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【かの箱別ライン】狂人同盟  作者: Psycho Punisher Mk.7


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3/3

《たそちゃんの一日》3/ たそちゃんは忘れんぼう

挿絵(By みてみん)



「〝首脳会議〟が、」「あるでしょう……………?」


「……………………」「…………………首脳、」


会議…………?


「そう……………」


「……………………」「あ、の、」「……………………」「日米、」「首脳……………」


「じゃなくて」


「会ぎ、」「あ……………」「うん……………?」


「スーパー……………」「の」


「スーパー…………?」


スーパー


首脳、


会議…………?


「じ、」「G7とか、」「そういう…………?」


「……………………」「……………………」「じゃなくて」


「あ……………」「う、うん……………」


「……………………」「……………………」「み、」


「……………………」「…………………?」


「みっ、笑」「緑っ、の…………笑」「看板っ、」「の……………笑」


「え……………」「緑の、」「看板……………?」


〝はよ喋れや〟と言いたくなる衝動を抑えながら、僕はまじちゃんからお使いの内容を聞いていた。


壁にかかった時計を見ると時間はもうすぐ12時半…………


僕がこの部屋に来てから既に1時間半が経過していた。


「緑の看板……………」


「そ、」「そう……………笑」「緑の看板、」「の」「スーパー、」「の……………笑」


「……………………」「…………………あ、」「あー!」「はいはい、」


「……………………」「うん、笑」


「スーパーの〝首脳会議〟ね?」


「うん……………」「そう笑」


「そこの、」「ちょっと行った所にある!」


「そう……………笑」


この家から駅の方向に10分ぐらい歩いた所にスーパーマーケットの〝首脳会議〟があった。


広々とした敷地に建てられた二階建ての大きなスーパーで、


遠くから見てもそれと分かる、とても大きな緑色の看板を掲げていた。


「はいはい……………」「うん。」


「うん………………笑」


「そこで?」


「はぁ……………笑」「……………………」「うん、」「そこに、」「ね……………?」


「うん。」


「クリーニング屋が、」「あるの……………」


「……………………」「……………………」


クリーニング屋………………


「……………………」「……………………」


「記憶に、」「ない……………?」


「うん、ちょっと……………」


緑の看板の〝首脳会議〟は、ここに来てからの半年で数回しか行ったことのないあまり馴染みのない店だった。


確かに大型のスーパーにクリーニングの店が併設されているのはよくあることだったけど、あまり行かないあの店のどこにそれがあるのかは全く想像がつかなかった。


「まあ、」「探して……………?」「行って、正面から店を見れば」「すぐに、」「分かるから………………」


「うん、分かった」


「うん」「……………………」「でね?」


「うん……………?」


「その店、の」「前、」「に………………」


「うん。」「〝首脳会議〟の」


「……………………」「ううん。」「クリーニング……………」


「あ、」「ああ。」「クリーニングのお店の、」「前に」


「そう……………」「そこに、」


「……………………」「……………………」


「ベンチ、が」「ある」「の……………」


「ベンチが……………」


「そう………………」「これまた」


「……………………」「……………………」


「緑色を、」「した……………」


「あ、はいはい……………」


「……………………」「……………………」


「〝首脳会議〟の中にあるクリーニング屋の中に」


「前に」


「あ、前に」


「そう……………」


「なんか置いてあるんだ?緑色のベンチが」


「……………………」「……………………」


「……………………」「……………………」


「……………………」「……………………」


「……………………」「…………………?」


「……………………」「……………………」


「ま、」「まじちゃん……………?」


「……………………」「………………そう。」


「あ、」「……………………」「よかった。」


あまり行かないあの店のどこにクリーニング屋があるのかは分からなかったけど、その店の前に〝座って待つ用〟の(スーパーのイメージカラーになぞらえた)緑色のベンチが置いてある絵面はありありと想像出来た。


