絹の三・唯白《ただしろ》
やがてじわじわ時が経ち、卯の花は白織の世話を一任されるようになってきおった。
世話と世話とのすきまの時間に、卯の花は雪花といろんな話をしたんじゃ。雪花は昔この村におった、男の話もしてくれおった。
「お前は、ほんに唯白に良ぅ似ておる」
「ただしろ?」
「昔むかしにこの村によそから売られてきおった、『種付け』の男の名前じゃて。わたしは、あやつを好いておった」
卯の花の眉間にぴくりとしわが寄りおった。卯の花はもう、雪花のことを好いておったんじゃからなぁ。
そんな卯の花に気づいているのかいないのか、雪花は言葉を重ねていったんじゃ。
「唯白は何を気に入ってくれたのか、白織の中でもわたしひとりに情をかけ、ことさらに愛しんでくれおった。彼に『雪花』と名づけられ、格別に愛情をかけられたわたしは、やがて感情を持つようになったのじゃ」
雪花はふっと他の白織たちに目を向け、どこか痛んだような表情で小さく吐息をつきおった。
「この娘たちも、おそらくはわたしのように情をかけてもらったら、自我を持つようになるのじゃろう。感情も自我も求められてはいないから、この娘たちは蚕人形のままなのじゃ」
己でおのれを嘲るようにつぶやいて、雪花はほんのり微笑いおった。自分ばかりがこうなって、そのことを恥じている顔じゃった。
(他の白織に申し訳ない、後ろめたい)
そう言いたげな顔じゃった。何とも返せぬ卯の花を見つめ、雪花は再び口を開いた。
「自我を持ったわたしはやがて、唯白と情を通じるようになった。だが、唯白はわたしひとりを愛するあまり、他の白織とは頑として情を通じようとはせんかった」
卯の花はくちびるを噛んでうなずきおった。
そうじゃろう。卯の花だって、そうなれば他の白織とは情を通じようとはするまいて。雪花は卯の花の反応を見て、痛々しげに笑うてみせた。
「唯白の一念は、『種付け』の少年としては致命的だった。その上、何年抱き合おうと、わたしは子を宿さなかった」
ふうっと大きく息を吐いて、雪花は言葉を吐き出しおった。
「唯白は、種無しだったのじゃ。村の者は……」
言いよどんだ雪花はくっとうつむいて、その赤い目から涙をこぼした。あわてて涙をぬぐってやった卯の花に、雪花は赤いくちびるを震わせてささやきおった。
「……村の者は、『種無しの種付けを飼っていても、何にもならぬ』と、彼を殺した。もう何百年昔のことか……」
「……何百年? だってお前、十七かそこらじゃ……」
卯の花の言葉に、雪花は老いた学者のような笑みを見せおった。
「見た目は若くとも、もう年じゃ。白織は妖怪の子孫、人とは体のつくりも寿命も違う。この娘たちも若いのをのぞけば三百歳、わたしは七百歳は超えておる」
卯の花が呆然とした目を雪花に向けおった。気を呑まれた体の卯の花を見て、雪花は目だけで微笑しおった。
(嫌になったか?)
