同じ番号
西の空が赤い。
森の端が、薄く光っている。
しばらく、誰も喋らなかった。
前を歩くヒナタ。
少し後ろにミド。
さらにその横を、女の子が本を抱えたまま歩いている。
ページをめくる音が、ぱら、と鳴った。
「……歩きながら読むの、危なくないですか?」
ミドが思わず言うと、
「大丈夫です」
顔を上げないまま返ってきた。
「段差の位置は覚えてますので」
「覚えてるんだ……」
よく見ると、足取りが迷いない。
本当に覚えているらしい。
「お前さ」
前からヒナタの声。
「名前、なんつったっけ」
「あ」
ステラが顔を上げた。
「ステラ・エルピスです」
ぺこ、と軽く頭を下げる。
「魔法理論の研究をしてます」
「研究者かよ……」
ヒナタが呆れたように笑う。
「オレはヒナタ・シーオン。剣士」
それだけ。
肩に担いだ剣が、夕日を反射する。
「ミド・エスペロです」
「えっと……特に何もできませんけど」
「いや、できねぇのは知ってる」
ヒナタが即答した。
「知ってるんだ……」
「有名人だぞ、お前」
悪気はない。
たぶん本気でそう言っている。
ステラがじっとこちらを見る。
「理論上、ありえない存在なので」
「フォローになってないですよ、それ」
「最高の褒め言葉です」
真顔だった。
ヒナタが吹き出す。
「なんだこのパーティ」
初めて、三人同時に笑った。
それだけで。
さっきまでの空気が、少しだけ軽くなった気がした。
町が見えてくる。
屋根。
煙。
人の声。
遠く。
森の向こう。
黒い影。
魔王城。
夕焼けの中で、相変わらず動かない。
ずっとそこにある。
たぶん明日もある。
ミドは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
いつか、あそこへ行く。
その「いつか」が、
もしかしたら少しだけ近づいたのかもしれない。
ギルドの扉を押す。
「おかえりなさい」
セレネが顔を上げた。
それから、ステラを見る。
「あ……その人が」
「連れてきた」
ヒナタが短く言う。
「四人目」
セレネは少しだけ目を丸くして、
それから椅子を引いて立ち上がった。
ぱん、と手の埃を払う。
「セレネ・スペランツァです」
小さく頭を下げる。
「一応、ヒーラーやってます。回復と……ちょっと補助とか」
遠慮がちな笑い方。
「よろしくお願いします」
ステラも慌てて頭を下げた。
「ステラ・エルピスです。魔法理論の研究を」
「研究者さんなんですね。すごい……」
「観察対象が増えました」
「対象!?」
ミドが思わず突っ込む。
セレネがくすっと笑った。
「なんだか、賑やかになりそうですね」
ギルドの空気が、少しだけ変わった気がした。
四人並んで立つ。
それだけで、形になる。
ヒナタが受付に紙を出した。
「パーティ登録」
受付が目を上げる。
「……四人、ですね」
「四人だ」
木札が四枚、机に置かれる。
名前が刻まれる。
四つ。
並んだ。
ミドは、それをしばらく眺めていた。
今まで。
自分の名前は、いつも一枚だった。
今日は違う。
隣に、三つある。
「今日はもう遅い」
ヒナタが言う。
「明日の朝から行くぞ」
「はい」
セレネが頷く。
「……はい」
ステラも。
最後に、ミドも小さく頷いた。
四人。
ただ、それだけなのに。
胸の奥が、少しだけ熱かった。
たぶん、初めて。
ひとりじゃない。
しばらく、誰も動かなかった。
先に口を開いたのは、ヒナタだった。
「……で」
頭を掻く。
「今日、どうする」
「どうする、とは?」
ステラが首を傾げる。
「寝る場所だよ」
「……あ」
言われて、ミドは気づく。
いつもなら。
ギルド裏の壁際か、森の手前か。
風の当たらない場所を探して、毛布を敷くだけだった。
それが、当たり前だった。
「私は……ギルドの仮眠室使えますけど」
セレネが小さく言う。
「でも、皆さんは……」
「野宿は勘弁だな」
ヒナタが即答した。
「明日いきなり動くんだ。ちゃんと寝とかねぇと体が鈍る」
カウンターに肘をつく。
「宿舎、空きねぇの?」
受付が顔を上げた。
「宿舎は、討伐実績のあるパーティ優先なので……」
「やっぱ実績必要か」
「最低でも一件、クエスト達成が条件ですね」
ヒナタが舌打ちする。
「めんどくせぇな……」
その横で。
セレネが、少しだけ遠慮がちに手を挙げた。
「……あの」
「今日、私当番なので」
受付を見る。
「空き部屋、ひとつだけ……仮押さえ、できますか?」
受付が少し考えてから、頷く。
「セレネさんの紹介なら。一晩だけですよ?」
「ありがとうございます」
深く頭を下げた。
ヒナタが横目で見る。
「顔広ぇな」
「事務、長いので」
照れたように笑う。
ミドは、なんとなく思った。
この人がいなかったら。
きっと今日も、ひとりで外だった。
「決まりだな」
ヒナタが立ち上がる。
「今日は寝る。明日、朝イチで森だ」
四人で並んで、宿舎の鍵を受け取る。
宿舎の鍵札。
四つ。
同じ番号。
夜。
同じ屋根の下で、眠る。
そんなことは、たぶん初めてだった。