きっと全面ガラス張りの店の前に三~四人掛け程度の横長のベンチが、店の出入り口に背を向ける形で置いてある


ような気がする。多分。


「クリーニングを出してくればいいっていう、」「話……………?」


「……………………」「ううん。」


「うん。」


「そこの、その」「ベンチに、ね」


「うん。」


「これ、」


と言ってまじちゃんは、どこから出したのかいつの間にか手に持っていた茶色い紙袋を差し出し、僕の右手を左手で持ち上げ、支えるように下から持たせた。


「うん……………?」


「をね?置いてきて、欲しいの」「ベンチ側から見て、左端の」「手すりのとこ、」「に……………」


紙袋はAmazonで中サイズの商品が送られてくる時に梱包で使われるような無地の素気の無いデザインで、


取っ手が付いていない一番持ち歩きがしにくいタイプのものだった。


「はあ……………?」


「うん………………」「出来、そう…………?」


「?」


「たなかんの、」「はじめて、の」「おつ」「かい……………」


「……………………」「……………………」


〝おつかい〟は、初めてではなかった。


ここに連れて来られてから監禁されたのはあの夜までの一カ月だけで、その後は二人に頼まれて外に用事を済ませに行く〝おつかい〟を度々こなしていた。


〝おつかい〟には、有難いことに給料が出た。最初の〝おつかい〟の時、まじちゃんが〝一回こなすごとに日当で5万ぐらいでいい?〟ととんでもないことを言い出したので〝いやいいいいそんな法外な〟〝交通費だけでいいよ〟と断ったら〝ばか、たなかん……………〟〝円ならず、〟〝ドルなり……………〟と言っていた。


具体的にいくらになるかは知らないけど、ドルなら多分相当安い額になる筈なのでそれ以降は言い値を素直に受け取るようにしている。今は(口座が作れない僕の代わりに)まじちゃんが作ってくれた口座に僕が〝おつかい〟をこなすごとに着々と残高が貯まっていっている……………らしい。


「もう普通に、」「置いてくればいいってことだよね、そのベンチの」「左端の手すりにもたれさせるみたいにして」


「そう………………」


「うん………………」「出来るよ?全然」「行ってくればいい?今」


「……………………」「……………………」


「……………………」「……………………」


「……………………」「……………………」


「……………………」「…………………?」


「……………………」「……………………」


「まじちゃん……………?」


「……………………」「………………でね?」


「う、」「うん……………」


「それが終わったら、」「あの」


「うん………………」


「行って欲しい、の」「あの」「北西部、の」「オタク、」「シティ」「に……………」


「……………………」「あー……………」


東京23区の北西部にある〝オタクシティ〟には、つい先日まじちゃんと一緒に行ったばかりだった。


行ってまじちゃんの行きつけだという店に行って、フロントでレジを打っていたエルフのコスプレ姿の女の子が可愛いかったね、と言い合いながら帰ってきたところだった。


「じゃああれだ?また何か受け取ってくる感じ……………」


「そう。」


「うんうん」


「今回は二つ、あるから」「荷物、」「が……………」


「……………………」「……………………」


先日〝オタクシティ〟でその店に行った時、まじちゃんはレジ打ちをしていたエルフのコスプレ姿の女の子から紙袋に入った何かを受け取っていた。封がしてあったし、何かは聞かなかったので中身は分からないけど、今僕が手に持っているこれよりだいぶ大きくて、取っ手が付いていてしっかりとした厚手の紙袋を、まじちゃんはエルフのコスプレ姿の子から()()()()()()()受け取っていた。


