研ぐ
「……おい」
ベッドの端を、がし、と揺らされた。
「起きろ」
目を開ける。
ヒナタだった。
「……もう朝ですか」
「とっくに」
一拍。
「剣、持ってこい」
言われて、少しだけ固まる。
「……剣?」
「いいから」
ミドは無言で立ち上がり、部屋の隅に置いてあった鞘に手を伸ばした。
外は冷たい空気。
町はまだ半分眠っている。
歩きながら、ヒナタが言った。
「ギルド行く前に寄るぞ」
「どこにです?」
「鍛冶屋」
そこで、ミドは少し黙る。
腰の剣に触れる。
「……やっぱり、新しいの買ったほうがいいですかね」
「は?」
「これ、一番安いやつで」
「買うの、結構大変だったんですけど……」
言いながら、少し情けなくなる。
レベル1。
安物の剣。
なんとなく、全部が中途半端な気がして。
ヒナタは鼻を鳴らした。
「バカ」
「……え?」
「いい剣ってのはな」
少しだけ間を置く。
「値段じゃねぇ」
朝日が、横顔を照らす。
「合うかどうかだ」
それだけ言う。
「その剣」
「昨日、振ってただろ」
「……はい」
「変な力み、なかった」
ちらっと見る。
「合ってんだよ」
それだけだった。
それだけなのに。
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
店先に火の匂い。
金属を打つ音。
鍛冶屋だった。
「よう」
ヒナタが勝手に扉を開ける。
「わりぃ、大将」
「こいつの剣、見てやってくれ」
奥から大きな男が顔を出す。
「……なんだぁ?」
剣を受け取って。
一瞬止まって。
「……なんだこの剣」
眉間に皺。
「ボロボロじゃねぇか」
「すみません……」
「謝んな」
大将は鼻を鳴らした。
「しゃーねぇな」
「研ぎ直してやる。ついでに歪みも取っとく」
「ありがとうございます」
「礼はいらん」
剣を台に置く音が、やけに重く響いた。
「武器はな」
火を起こしながら、
「手入れしてやって、初めて武器になるんだ」
その言葉が、少しだけ胸に残った。
ごり、ごり、と砥石の音が響く。
火花が、短く散る。
金属を叩く、乾いた音。
店の中は、鉄と炭の匂いで満ちていた。
ヒナタは壁にもたれて腕を組んでいる。
何も言わない。
ミドは、ただその背中と、
削られていく自分の剣を交互に見ていた。
時間の感覚が、少し曖昧になる。
「……よし」
大将が鼻を鳴らす。
布で刃を拭って、
台の上に、こと、と置いた。
「ほらよ」
両手で受け取る。
――軽い。
同じ剣のはずなのに。
振ってみる。
空気の切れ方が、違った。
「……あ」
「ちゃんと手入れしろ」
大将はもう次の仕事に戻っている。
「武器は放っとくと死ぬからな」
「……ありがとうございます」
小さく頭を下げる。
ヒナタが横で笑った。
ミドも、少しだけ笑った。
ギルドに入ると、朝の匂いがした。
革と、汗と、古い木。
昨日と同じはずなのに、少しだけ違って感じる。
ヒナタが掲示板の前で足を止める。
「今日は軽いのでいいだろ」
紙を一枚、乱暴に剥がした。
「外縁の見回り。小型の駆除。四人」
ステラが覗き込む。
「危険度、低。問題ありません」
セレネも頷く。
「肩慣らしですね」
「ああ」
それで決まった。
外に出る。
腰に、重み。
歩くたび、鞘が小さく揺れる。
剣。
(……なんか)
少しだけ、変な感じがする。
いままで、隠して置いていただけのものが。
今日は、当たり前みたいに腰にある。
ひゅ、と軽く振ってみる。
空気が細く鳴った。
「……嬉しそうだな」
ヒナタが横目で言う。
「……顔に出てます?」
「出てる」
それから、少し真面目な声。
「でもな」
「勘違いすんなよ」
足が止まる。
「剣持ってるからって、前出んな」
「レベル1は普通に死ぬ」
「お前の仕事は別だろ」
言い方は雑だった。
少しだけ、安心した。
「……はい」
素直に頷く。
それが正しいと、わかっているから。
森の外縁。
昨日より浅い場所。
獣が飛び出す。
「右、二体!」
気づけば声が出ていた。
「ステラ!」
「はい」
地面が凍る。
足が止まる。
ヒナタが斬る。
一瞬。
終わり。
また別の影。
「後ろ!」
セレネの光。
ヒナタが踏み込む。
早い。
自分は、動かない。
ただ、見る。
足。
肩。
呼吸。
「来ます、左!」
ヒナタの剣が、それに合わせて走る。
それだけで、全部終わる。
気づけば。
「……終わりか」
森が静かに戻っていた。
剣は、まだ抜いていない。
それでも。
腰の重みが、
昨日より、少しだけ誇らしかった。
「……悪くねぇ」
ヒナタが言う。
「ちゃんと見えてんな」
その一言のほうが、
剣を振るより、嬉しかった。
四人で、町へ戻る。
昨日より、少しだけ距離が近い。
誰も、それには触れなかった。




