表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

1 鏡の間

「ここは……どこ?」


気がつくと、ボクは真っ暗な空間に横たわっていた。何もない――そう思ったが、目の前には二枚の鏡が並んでいた。どちらの鏡もまるで異質な存在のように、その場にぽっかりと浮かんでいた。


「あれ……? 確か、あいつらにいじめられて、マンションの屋上から……」


そうだ。ボクはあの瞬間に、すべてを終わらせたはずだった。もう何もかも嫌になって、自分で自分に別れを告げたのに――どうして、こんな場所にいるんだろう。


その時だった。音もなく、誰かがボクの前に現れた。


見上げるほどの巨体。これまでに見たこともないような大きな男の人だった。彼は静かにボクを見下ろすと、低く穏やかな声で話しはじめた。


「ここには、二つの運命を変える鏡がある。この鏡は、それぞれ違う世界へと繋がっている。だが、どちらの先に何が待つかは……私にもわからない」


ボクは思わず息をのんだ。


「お前が今の運命を本当に変えたいと願い、覚悟を決めたのなら――どちらかの鏡に飛び込むのだ」


足が震えた。けれど、何とか一歩を踏み出そうとした。


だけど……怖かった。立ち止まりながら、ボクはぽつりと呟いた。


「何の取り柄もないボクが、本当に運命なんて変えられるのかな……?」


すると、男の人は少し微笑んで、こう言ってくれた。


「お前は、ちゃんと頑張ってきただろう。後輩を庇い、酷いいじめにあっても、耐え続けたじゃないか。その忍耐と優しさこそ、お前の強さだ」


その言葉に、なぜか胸があたたかくなった。どうしようもなかったはずの涙が、気づけば頬を伝っていた。


「そっか……ボク、誰かの役に立ててたんだ……」


ボクは自分の手を胸に当て、少しだけ強い声で言った。


「……次の世界では、誰かに夢や希望を与えたり、心を動かせるような人になれるかな?」


「きっとなれるさ」


男の人は力強くうなずいた。


「さぁ、時間だ。覚悟はできたか?」


ボクは目を閉じて、大きく息を吸った。そして迷いのない声で、はっきりと答えた。


「うん!」


「――では、達者でな」


どこか寂しそうな声で、男の人が背中を押してくれた。


「おじさん、ありがとう! ボク、次の世界でも頑張ってみるよ!」


希望に満ちた声でそう言いながら、ボクは光を放つ右の鏡へと走り出した。鏡の中へと飛び込むその瞬間、おじさんの笑顔が最後に目に焼きついた。


「――いってきます!」


暖かい光が全身を包んだ。


その微笑みは、どこまでもやさしかった。


……そう。これは、前世に別れを告げたボクが、新たな絆を紡いでいく物語の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