「分かった。」


「うん……………」


「うん。」


「……………………」「…………………でね?」


「…………………?」「うん?」


「〝オタクシティ〟で二つの荷物を受け取ったら、」「ね?」


「うん……………?」


「その足で持って来て、欲しい」「の」「本社、」「まで……………」


「本社……………?」


「そう………………」


「え……………」「ほ、本社って……………」


まじちゃんとごじゃるは同じ職場の同僚同士で、東京の真ん中の方にある物凄い大会社に二日に一回ぐらいのペースで働きに行っている。


どんな仕事か事細かには知らないけど、二人が都内有数の一等地にこの規模の家を建てられるぐらいなんだから、とんでもない額の給与を渡す大会社なのは間違いない。


「本社って、僕」


「うん………………」


「分かんないや、行き方」


「……………………」「……………………」


「何駅?」「駅からの道順も出来たら……………」


「……………………」「……………………」


「紙か何かに……………」


「……………………」「……………………」


「……………………」「…………………?」「まじちゃん?」


「……………………」「………………たなかん、」


「?」「うん、」


「忘れ、ちゃった…………?」「本社の、」「行き方…………」


「…………………?」


〝本社への行き方〟は、多分聞いたことがない筈だった。


だって行ったことがないから。


〝おつかい〟でも本社に行くような用事は今までなかったし……………


自分と関係がなくて行ったこともない場所への行き方を聞いたことなんて、


ある筈もなかった。


「え、何だっけ?」「教えてもらったんだっけ、一回…………?」


「……………………」「……………………」


「覚えてないかも、」「ごめん…………」


「……………………」「……………………」


まじちゃんは表情の読めない真顔に近い顔で、真正面から僕の顔を真っ直ぐに見つめた。


「……………………」「…………………?」「えっ?笑」


「……………………」「……………………」


「え、何…………」「まじちゃん笑」


「……………………」「……………………」


まじちゃんは僕の彼女だし、周りから見たらちょっとどうなんだろうと思うぐらいにベタベタで、まじちゃんの仕事以外の時間はずっとくっついて一緒に過ごしている。


でも改めて無言のまま真っ直ぐに見据えられると体が硬直して、胸の奥がブルブルと震える感覚があった。


まじちゃんはそのくらい顔が美しかった。彫刻のように整った縦長の顔についた、多分少しだけ斜視な目が信じられないぐらいの色気と凄みを醸していた。


今でも信じられない、本当に。


こんなに美しい人が僕の彼女だなんて。


「……………………」「……………………」


「え……………」「えぇ?」「そんな……………?笑」


「……………………」「……………………」「あのね?」


「あ、」「はい……………」


「先月、ごじゃるも一緒に」「外で食事した、」「でしょ………?」


「………………あー、」「ああはい、」「行ったね、フレンチの」


薄緑色をした野菜のパテがびっくりするぐらいに美味しかった


「そう……………」


「うん。」


「その時、ごじゃると私と、落ち合った」「駅があった」「でしょ…………?」


「あぁ、」「うんうん。」


「あの、町の名前が、」「付いた…………」


「はい。」


先月駅で落ち合ってフレンチの店に行った時、二人は仕事帰り……………つまり〝()()()()〟だった。


……………なるほど。


「そこの駅を降りて、ね?」「一旦地上、に出て」「欲しい」「の…………」


「うん、うん」


「そいで、」「ね?」「空を見上げて、その場でぐるっと一周」「見回して、」「ね?」


「………………うん?」


「いっちばん高い建物が、」「本社」「なの……………」


「へえ……………?」


「そう…………」「だから、」「そこに向かって歩いてくれば…………」


「あー、なるほど…………」


「……………………」「……………………」


やっぱり。


まじちゃんとごじゃるが勤めている会社はやっぱり想像通りか、もしかしたらそれ以上の規模の大会社で、


それだけにその本社ビルもとんでもない大きさらしかった。


「……………………」「……………たなかんが、教えて」「くれたんだよ?これ」


「……………………」「………………ん?」


「最初に、まじきが初めて本社に」「行った、」「時……………」


「え、なに?まじちゃん」


「……………………」「……………………」


いつもよりさらに小さな声でぼそぼそと何か言った後、まじちゃんはぐしゅぐしゅ、と小さく鼻を鳴らした。


「……………………」「……………………」


「大丈夫…………?」


「……………………」「……………うん。」


