第2話 四人、揃う
扉に手をかけて、ヒナタは足を止めた。
舌打ちをひとつ。
「……まだ二人か」
しばらくそのまま立って、
それから、ゆっくり踵を返した。
受付の横。
書類の山に埋もれるように、ひとりの女の子が座っていた。
呼ばれるたびに立ち上がって、すぐまた席に戻る。
「セレネ」
彼女は顔を上げる。
「あ……ヒナタさん」
柔らかい声。
ヒナタが顎で示す。
「空いてるだろ」
セレネは少し困ったように笑った。
「……私、回復しかできませんよ?」
「十分だろ」
それから、セレネはミドを見る。
「……ああ」
少しだけ考えてから、
「いつも測定、来てますよね」
ただ、それだけ言った。
笑わない。
驚かない。
それだけで、少し救われた気がした。
掲示板の前で、ヒナタは腕を組んだ。
「……あと一人か」
紙を睨みつけたまま、舌打ちする。
四人登録必須。
三人じゃ、入口にも立てない。
「そんな都合よく、もう一人なんて……」
セレネが苦笑した。
「なかなかいませんよ」
「だよなぁ……」
ヒナタは頭を掻く。
「あの」
ミドが小さく手を挙げる。
「測定、ほとんど義務なのに……来てない人、いましたよね」
二人が同時にこちらを見る。
「……測定、受けてない人?」
「はい」
「……あー」
セレネが思い出したように頷いた。
「います、います」
「いるのかよ」
「ほとんどギルド来なくて……前に一回だけ見たんですけど」
「……ちょっと、変わった人だったような……」
「変でも何でもいい」
ヒナタは即答した。
「数がいりゃいい」
「たぶん、魔法使いだった気がします」
「十分だろ、どこにいるんだ?」
「町の外れです。森に入る手前に小屋がひとつあって……そこに住んでるって」
ヒナタはすぐにギルドの扉のへ向かう。
「行くぞ」
「え、私もですか?」
セレネは帳簿を抱え直す。
「今日は当番なので……」
「じゃあ二人で行く」
当然みたいに言われて、ミドは少しだけ目を瞬かせた。
「……はい」
ギルドの扉へ向かう。
背後で、セレネの声。
「でも……悪い人では、ないと思います」
振り返ると、少しだけ笑っていた。
ヒナタは軽く手を振った。
扉が軋む。
昼の光が差し込む。
町のざわめきが、外で待っていた。
町の端は、思ったより静かだった。
石畳が途切れて、土の道になる。
家もまばらで、風の音のほうが大きい。
「こんなとこに、ほんとにいるのかよ……」
ヒナタが眉をひそめる。
森に入る手前。
草に半分埋もれるみたいに、小屋が建っていた。
板を打ち付けただけの、掘っ立て小屋。
屋根も少し歪んでいる。
人が住んでいる、というより。
置いてある、という感じだった。
「……ここ、ですよね」
ミドが紙に書かれた簡単な地図を見る。
「らしいな」
ヒナタは小屋の前まで歩く。
「おーい。誰かいるかー」
返事はない。
「いねーのか?」
もう一度。
やっぱり返事はない。
ヒナタはため息をついて、扉に手をかけた。
「入るぞー」
ぎい、と音が鳴る。
中は薄暗かった。
本。
とにかく、本。
床にも、机にも、棚にも。
山積みになっている。
紙の匂いと、ほこりの匂い。
何年も動いていない空気。
奥のほうで、小さな影が動いた。
椅子に座って、本を開いたまま。
ぶつぶつ何かを呟いている。
「……円環、相反、でも……どちらにも属さない系統が一つ……おかしい……理論が閉じない……」
女の子だった。
短い髪。
細い肩。
服の裾にインクの染み。
こちらに気づいていない。
ヒナタが一歩踏み出した瞬間。
「うわっ!?」
顔を上げた。
「だ、誰ですか!?」
本を胸に抱きしめる。
「勝手に入ってこないでください!」
「悪い悪い」
まったく悪びれず、ヒナタが言う。
「お前、魔法使いだろ」
「……そうですけど」
「俺たちとパーティ組め」
「は?」
即答だった。
「興味ありません」
「即答かよ!」
「研究が忙しいので」
「ヒナタさん、急すぎますって……」
ミドが小声で止める。
その時。
女の子の視線が、ゆっくりこちらに動いた。
そして。
ぴたりと止まる。
「……あ」
目が、少しだけ大きくなる。
「……あの」
椅子から立ち上がる。
「もしかして……」
一歩、近づいてきて。
「ギルドで、いつも測定してる人……ですよね?」
「……はい」
「レベル、上がらない人」
言い切られて、ミドは苦笑した。
「そう、ですね」
次の瞬間。
ステラの目が、急に輝いた。
「本物だ……」
「え?」
「ずっと気になってたんです!」
本を机に置いて、早口になる。
「経験値の積み上げがないなんて、理論上ありえないんですよ!」
「どうやったらそんな状態になるんですか!? 体質!? 呪い!? 構造欠損!?」
「それはこっちが聞きたい……」
ヒナタが吹き出した。
「ほらな」
肩をすくめる。
「お前、こいつ気になるだろ」
「……はい」
即答だった。
「めちゃくちゃ興味あります」
「なら来い」
「行きます」
今度も即答だった。
ミドは目を瞬かせる。
「……いいんですか?」
「研究対象が動き回るなら、追いかけるのが当然です」
真顔だった。
ヒナタが笑う。
「決まりだな」
小屋の外に出る。
空が少しだけ赤くなり始めていた。
これで、四人。
たった一人増えただけなのに。
世界が、少しだけ動き出した気がした。




