9 牙を剥く町
朝焼けに包まれた丘の上。焚き火の残り火がぱちりと弾け、ボクたち三人は静かに町を見下ろしていた。
「……カルナス、か」
ローレンが低く呟く。その横顔には懐かしさと、どこか警戒する色が浮かんでいた。
「穏やかそうに見えるけど……空気がちょっと重たい感じがする」
サーシャが不安そうに隣に立つ。
「ここは表の顔と裏の顔がまるで違う。気を抜くなよ」
ローレンは斧の柄を肩で鳴らす。
「大丈夫だよ。ボクたち一緒なら、どこだって進める」
町の門へ向かうと、門番が鋭い目つきで声をかけてくる。
「旅の者か?身分を証明できるものはあるか?」
「……ローレンだ。昔、ちょっとだけ世話になっただろ」
門番は眉をひそめたが、すぐに「ああ」と小さくうなずいて道を開けた。
「面倒起こすなよ。頼むから」
「こっちの台詞だ」
◇
町の市場は活気づいているが、サーシャの白髪と赤い瞳に人々の視線が集まる。
誰かがひそひそと囁き、露店の主人も目を逸らす。
「……また災いが来た」「あの子、魔法使いだろう」
サーシャはそっとうつむいた。ボクは彼女の手を握る。
「大丈夫、ボクは信じてる」
それでも、サーシャの手は少しだけ震えていた。
そのとき、通りの奥で大声が響く。
「コラ、ガキ!ぶつかったら謝れ!」
乱暴な男たちが子どもを囲んでいる。サーシャは思わず駆け寄った。
「やめて、その子は悪くない!」
「なんだ、その髪……!やっぱり魔女だ、魔法使いだ!」
一気に人垣ができ、誰かが「自警団呼べ!」と叫んだ。
サーシャの体から淡い光が漏れ、魔力がほんのわずかにあふれる。
「やめろ、サーシャは……!」
ボクが叫びかけた瞬間、ローレンが一歩前に出る。
斧の刃を太陽にきらめかせ、重い声を響かせる。
「――悪魔扱いしたいなら、俺も付き合ってやる。この子が悪魔なら、俺は地獄の門番だな」
自警団の男たちが戸惑い、武器を構える。
「こいつら、町の平和を乱す気か!」
「上等だ。斧を振るう理由は十分だぜ」
一触即発の空気。だが、騒ぎの中心に一人の少女が割って入る。
薬草を束ねた腰、茶色い髪、快活な声――
「ちょっとあんたたち、ここで騒いだら騎士団が来るよ!そこの三人、早くこっち!」
少女――フィーナの誘導で、三人は人混みから抜け出す。
◇
フィーナの薬草店。香りに包まれた小さな部屋で、ボクたちはほっと息をついた。
「アタシはフィーナ。薬師をやってる。ここじゃ魔法使いは肩身が狭いけど、アタシは違うよ」
サーシャは緊張をほぐし、微笑む。
「ありがとう、フィーナさん……」
「礼はいらないさ。でも忠告だけはする。カルナスの空気は今、最悪だ。何かが裏で動いてる。……“本当に守りたいもの”があるなら、この町には長居しない方がいい」
ボクはサーシャとローレンを見て、強くうなずいた。
「分かった。でも、ボクは絶対にみんなを守る。どこに行っても」
ローレンは斧を肩に担ぎ、ぼそりと呟く。
「俺もだ。……仲間だからな」
夜の薬草店の奥、外の闇にはどこか怪しい人影がうごめいていた。
新たな試練の気配が、すぐそこまで忍び寄っている――。