余白
水晶の光が、すっと消える。
台の上に、ただの石みたいな透明が残った。
誰も、少しの間、動かなかった。
「……ま、いいだろ」
ヒナタが先に背を向ける。
「次だ」
その一言で、空気がほどけた。
そのやり取りを、背後から誰かが見ていた。
「……あいつら、また同じ面子か」
「まだあの編成でやってんのかよ」
ひそひそ声。
隠していない声。
「普通、万能四枚だろ」
「だよな」
「前も後ろも回復も、全部一人でやれんのが四人」
「それが一番事故らねぇんだよ」
「特化混ぜるとか、事故るだけじゃん」
「寄せ集めパーティでどこまで行けるんだか」
小さな笑い。
セレネが少しだけ視線を落とす。
ステラは気にした様子もない。
ヒナタは振り向きもしない。
「行くぞ」
それだけ。
四人はギルドを出た。
石畳を歩く。
しばらく、誰も喋らなかった。
宿舎の扉を開ける。
ヒナタが椅子にどかっと座る。
肘を膝に乗せて、少し考える。
「……別に」
「喧嘩買う気はねぇけど」
一拍。
「今の感じなら」
「もう一段、上いける」
「難度、ですか」
セレネの視線が、無意識に自分の手元に落ちた。
「ああ」
ステラが小さく頷く。
「連携は安定しています。問題ありません」
ヒナタは立ち上がる。
「明日は休む」
「整えてから入るぞ」
「はい」
自然に、三人とも頷いた。
次は、少し奥に入る。
それだけが、静かに決まった。
朝、目を覚ますと、いい匂いがした。
湯気と、少し焦げたパンの匂い。
鍋のふたが、こと、と鳴る音。
部屋の奥を見ると、セレネが台所に立っていた。
袖をまくって、鍋をかき混ぜている。
「あ……おはようございます」
気づいて、小さく笑う。
「起こしちゃいました?」
「いえ……」
「ようやく落ち着いたので。こういうの、久しぶりで」
少しだけ、嬉しそうだった。
テーブルに、パンとスープが並ぶ。
四人分。
ヒナタは無言で座って、黙々と食べる。
ステラは片手に本を持ったまま、器用にスプーンを動かしている。
いつもより、少しだけ静かな朝。
嫌な静けさじゃない。
生活の音だった。
食べ終わると、ヒナタは立ち上がった。
「ちょっと外」
それだけ言って出ていく。
ステラは机に移動して、本を開いた。
すでに文字の世界に入っている。
ミドは皿を持ち上げる。
「洗いますね」
「いいですよ」
「でも……一人でやるより、早いですし」
結局、二人で並んで流しに立った。
水の音。
皿の触れ合う音。
他愛もない時間。
外に出ると、洗濯物がかごに入っていた。
「これ、干しちゃいますね」
「あ、ありがとうございます」
二人で並んで布を広げる。
ぱたん、と布が風をはらむ。
少しだけ、間が空いて。
セレネがぽつりと聞いた。
「……怖くないんですか」
「え?」
「戦い、です」
「私は、やっぱりまだ慣れなくて」
苦笑する。
「毎回、少しだけ怖いんです」
風が吹く。
洗濯物が揺れる。
「ミドくんは」
「どうして、あそこにいるんですか」
責める言い方じゃない。
ただ、純粋な疑問みたいだった。
少し、考える。
「……たぶん」
視線を、遠くに向ける。
宿舎の裏。
ヒナタが剣を振っている音が、かすかに聞こえた。
「ずっと、ああいう剣士になりたくて」
自分でも、少し笑ってしまう。
「それだけは……どうしても、諦めきれないんですよね」
言ってから、少し恥ずかしくなる。
子どもみたいだな、と。
でも。
嘘じゃなかった。
セレネは、しばらく黙って。
それから、やわらかく笑った。
「……素敵ですね」
「私は、戦うの苦手なので」
「正直、怖いですし」
「できれば後ろにいたいです」
小さく肩をすくめる。
「でも」
洗濯物を干し終えて、空を見る。
「必要とされるのも、悪くないなって」
「昨日、ヒナタさんに言われたんです」
「助かったって」
少しだけ、照れた笑い。
ミドは頷く。
「セレネさんの補助、すごいですよ」
「ヒナタさん、明らかに動き軽くなってましたし」
「……ほんとですか?」
「はい」
「たぶん、あれなかったら、もっと削られてました」
セレネは、ほんの少しだけ胸を張った。
「……じゃあ、もう少しだけ頑張れそうです」
洗濯物が、風に揺れる。
朝の光が、白く反射していた。
怖いとか。
諦めきれないとか。
理由は違うのに。
それでも、同じ場所に立っている気がした。
宿舎の中は静かだった。
窓際の小さな机。
ステラが椅子に座り、本を読んでいる。
紙をめくる音だけが、規則正しく続いている。
ミドは椅子に座った。
「……ステラ」
「はい」
視線は本のまま。
「前から思ってたんだけど」
「戦闘のとき」
「いつも、相性のいいの当てるよね」
ページをめくる手が、止まる。
「効くように当ててるだけです」
「それ、簡単じゃないよね」
「簡単ですよ」
あっさり。
「だいたい、偏りがありますから」
「偏り?」
「流れとか」
「そこに合わせて、術式を置いてるだけです」
淡々と。
いつも通りの声。
「……よく分かるね」
「見れば分かります」
即答だった。
少し間。
「例外もありますけど」
「例外?」
「どこにも寄らないもの」
「属性に乗らない術式」
「円環にも、相反にも入らない」
「そこだけ、まだ分かっていません」
「……そんなのあるんだ」
ページが、ぱたりと閉じる。
しばらく沈黙。
「……守る魔法ってないの?」
「防御系ですか」
「あります」
「ただ」
「受け止めるより、止めるか潰したほうが効率がいいので」
「基本、使いません」
いかにもステラらしい答えだった。
また、紙をめくる音だけが部屋に戻った。
夜
ヒナタが振る。
重い一撃。
ミドも、少し離れて剣を振る。
同じ軌道。
同じ踏み込み。
癖まで、似ている。
ただ。
刃だけが、軽い。
当たっても、傷はつかない。
ヒナタがちらっと見る。
「……お前さ」
「なんで俺と同じ動きしてんだよ」
「見てたら、なんとなく」
「なんとなくで真似できるか普通」
鼻で笑う。
「ほんと、センスだけは妙にいいよな」
「まぁ……レベル1じゃ、俺にダメージ通らねぇけどな」
がは、と笑う。
「……ですね」
「でも」
ヒナタが空を見る。
「嫌いじゃねぇ、そういうの」
沈黙。
「普通はよ」
「無理だって分かったら、やめんだ」
「弱ぇやつほど、先に諦める」
地面に剣を突き立てる。
「でもお前、やめねぇだろ」
「……はい」
「だったら十分だ」
月明かり。
「諦めねぇやつが、最後まで立ってんだよ」
軽く笑う。
「勇者ってのは、たぶんそういうのだろ」
それだけ言って、また剣を振り始めた。
乾いた音が、夜に溶ける。
ミドも、少しだけ剣を握った。
まだ、届かない。
でも。
やめる理由は、なかった。




