると、洗濯物がかごに入っていた。


 


「これ、干しちゃいますね」


 


「あ、ありがとうございます」


 


 二人で並んで布を広げる。


 ぱたん、と布が風をはらむ。


 


 少しだけ、間が空いて。



 セレネがぽつりと聞いた。


「……怖くないんですか」


 


「え?」


 


「戦い、です」


「私は、やっぱりまだ慣れなくて」


 苦笑する。


「毎回、少しだけ怖いんです」


 


 風が吹く。


 洗濯物が揺れる。


 


「ミドくんは」


「どうして、あそこにいるんですか」

 



 責める言い方じゃない。


 ただ、純粋な疑問みたいだった。


 


 少し、考える。



「……たぶん」



 視線を、遠くに向ける。


 


 宿舎の裏。


 ヒナタが剣を振っている音が、かすかに聞こえた。


 


「ずっと、ああいう剣士になりたくて」


 自分でも、少し笑ってしまう。


「それだけは……どうしても、諦めきれないんですよね」


 言ってから、少し恥ずかしくなる。


 子どもみたいだな、と。



 でも。


 嘘じゃなかった。


 


 セレネは、しばらく黙って。


 それから、やわらかく笑った。


「……素敵ですね」


「私は、戦うの苦手なので」


「正直、怖いですし」


「できれば後ろにいたいです」


 小さく肩をすくめる。


 


「でも」



 洗濯物を干し終えて、空を見る。


「必要とされるのも、悪くないなって」


「昨日、ヒナタさんに言われたんです」


「助かったって」


 


 少しだけ、照れた笑い。


 

 ミドは頷く。




「セレネさんの補助、すごいですよ」


「ヒナタさん、明らかに動き軽くなってましたし」


 


「……ほんとですか?」


 


「はい」


 


「たぶん、あれなかったら、もっと削られてました」


 


 セレネは、ほんの少しだけ胸を張った。


「……じゃあ、もう少しだけ頑張れそうです」


 


 洗濯物が、風に揺れる。


 朝の光が、白く反射していた。


 怖いとか。


 諦めきれないとか。


 理由は違うのに。


 それでも、同じ場所に立っている気がした。


 




 宿舎の中は静かだった。


 


 窓際の小さな机。


 ステラが椅子に座り、本を読んでいる。


 紙をめくる音だけが、規則正しく続いている。


 


 ミドは椅子に座った。


「……ステラ」


 


「はい」


 


 視線は本のまま。


 


「前から思ってたんだけど」


「戦闘のとき」


「いつも、相性のいいの当てるよね」


 

 

 ページをめくる手が、止まる。


「効くように当ててるだけです」


 


「それ、簡単じゃないよね」


 


「簡単ですよ」


 あっさり。


「だいたい、偏りがありますから」


 


「偏り?」


 


「流れとか」


「そこに合わせて、術式を置いてるだけです」


 


 淡々と。


 


 いつも通りの声。


 


「……よく分かるね」


 


「見れば分かります」




 即答だった。


 


 少し間。


 


「例外もありますけど」


 


「例外?」


 


「どこにも寄らないもの」


「属性に乗らない術式」


「円環にも、相反にも入らない」


「そこだけ、まだ分かっていません」


 


 

「……そんなのあるんだ」


 


 

 ページが、ぱたりと閉じる。


 


 しばらく沈黙。


 


「……守る魔法ってないの?」


 


「防御系ですか」


「あります」


「ただ」


「受け止めるより、止めるか潰したほうが効率がいいので」


「基本、使いません」


 いかにもステラらしい答えだった。




 また、紙をめくる音だけが部屋に戻った。







 夜



 ヒナタが振る。


 重い一撃。


 


 ミドも、少し離れて剣を振る。


 同じ軌道。


 同じ踏み込み。


 癖まで、似ている。


 ただ。


 刃だけが、軽い。


 当たっても、傷はつかない。


 


 


 ヒナタがちらっと見る。


「……お前さ」


「なんで俺と同じ動きしてんだよ」


 



「見てたら、なんとなく」


 


 

「なんとなくで真似できるか普通」


 鼻で笑う。


「ほんと、センスだけは妙にいいよな」


「まぁ……レベル1じゃ、俺にダメージ通らねぇけどな」


 がは、と笑う。


 


「……ですね」


 


「でも」


 ヒナタが空を見る。


「嫌いじゃねぇ、そういうの」


 


 沈黙。


 


「普通はよ」


「無理だって分かったら、やめんだ」


「弱ぇやつほど、先に諦める」


 地面に剣を突き立てる。


「でもお前、やめねぇだろ」


 


「……はい」




「だったら十分だ」


 


 月明かり。


 


「諦めねぇやつが、最後まで立ってんだよ」


 軽く笑う。


「勇者ってのは、たぶんそういうのだろ」


 それだけ言って、また剣を振り始めた。


 


 


 乾いた音が、夜に溶ける。


 


 


 ミドも、少しだけ剣を握った。



 まだ、届かない。


 

 でも。



 やめる理由は、なかった。


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