絹の四・白織村
累々と日が過ぎていきおる。
村に来てから一年が経ち、卯の花は数えで十六になりおった。
『今度は、わたしに執着しないでくれ。どうか他の娘も、わたしと同じように抱いてくれ』
そう言った雪花の願いとは裏腹に、卯の花は雪花とばかり仲が良く、他の白織は歯牙にもかけておらんかった。
そんなある日、卯の花はたまたま村の者の話を耳にしてしまいおった。
「なぁ、あの年寄りの白織な」
「あぁ、あの『うば桜』か? あいつ、このごろめっきり髪質が悪くなってきゃあがった。卯の花もあいつに妙に気ぃ入れてるけぇ、あいつがいると今後良ぅない。今日明日のうちに間引いちまおう」
(間引く――!!)
ふすまの向こうで聞いてしまった卯の花は、ぞっとしてその場を立ち去りおった。表に出ると駆け出して、『蚕小屋』へと走ったんじゃ。自分一人が『間引かれる』ならともかく、雪花が殺されると聞いちゃあ黙ってはおけんかったからのぅ。
「雪花!!」
「……卯の花……」
小屋のすみでうつらうつらしていた雪花は、卯の花を見て目覚めおった。そうして昨日切られたばかりの髪を揺らして、嬉しそうに微笑みおった。その顔があまりに可愛らしくて、卯の花は内心で固く決意したんじゃ。
(殺させる訳にいかない)
卯の花は雪花の手をとって、声をひそめながらも必死の口調で告げおった。
「逃げるぞ、雪花! このままここで過ごしていると、お前は早晩殺される!」
「殺される……?」
「そうだ、お前このごろ髪質が悪くなってきただろう? 村の者はお前を『用済み』と決めつけたんだ! すぐに俺と逃げよう、雪花!」
ぐっと手を引く恋人に、雪花はあわてて言葉を返しおったんじゃ。
「ま、待て卯の花! もう役に立たぬわたしひとりが逃げればともかく、お前は大事な種付けだろう? お前までもが逃げたとあらば、村の者はやっきになって追いかけてくるに違いない!」
「構わない! ……これだけお前を抱いているのに子が出来ぬなら、俺もおそらく種無しだ。このままここに居続ければ、きっと俺も殺される」
雪花が赤い目を見開いて、それからそっと目をそらしおった。汗ばんだ手でその手を握り、卯の花は一心にうながしたんじゃ。
「……逃げよう、雪花。こんな『檻』から逃げ出して、ふたりで一緒に生きてゆこう」
雪花の頬が紅潮し、また白々と冷めていってな、おっかねぇくれぇ青白くなりおった。それからまたじわじわと頬に血が昇り、意思を持つ白織は涙を浮かべてうなずいたんじゃ。
逃げられるかどうかより、卯の花のその心根が、身に染みて嬉しかったんじゃろう。
そうしてふたりは手に手をとって、村の外へと逃げ出しおった。そんなことを考える種付けと白織は、長いこといなかったんじゃろう、ふたりはやすやす村を抜け出すことが出来たんじゃ。
村からいくつも山を越えて、登った中で一番険しい山のてっぺんに、卯の花たちはさびれた山小屋を見つけおった。
「うん、ここなら掃除すれば十分住める。機織りの道具もあるし、その気になれば機も織れるな!」
「……しかし、もうはやわたしの髪は……」
「そりゃあ、七百年も葛湯ばかりで生きてきたなら髪も荒れるさ。これから山の木の実や川の魚を食っていりゃあ、また髪質も良くなるさ!」
そう聞いてもなおためらった様子の雪花を見て、卯の花が首をかしげて問いかけおった。
「どうした、雪花? 大丈夫だぞ、この小屋ならふたりで生きていくには十分だ」
「……あぁ、ふたりなら十分すぎるくらいだが……ここで子を育てることも出来ようか?」
「子ども……?」
きょとんとした卯の花の頬に、真っ赤に血が昇ってきおった。白い耳まで真っ赤に染めて、卯の花は雪花のおなかに手を触れたんじゃ。
「い、いるのか? この中に……お、俺と、お前の……」
「あぁ。黙っていて、すまなかった。お前の『種無し』という言葉も、否定しようとすれば出来たが……本当はわたしも、お前と生きていきたかった。……この子に、白織の運命を背負わせたくはなかったのだ」
雪花の告白に、卯の花の目から透ける雫が落ちたんじゃ。卯の花は涙を流しながら、雪花のおなかに頬ずりしおった。
「……あぁ……幸せになろう、さんにんで……」
卯の花の吐いた言葉に、雪花が微笑んでうなずきおった。雪花の赤い目からも、ほたりほたりと涙が落ちた。
いつ崩れるか知らん幸福を、卯の花と雪花はむさぼるように味わっておった。
村の外で見る幾度目かの夕暮れが、割れた窓からふたりを橙色に照らしておった。