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しばらくそうして互いの呼吸を感じながら抱きしめ合っていたが、やがて外が騒がしくなってくるのを感じる。そろそろ王宮の使用人たちも動き出したようだ。
(この部屋にも人が来るかもしれない。)
名残惜しいが、そっとフィリップ様から体を離そうとする。しかし、フィリップ様はまだ足りないといったように腕の力を緩めてくれない。
「フィリップ様。そろそろ朝の支度の時間になってしまいます。」
婚姻前にこのような姿を人に見られるのはまずいだろう。
「……まだ離れたくない。」
フィリップ様は拗ねたように、私の胸元に顔をうずめる。
「フィリップ様も今日も公務がおありでしょう?私のせいでフィリップ様のお仕事にもご負担をかけてしまっているはずです。」
「そんなことはない。やるべきことはこなしてからここに来ている。それに、今日はサハラ国の見送り以外は雑務の処理くらいだ。」
「だから……」と私を引き寄せるフィリップ様を勢いよく引き離す。
「サハラ国の見送り!?それは重要な公務じゃないですか!」
私はそんなに長く眠ってしまっていたのだろうか。
各国の来賓を送り出すのは、夜会を主催した王族の重要な責務だ。サハラ国の帰還は、招待した国々の中でも一番最後の順番だったはず。
「急いで身支度をして、私もお見送りをしないと……。」
慌ててベッドから降りようとするのを、フィリップ様に引き留められる。
「レイシアは休んでいないとダメだ。まだ君は本調子ではない。」
「でもただでさえ他の国々の方の見送りもできなかったのに……!」
このままでは次期王太子妃としての初仕事もまともにこなせないままだ。
それに先程聞けなかったセルジオ殿下の様子も気になる。ここでは絶対に口に出せないが。
「まだ他の国の来賓は帰ってないよ。事件があったから、サハラ国は一足先に帰ることになったんだ。」
「……?そもそも私は何日間眠っていたのでしょう?」
「一日も経っていないよ。事件があったのは昨日のことだ。」
フィリップ様の言葉を聞いて、思わず拍子抜けしてしまった。
前回一週間も寝込んでしまっていたのが頭にあって、今回も数日意識を取り戻さなかったのかと思ってしまっていた。
一気に力が抜け、ベッドに座り込む。
「ではまだ王太子妃の仕事は残っているのですね。」
心底ほっとしてしまう。さすがに夜会の主催者の一人である私が姿を見せぬままでは、各国の来賓の方々に失礼になる。
「そもそも昨日の事件は、どのように皆さまに知らさせているのでしょうか。」
事件後の夜会の様子は、私にはさっぱりわからずじまいだ。人々の前に姿を現す前に、しっかりと事情を把握しておいた方がいいだろう。
私が尋ねると、フィリップ様が大まかにあの後の夜会の様子や、参加者への事件の説明などを話してくれた。その話によれば、連れ去られたのはセルジオ殿下お一人であり、私は事件のショックで部屋で寝込んでいるということになっていたらしい。
(きちんと話を聞いておいてよかった。)
というか、そういったことはフィリップ様から早めに話を切り出してほしかった。ポロッと他の方の前で整合性のとれない話をしてしまったらどうするつもりなのか。
「怪我をした近衛や目撃したメイドは無事なのでしょうか。」
「近衛は命に別状はないよ。あの後しばらくして目を覚ましたらしい。今は騎士団の詰所で治療を受けている。メイドもこちらで保護していたからね。怪我もなく無事だよ。」
「よかったです……。」
特に近衛はあの時私を守るため、身を投げ出して、ならず者の盾になっていた。
(殺されていなくて本当によかった。)
ほっとしていると、部屋の扉から控えめなノックが聞こえる。朝の支度をしに来た侍女だろう。
「フィリップ様。おそらく朝の支度に来た侍女です。ひとまず隣のお部屋にお戻りに……」
あたふたしている私を尻目に、
「入っていいぞ。」
フィリップ様は入室の許可を出してしまった。
「失礼します。」
落ち着いた様子で中に入ってきた侍女は、いつもの私付きの者ではなく、フィリップ様付きの年配の侍女だった。私とフィリップ様がベッドの上にいても、それを気に留めた様子はない。
「今朝はレイシアの部屋で迎える予定だったからね。ジェイクじゃなく侍女に支度を頼んだんだ。」
ベッドから起き上がったフィリップ様は夜着を脱いで、侍女から渡されるシャツに着替える。
「レイシアの侍女には朝の準備はいらないと言ってある。君は今日は一日寝ているんだよ。」
あっという間に身支度を済ませたフィリップ様にそう言われるが、それで引くわけにはいかない。
「そうはいきません!私もサハラ国の見送りに参ります。どんな場合でも、次期王太子妃としての仕事は全うしなくては。」
「ダメ。」
即答された。
それでもあきらめられず言い募ろうとすると、思いも寄らないところから援護がくる。
「王太子殿下。レイシア様のお申し出はもっともなことでございます。変な独占欲で、レイシア様のお気持ちを無下にすることのないようお気をつけくださいませ。」
一切表情を変えずに、先程の侍女がフィリップ様に告げる。フィリップ様もこの侍女に弱いのか、気まずげな表情をしている。
(これはチャンスだ!)
「フィリップ様、お願いします。私はフィリップ様の妻としての初仕事をきちんと遂げたいのです。」
まだ妻ではないが。
わざとらしいことこの上ないが、手を胸の前に組み、上目遣いで殿下を見る。
前世から定番の女性のおねだりポーズだが、フィリップ様にもこれは覿面らしい。侍女からの痛い視線も相まってか、しぶしぶ見送りを了承してくれた。
「ただし、私から離れないように。」
「もちろんです!」