「その、」「建物ってさ、」


「……………うん、」


「もう見るからに分かる感じ?」「それとも結構〝他のよりギリ大きい〟みたいな感じ?」


「……………………」「……………………」


「なんか、大きい街だしさ、この前もいっぱいあったじゃん?大きい建物」


「……………………」「……………………」


「この前ご飯行った時聞いとけばよかったな、、、、、」


「うん……………」「大丈夫。」


「…………………本当?」


「うん、もう本当」「バカみたいに」「バカでっかいから」


「あ、あー……………」「そうなんだ?」


「そう……………」「もう、ね」


「うん……………?」


「塔。」


「うん…………?」「塔……………?」


「そう。」「ビルを想像してると思う、けど」


「うん」


「塔だから、細長い」


「えぇ…………?」


「それで明らかに一番高い、から」「分かる、よ」「絶対……………」


「……………………」「……………………」


あんなオフィス街みたいな場所に、塔……………?


「ス、スカイツリー、」「みたいな……………?」


「ううん。」「もっと高くて、」


「えっ、、、、、、」


「もっと細長いよ」


「えぇ……………?」


「霞んで見えないから、上の方」「とか……………」


「……………………」「……………………」


「空に向かって無限に続い、てて」「本当に上の方、とかは」「線……………みたいになっ、」「てて……………」「見えない、」「の……………」


「……………………」「……………………」


「だから分かる、」「絶、」「対。」


「……………………」「……………………」


多分最後の方は誇張表現だと思うけど、それでもこの言い方なら〝本社〟が見つけられず迷うことだけはなさそうだった。


それにしても、


日本で一番高い建物って


スカイツリーじゃなかったんだ……………?


「……………………」「……………………」


「どう?」「出来る……………?」


「う、うん…………」「多分、大丈夫…………?」


「そう?」


「うん…………そんなに、大きいなら…………」


「うん……………じゃあ、」「まじきももう出るから、」「お願い、ね……………?」


「はぁい…………」


ベッドの脇に置いてあった鞄に手をかけながら気を付けてね、とまじちゃんは言った。


「ん?何が?」


「たなかん、今」「戸籍ないから…………」


「?」「うん。」


「お巡りさんとかに捕まって職質とか受けちゃうと、」「ちと、」「面倒なことになっちゃう……………」


「へぇー?」「そうなの?」


「うん……………」「身分証、とか」「急がせてるんだけど、」「まだちょっとかかる」「みたいで……………」


「あー……………」「田中善子(たなかよしこ)の?」


「……………………」「……………………」「ん?」


「え?」


「……………………」「……………………」


田中善子(たなかよしこ)の……………」「僕の身分証の話、だよね?」「急がせてるっていうのは」


「………………うん、まあ」「たなかんの、と言うか……………」


「?」「うん。」


嵐山院御影(らんざんいんみかげ)さん、」「の……………?」


「……………………」「……………………」「えっ?」


「まあたなかんのだけど、」「ね?」「そもそも、ない」「と言うか、たなかんのは」


「……………………」「………………????」「んっ?」「はっ?」「えっ?」


嵐山院御影(らんざんいんみかげ)名義、」「じゃない?身分証は……………」


「……………………」「…………………えっ?」「ごめんごめん、何言ってる…………何の話?」


「……………………」「……………………」「たなかん?」


「えっ?」


「……………………」「……………………」


「え……………」「えっ?」


まじちゃんはまたさっきのあの、表情の読めない真顔になって僕を見つめていた。


今度は距離が近かったせいか、唾を飲み下す喉の動きが見えた。


「聞き覚え、」「ない……………?」


「…………………うん?」


嵐山院(らんざんいん)、」「御影(みかげ)、」「さん…………?」


「……………………」「……………………」


「わ、分からな、」「い……………?」「嵐山院(らんざんいん)御影(みかげ)……………」


「……………………」「…………………な、」「なんだっけ…………?」


「……………………」「……………………」


「またなんか言われてて、」「忘れたんだっけ?僕……………」


「……………………」「……………………」


僕は鈍くて鈍感だけど、まじちゃんが驚愕しているのか焦っているのか、


それかもしかすると怒り狂っているのか、


何かしらの理由で緊迫していることだけは分かった。


でもそのランザンイン………………


なんとか?


