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ふと目を開けると、ぼんやりと明るい光が見える。
目線だけを動かして周りを見渡すと、ここが王宮の部屋だとわかる。カーテンの隙間からもれる日差しを見れば、もうとっくに日が昇っているようだ。
(なんだか頭がぼんやりするわ。私いつの間に眠っていたのかしら。眠る前は一体何を……)
どうにも寝起きで頭が働かない。
(とにかく起きなくては……)
いつものように体を起こそうとするが、何かに押さえつけられたように体が動かない。
そこでようやく自分を包み込む腕の存在に気づく。横をみると、そこには静かに寝息をたてるフィリップ様がいた。
「!!フィリップ様!」
驚きのあまり、思っていたより大きな声が出てしまい、思わず自分の口元を押さえる。
呼び声で目が覚めたのか、フィリップ様の体が身じろぎ、そっと目が開かれる。
その目が私を移すなり、私を囲っていた腕に力が入り、私は彼の胸に引き寄せられた。
「レイシア……起きたんだね。無事でよかった……」
少しかすれた声が耳元で囁かれる。
フィリップ様はまだ夢半ばなのか、私の髪に顔を埋めて微睡んでいるようだ。その甘えたような仕草に、私の顔に一気に熱が集まる。
(なんでフィリップ様がいっしょに寝てるの!?ええっと……寝る前何があったんだっけ……。
確か……そうだ!私はセルジオ殿下とともにさらわれて、ダン殿下に殺されそうになって。そして……そして……フィリップ様が助けに来てくださったんだわ。)
でもそこから全く記憶がない。
(私、あの後気を失ってしまったのかしら……。とにかくフィリップ様に話を……。)
「フィリップ様。あの……離してくださいませ!昨日あれから……私どうしたのでしょうか?なんでフィリップ様といっしょに……その……ベッドに眠ってしまっているのでしょうか……?」
頭が混乱していて、うまく言葉が出てこない。
フィリップ様はまだ微睡みから戻っていないようで、私の髪をなでながら「んー」と唸り声を出しているだけだ。
「フィリップ様!えーと、その……そうよ!セルジオ殿下は?」
セルジオ殿下のことをすっかり忘れていた。フィリップ様が助けに来てくださったということは、ダン殿下はあの後取り押さえられて、セルジオ殿下も助けられたのだろうか。
殿下は腕に怪我をしていた。あの後もご無事だったのだろうか。滞在中の他国の王族に大怪我をさせたとなれば、王国もその責を問われる。
「セルジオ殿下はどうされましたか!?ご無事でしょうか!?私昨日の記憶が曖昧で……」
ドンッ!
あっという間に自分の視界が回転する。
気が付くと私はあお向けにされ、その上からフィリップ様がこちらを見下ろしている。先程まで寝ぼけていた彼は、今はもう険しい顔をして私をきつく睨みつけている。今まで見たこともないその表情に背筋が凍る。
「フィリップさま……」
発する声が意図せずかすれる。
「レイシア。なんで他の男の名を呼ぶのかな?私はずっと君が目覚めるのを待っていたのに……君はいつも他の者のことばかり。」
見つめるフィリップ様の目はほの暗い。
「フィリップ様……違います。私がセルジオ殿下のことを聞くのは……
いたっ……!」
説明しようと口を開いた途端、彼に首筋を噛まれた。そのまま何度もそこを甘噛みされ、時折舌で舐められる。
「フィリップ様!おやめください。
……きゃっ!」
あまりのことに驚いて、止めようと声を上げると、また別のところを強く噛まれる。そしてまたそこを唇や舌で弄ばれる。
何度かそれを繰り返されると、私は次第に力が入らなくなり、彼にされるがままになってしまう。
耳元に鼻を添わせ匂いを嗅ぎ、また首筋へと戻り、唇でそこを吸われる。襟ぐりの広い夜着から覗く鎖骨を舌で舐め、そこにも歯を立てられる。
「レイシア……」
時折私を呼ぶフィリップ様の苦しげな声が聞こえる。
その声に導かれてフィリップ様を見れば、こちらを射抜くような鋭い視線の中に、どこか泣き出しそうな切なさを感じる。
頭の中がぼんやりとして、体に力が入らない。それでも切なげな彼の様子に気づいてしまえば、それをそのままにはしておけない。
「フィリップ様……」
精一杯手を伸ばして、フィリップ様をそのまま頭ごと抱えこむ。私が腕に力を込めると、彼は身を震わせて動きを止める。
「フィリップ様……お会いしたかった……ずっと待っていました。必ず来てくださるって。でもこわかった。もう二度とフィリップ様に会うことが出来ずに、こうして抱きしめてもらえることも出来ないんじゃないかって……」
昨夜のことを思い出すと声が震える。セルジオ殿下から助けが来ると言われ、自身も自力でもここから逃げてやると意気込んではいたが、やはりそれでも不安はあった。
ダン殿下に剣を向けられたときは、自分はここで死ぬのだと、もうフィリップ様に会えなくなるのだと恐怖した。
自然とフィリップ様を抱きしめる腕に力がこもる。
「フィリップ様が来てくださって……もう一度抱きしめてもらって……夢の中にいるのかと思いました。」
目から溢れて涙がこぼれる。
もう恐いことなんてないはずなのに。
涙に濡れた私の声に、はっとしたようにフィリップ殿下が顔を上げる。流れる涙を優しく指で拭うと、困ったような顔をして私を見つめる。
「レイシア……すまない。頭に血が上って、怖い思いをしたばかりの君にひどいことをしてしまった。」
フィリップ様の声も震えている。
私の涙を拭うその手をそっと握り、自分の頬に当てる。少しひんやりとする彼の手が、熱く火照った頬に心地よい。
「いいのです、フィリップ様。」
先程まで彼に感じていた恐怖も、今の表情を見ているときれいに消え去ってしまう。
「レイシア……私は君を愛している。」
突然発せられたその言葉に、思わず驚き目を見開く。
「愛してるんだ。どうしようもないくらい。こんな気持ちは初めてだ。
君を想うと箍が外れたようにおかしくなってしまう。
君を失うと思えば何もかもを壊したくなる。
君が他の男に目を向ければ、君の視界をすべて奪いたくなり。
君が笑ってくれれば、僕はそれまでのどんな苦痛も報われた気持ちになるんだ。
どうか……こんな愚かな僕の気持ちを受け入れてくれ。僕はもう君がいなければ生きていけない……」
まるでそれは懇願するような愛の告白だった。
苦しげな声で語られるその甘美な言葉に、私は震えるほど喜びを感じていた。
(どうしよう……声が出ないわ……)
代わりにフィリップ様をきつく抱きしめる。涙が次々に溢れて声が出せない。彼の耳元で、ほとんど音にならない声でこう告げる。
「私もフィリップ様を愛しています。」
その瞬間、息もできないほどきつく抱きしめ返された。




