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夜話《やわ》・蚕

 ふたりが相愛になってから、夜はいくつも過ぎおった。


(白織村にやってきてから、もういく満月を拝んだろうか……)


 そんなことを考えながら、卯の花はかいこ小屋で雪花の腕に抱かれておった。白織たちのかすかな寝息が、層になり重なって聞こえてきよる。


 甘ったるい女のにおいの満ちみちておる空間で、雪花が卯の花をじっと見つめて問いかけおった。


「卯の花。お前、何を考えている?」

「いや……」


 何気なく答えた卯の花は、ふっと思いついて、こんなことを口にしおった。


「蚕は……」

「かいこ?」

「蚕は、家畜化された虫なんだ。もう何千年も前から、お前が白織としてこの世に生を受ける前から、ずっと人間に飼われているんだ」

「知っている。お前は唯白だった時も、そんな話をしてくれた」


 ささやいて微笑わらう雪花の頬に、卯の花は指先で甘く口づけたんじゃ。淋しそうに微笑い返して、またことを連ねおった。


「絹を採るためだけに、長く人に飼われ続けて……蚕は、もう自分では生きていけなくなった。繭を作って、羽化する前に湯に入れられて、煮殺されて終わってしまう。人が望むのは、繭から採れる絹だけだから。仮に羽化出来たとしても、蚕は自分で飛ぶことすらも出来ないんだ」


 雪花は卯の花の話を聞いて、淋しそうに微笑うたんじゃ。それから、昔唯白に聞いた話を記憶の底から引っぱり出して、卯の花の言葉の後を続けおった。


「本能で雄と交尾をし、人間に卵を採られてそのまま死んでしまうのだな。そうして採られた卵たちも、その一生を、人間に絹を提供するためだけに使われるのだ」

「そうだ。そうしてお前は、この村の『御蚕さま』なんだ」

「人に飼われる、飛べない虫か」


 ぽつり小さくつぶやかれて、卯の花は痛々しげに微笑みおった。それからそっと雪花の頬を撫ぜ上げて、吐息するようにつぶやきおった。


「羽が……」

 ふっと不思議な言葉を吐いた卯の花に、雪花は赤い目をまたたいたんじゃ。


「羽があったら、もしも飛べたら、お前はここから逃げ出すだろうか?」


 卯の花の夢のような問いかけに、雪花は長いまつげを揺らして、また忙しげにまたたきおった。


「……分からない」


 七百年を手飼いの女は、卯の花の胸に顔をうずめてささやきおった。


(……今は、まだ)

 くちびるだけでつぶやいた言の葉は、卯の花の耳には届かんかった。


 蚕小屋で寝ついた卯の花は、浅い眠りに夢を見おった。


 ……雪花の背中せなに、白い蚕の羽の生え出る夢じゃった。はたはたと羽をはためかせ、雪花はあでやかに笑っておった。


 夜中に目を覚ました卯の花は、自分が泣いているのに気づいてそっと涙をぬぐうた。


(羽を生やした雪花は一体、夢の中で飛べただろうか?)


 どれだけ考えてみたところで、そこまでの記憶はよみがえっては来なんだて。卯の花は甘く切ない想いを抱いて、また寝ついたということじゃ。

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