とかいう言葉には本当に聞き覚えがなかった。


そんななんか


なんだか


オダイリサマ、みたいな


(おごそ)かそうな言葉には。


「……………………」「…………たなかん。」


「えっ?」「えっえ、」


「たなかん……………」


「えっ、えっ、えっ、」「まじちゃん…………?」


米大陸(べいたいりく)の鷲ぐらいに大きく広げられた()っがい(なが)い両の腕にからめとられながら死を覚悟した僕は、


深く優しく、


優しく優しく深くしっくりと


抱き(くる)められた。


「……………………」「……………………」


「……………………」「まじちゃん…………?」


「たなかん……………」


「…………………?」「う、うん……………」


「ずっと、」「ここにいればいい。」「ずっとここにいればいい、」「よ……………」


「…………………?」「へぇっ?」


「ずっとここにいて、」「私の傍に」「いれば、」「いい……………」


「……………………」「…………………?」


「ね……………?」「ずっと、いて?」「一緒、」「に……………」


「……………………」「……………………」「う、うん……………」「いる……………」


「……………………」「私のお人形、」「さん……………」


「……………………」「……………………」


まじちゃんはこの〝お人形さん〟という表現を僕に対してよく使った。


背が低くてちんちくりんな見た目のことを言っているのだと最初は思っていたけど、


最近はまじちゃんと、あとごじゃるにとっても僕は存在自体が〝お人形さん〟なんだと気が付いた。


髪をとかしたり服を着せたり、


それから夜毎ベッドに連れ込んだりするのも


多分二人にとっての〝人形遊び〟なんだろうと思う。


「……………………」「……………………」「まじちゃん。」


「……………………」「……………………」


「時間、」「大丈夫……………?」


「……………………」「……………………」


まじちゃんの肩越しに見える壁掛け時計は13時をもう15分以上も過ぎていた。


「……………………」「うん。」


「ほんと?」「仕事の時間、とか」


「うん…………また、ね?」


「うん……………?」


「すーぱーちゃんが」「いなくなったんだっ、」「て……………」


「………………あー、」


「それで昼一の収録リスケになった、」「から……………」


「ははぁ……………」


「暇、」「だったのこの」「時間…………」


「うんうん…………」


この〝すーぱーちゃん〟という名前は少し前…………


確か2~3週間ぐらい前にも一度聞いていた。


確かその時も直前になって姿が見えなくなって〝収録〟というやつを飛ばしたんだと、まじちゃんとごじゃるが話していた。


まじちゃんとごじゃるの仕事がどんなものなのかは詳しくは知らないけど、どうやら地声の良さを活かしたタレント業みたいな仕事らしくて、要するに〝声優〟の亜種のような仕事らしい。