ほとんど息だけで言葉を吐いて、雪花は淋しげに微笑いおった。卯の花は大きく首を振り、雪花の白い手をとった。
「いくつでも構わない。好いた相手がいくつだろうと、惚れてさえいれば平気だろう?」
本気で物言う卯の花の様子に、雪花は甘苦い笑みを見せおった。
「……似ておるな。その目、その髪、その物言い、お前は唯白に良ぅ似ておる」
雪花の言葉に、卯の花の胸がひどく痛んだ。卯の花は雪花の手をきつく握りしめ、挑むように問いかけおった。
「雪花。お前が、俺に惚れてくれたのは……俺が唯白に似ているからか?」
「……え?」
「俺は、唯白とやらの影にしかなれないってことなのか?」
「ち、違う……わたしは……わたしは……っ!」
どうしてか、雪花の赤い瞳からとっぷり涙があふれ出しおった。はたはたと落涙する白織に、卯の花はまごついてその肩へと手をかけた。ふいにくちびるとくちびるがひどく近くにせまってしまい、雪花は思わず顔をそらした。その顔を手のひらで優しく引き戻しておいて、卯の花はそのくちびるに口づけたんじゃ。
雪花のくちびるは甘かった。上等の葛湯の香りがした。
(自分の口は、どんなにおいがしているんだろう……)
ぼんやり不安に思いながら、卯の花は雪花の口を吸いつけおった。舌と舌でつがうておいて、互いの涎れを交歓する。息苦しくなるほどそうしておいて、やっと舌とくちびるを放す。荒く息を吐きながら、雪花は涙ながらにこう言うた。
「甘い……っ」
雪花の言葉にほっとした卯の花は、雪花の着物の衿に手をかけおった。互いにたがいの着物をゆるゆるとしたしぐさではだけつつ、雪花はしゃくり上げながらつぶやきおった。
「唯白は……『口にするのもはばかられるところ』に……赤い花型のあざがあった……」
卯の花がびくりと肩を揺らして雪花を見つめた。
雪花は卯の花の一番恥ずかしいところへ手をかけて、じっと赤い目を凝らしたんじゃ。そうしてほんのり頬を染めて、卯の花のあざへ指先で口づけおった。
「……やはり……あったな……!」
とろけるような雪花の笑顔に、卯の花はよく見る夢を思い出した。あわてて雪花の着物をはいで、雪花の一番秘すべきところへ目を向けたんじゃ。そこには濃い桃色に浮き立つように、血のように赤い花型のあざが浮いとった。
その瞬間、卯の花は全てを思い出しおった。あの夢は夢なんかじゃぁありゃあせん、自分の前世の記憶じゃったと。自分は唯白の影なんかじゃぁありゃあせん、唯白の生まれ変わりなんじゃとな。
「……雪花……っ!」
「……た……唯白……っ!」
「違う」
涙ながらに前世の名を呼ぶ恋人に、卯の花はそっと赤いくちびるへ人さし指をあておった。
「今は、卯の花だ」
「……ぅ……卯の花……っ! 卯の花ぁあっ……っ!!」
雪花が泣きむせびながら、卯の花の白い肌にすがりつきおった。卯の花は雪花のたわわな胸に顔を埋め、赤子のように谷間で何度も息をしおった。
白織の無感情な瞳の群れのただなかで、卯の花は雪花を抱いて、抱かれた。むっとする女のにおいの小屋を褥に、息絶える寸前まで雪花に溺れた。中途で男が自分を呼んだ気がしたが、『種付け』の本領発揮と思われたのか、邪魔は入らなかったんじゃ。
ふたりはうんと幸せじゃった。
どれだけ歪んでいるか分かっていても、それでもやっぱり『幸せ』じゃった。
そのことが終わり、卯の花はぽつりと雪花に問いかけおった。
「村のひとは、よく俺をこの村に連れてきたな。唯白と同じ容姿の『種付け』なんぞ、ゲンが悪くてしょうないだろうに」
「なに、もう数百年も昔の話だ。村の者も唯白の容姿なぞ覚えていない。だいたいが、『たかが種付け』、村の者は白い髪と肌だけが重要で、顔立ちなんぞは気にもしてやしないんじゃろう」
雪花の捨て鉢なおどけにつられ、卯の花も素はだかで吹き出しおった。
「ほんとうだ」
くつくつと笑う卯の花の手をとり、雪花は切実な声で言うたんじゃ。
「卯の花。今度は、わたしに執着しないでくれ。どうか他の娘も、わたしと同じように抱いてくれ。お前が殺されるのは、もうこの二つ目で見とうない」
雪花の切ないわがままに、卯の花は意味ありげに微笑みおった。他の娘を抱く気なぞないし、もちろんむざむざ死ぬ気もない。
そのくせ本当はひとっ欠片も、良い案なぞは浮かばなかった。




