鉄皮熊の強襲
森は、さらに深くなっていた。
光が届かない。
葉の隙間から落ちる白が、ところどころ地面を照らしているだけ。
足音が、やけに大きく聞こえる。
踏むたびに、
湿った土が、ぬ、と沈む。
さっき倒した獣の匂いが、まだ残っているはずなのに。
それより濃い、別の匂いが混じっていた。
獣。
もっと、重い匂い。
ヒナタが止まらない。
でも、歩幅が少しだけ短い。
無意識に、慎重になっている。
「……静かですね」
セレネが小さく言う。
返事はない。
本当に、静かだった。
鳥がいない。
虫も鳴かない。
森が、息を潜めているみたいだった。
気配。
右。
「来ます」
ステラ。
飛び出してきた獣を、ヒナタが斬る。
硬い。
手応えが、鈍い。
二撃。
三撃。
やっと崩れる。
前より、明らかに時間がかかる。
「……数、増えてます」
ミドが呟く。
気配が、散らばらない。
逃げない。
寄ってきている。
また一体。
ヒナタが踏み込む。
斬る。
止まる。
骨に当たったみたいな音。
「……ちっ」
倒れる。
でも。
確実に、削りが遅い。
セレネの補助が重なる。
ステラの術が脇腹に入る。
獣の体勢が崩れる。
ヒナタが踏み込む。
一閃。
奥へ。
また奥へ。
木が、異様に太い。
幹の色が黒い。
地面に、爪痕。
抉れた跡。
何かが、ここを縄張りにしている。
ヒナタが、ふと手を上げた。
止まる。
風がない。
匂いだけが、ある。
生臭い。
土と、血と、毛皮の匂い。
すぐ近い。
そう思った瞬間。
――視界の奥。
木の影が、ひとつ、動いた。
最初は、岩かと思った。
黒い塊。
でも。
それが、ゆっくりと呼吸した。
肺が膨らむ音。
低い、唸り。
枝が、ばき、と折れる。
立ち上がる。
高い。
太い。
毛の下に、鉄みたいな光沢。
目だけが、赤い。
鉄皮熊。
気づいたときには。
もう、十歩も離れていなかった。
逃げ場のない距離だった。
ヒナタが、剣を構える。
「……いたな」
低い声。
それだけだった。
低い唸り。
次の瞬間。
地面が、爆ぜた。
鉄皮熊が踏み込む。
一直線。
「――来る!」
ヒナタが前に出る。
剣を構える。
正面。
受ける。
鈍い衝突音。
腕が軋む。
重い。
想定より、重い。
止めているのに。
押される。
足が、土を抉る。
「……っ!」
そのまま、弾き飛ばされた。
着地。
体勢を立て直す。
だが。
もう来ている。
二度目の突進。
「速――」
再び受ける。
衝撃。
今度は、完全に止めきれない。
骨まで響く。
横へ、滑る。
同時に。
「止めます」
ステラの術式。
光が走る。
鉄皮熊の肩を貫く。
肉が焦げる匂い。
――だが。
止まらない。
刺さっていない。
「……硬い」
ヒナタが踏み直す。
次の瞬間。
熊の前脚。
薙ぎ払い。
「ぐっ――」
ヒナタの体勢が崩れる。
腹に直撃。
吹き飛ぶ。
地面を転がる。
その隙。
鉄皮熊が向きを変える。
セレネ。
「……っ、防御――」
光の膜。
だが。
粉みたいに砕ける。
衝突。
木に叩きつけられる。
鈍い音。
動かない。
ステラが同時に術式を撃ち込む。
爆ぜる炎。
視界が白くなる。
その隙に横へ跳ぶ。
紙一重。
全部。
一瞬だった。
指示を出す暇なんて、ない。
ヒナタが立ち上がる。
息が荒い。
「……チッ」
ヒナタが割り込む。
鉄皮熊の前に立つ。
剣を叩き込む。
火花。
押し返される。
それでも、退かない。
「……チッ」
横目。
セレネが、倒れている。
動かない。
「セレネ!!」
叫ぶ。
反応がない。
鉄皮熊が腕を振る。
受ける。
衝撃。
足が沈む。
後ろへは、下がらない。
歯を食いしばったまま。
「ミド!!」
怒鳴る。
「セレネを、避難させろ!!」
ミドは、もう動いていた。
肩を貸す。
腕を回す。
そのまま後退する。
残ったのは。
ヒナタ。
ステラ。
二人。
鉄皮熊が、唸る。
ヒナタが低く言う。
「……少し、持ち堪えられるか」
ステラは、既に術式を展開している。
「まだ大丈夫です」
淡々と。
鉄皮熊が、踏み込んだ。
地面が割れる。
戦闘は、まだ終わらない。