才能がものを言うそういう業界にはわがままだったり奔放だったり、不安定な人がきっと多いんだろうなと思う。


「で、あれか」「ちょっとゆっくりしてたんだ?」


「……………………」「うん、そう……………笑」


「そうなんだ笑」


「うん……………」「遊んでもらっちゃった。たなかん、」「に……………笑」


「そっか笑」


「うん…………笑」


まじちゃんは僕を抱く腕の力を少しだけぎゅう、と強めて


〝今日夜…………〟〝体、空いてる?〟


と言った。


「……………………」「……………………」


「………………え、」「うん、」「空いてる、けど……………」


「よかった……………」「じゃあ、」


「うん……………?」


「来てね?今日、」「夜、収録終わって」「家に帰って来た、」「ら……………」


「う、」「うん………………」


「……………………」「……………………」


「……………………」「……………………」


「……………………」「……………………」


まじちゃんの長い腕が僕の背中をさすさす、と上下する。


「……………………」「……………………」


「……………………」「……………………」「ショック、、、、、」


「……………………」「…………………?」


「だった、この」「前………………」


「…………………?」


「朝、一度して、」「昼に〝おつかい〟を頼ん」「で、」


「うん…………?」


「夜、また」「したら」「穴、が」


「……………………」「……………………」


「緩くなってた、」「の……………」


「……………………」「……………………」


まじちゃんは僕の右耳の近くですぅ、はぁ、すぅ、と二セットぐらい深く呼吸した後


そのまま髪ごしに右耳の上の辺りにちゅちゅ、と口を付けた。


「……………………」「……………………」


「浮気もほどほどに、」「ね」「たな、」「かん………………」


「……………………」「……………………」「うん」


「嫌われたくないから、」「縛らない、けど…………」


「……………………」「……………………」


「傷付くんだから、」「ね?」


「……………………」「……………………」


大人(まじき)だ、」「……………って」


「……………………」「……………………」


〝傷付く〟って言ったけど、


まじちゃんは多分〝浮気〟をされて


喜んでると思う。


だって〝穴が緩くなってた〟ことに気が付いた時、


すごく女の子らしくて可愛い顔をしてたから。


目に涙をいっぱい溜めて、頬を赤らめて、手もぶるぶる震わせて、


声もキンキンに張り上げてて、上擦ってて、


聞いたことがないぐらい可愛いトーンで出てて。


いつもの芸術品みたいな顔に落ち着いたトーンももちろん良いんだけど、あの時のあの感じはもう………………


女に生まれた喜びを全身で享受してるようだった。


その後の行為なんてもう、


半分泣きながら半分怒りながら


僕の体を貪るように行為にふけるまじちゃんの可愛さは


筆舌に尽くし難かった。


だからまじちゃんの言う〝浮気〟を、僕は〝浮気〟じゃなくて〝サービス〟だと思ってる。


〝彼女サービス〟、言ってみれば。


まじちゃん(女性)と初めて付き合ってから今までのたった半年で僕が編み出した概念だけど、まじちゃん(女性)との付き合いはこんな感じですごくたくさんのことを僕に気付かせてくれるし、人としても成長させてくれる。


「……………………」「……………………」


「ね……………?たなかん」「察、」「して……………?」


「……………………」「……………………」


「……………………」「ねえ」「聞いて、」「る……………?」


まじちゃんは僕に覆い被せていた上体を起こして、上方真正面の至近距離から僕の顔を覗き込んだ。


「……………………」「……………………」


「ねえ、分かってる」「の?」「まじきの、言う」「こと……………」


「……………………」「………………うん。」


「……………………」「何……………?」「うん、って……………」


「……………………」「気を付けるね?の」「うん笑」


「もう……………」「何ぃ?それ……………」


と言いながら細く尖った顎で額の上をぐりぐり、と抉ってくる。


「痛い、いたたた」「痛いよ」


「もう……………」「成長した、ね?」「たな、かん……………」


「痛い痛い、まじちゃん」


「まじきのこと、」「ちゃんと傷付けることが」「出来るんだ、」「ね……………」


「痛い……………」「えぇ……………?」「そう?」


「うん………………」「傷付いてる……………まじき。」


「……………………」「ほんと…………?」


「うん………………」


「……………………」「…………………じゃ、じゃあ………」


「……………………」「……………………」


「……………………」「ごめんね?」「気を付ける…………」「ね?笑」


「……………………」「もう、何それ…………」


「痛た痛たた」「痛いよ、まじちゃん」


〝もう嫌〟〝たなかんといたら、〟〝ダメになっちゃう………〟と言って、


まじちゃんは僕から離れた。


「もう……………」「行くね?仕事………………」


「あ、」「うん…………」


「お願い」「ね?」「〝おつ〟、」「〝かい〟……………」


「うん……………」「分かった。」


「……………………」「……………………」「ふんっ。」「もうこうなったら、」


〝仕事行ってやるんだからっ、〟と言ってまじちゃんは部屋から出て行った。


とんとんとん、と階段を下りていく背に〝PC使っていー?〟と尋ねると、


〝知らなーい〟と返事があった。


今日頼まれた〝おつかい〟に当たってその道順を確かめておきたかった。


PCに加えてスマホも持っていない僕にとって複数箇所を電車で巡るのはちょっとした冒険だった。


特に今日みたいに、東京23区の端と端の間を横断したり縦断したりするような場合は。


「(身分証ももちろんアレだけど、)」「(正直スマホは)」「(かなり欲しい…………)」


机の上にあったPCの電源を入れて起動を待っていると、


〝大変、〟〝たなかん、〟〝大変大変、〟〝大変だぁ、〟


とまじちゃんが一階から呼ぶ声が聞こえた。


「……………………」「…………………?」「まじちゃん?」


「たなかん、」「大変……………」


と玄関方向から呼びかける声が小さく聞こえ続けている。


「……………………」「……………………」


「まじちゃん…………?」


「…………………大変、」「……………なかん…………」


「…………………???」


慌てて部屋を出て階段を下りると、靴を履いたまじちゃんがこちらに背を向け、玄関ドアの前で立ち尽くしていた。


「まじちゃん…………?」


「……………………」「……………………」


「まじちゃん、」「どうしたの……………?」


「……………………」「……………………」


こちらを振り向いたまじちゃんは、目に一杯の涙を溜めて手を震わせていた。


顔は泣いていると言うより驚いているような顔で、


振り向いた拍子に零れ落ちた大粒の涙にさらに驚いていた。


「まじちゃん……………」「どしたの、」「何?」


「……………………」「………………たなかん………」


「うん。」「どした?」


背中を支えて膝を突き、上り口に座らせるとまじちゃんはしなり、と僕の肩に頭を乗せかけた。


その拍子にまた大粒の涙がぼろぼろ、と落ちて玄関マットに吸い込まれていく。


「たなかん……………」


「うん。」「何?」


「どうしよう……………」


「うん……………」


「まじき、」「ね……………?」


こんな時でも化粧が崩れないように、顔を横に向けて涙が横向きに流れるように工夫しながらまじちゃんは泣いた。


ぼろぼろと続けざまに落ちていく涙を僕は手近にあったティッシュを数枚引き出し、化粧が崩れないように瞼から零れ落ちると同時に拭いた。


「……………………」「もう、」


「うん…………?」


「もう、」「寂しいの」「たなかんと、離れるの……………」


「うん……………」「……………………」「ええ?」


「玄関から出て、これから」「たなかんとどんどん離れて、」「遠くの仕事場に、行くんだと、」「思ったら……………」


「……………………」「…………うん……?」


「つ、」「……………………」「辛くて…………」


「……………………」「……………………」


「どうしよう、」「たなかん………………」


「……………………」「……………………」


「まじき、本当に」「ダメになっちゃった……………」


「……………………」「……………………」


「たなかんの、せい……………」


「……………………」「……………………」


「たなかんのせい、」「だよ……………」


「……………………」「……………………」


家の前に迎えの車が来てる気配があったけど、


まじちゃんはしばらく泣き止まなかった。


次から次に零れる涙を化粧が崩れないように


瞼から零れ落ちる瞬間に拭きとる作業を繰り返すうち


「(……………………)」「(………………あ、)」「(今日夜………………)」


ごじゃるとも約束していたことを思い出した。


不誠実過ぎるダブルヘッダーをどうやりこなすかを思案するうち、


〝3Pって、ありですか…………?〟


という最低過ぎる質問台詞が脳内を通過した。




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