第四十八話 残酷な真実
機内の椅子は眠りにくい。衝撃に耐えるため、硬い設計になっているからだ。なかなか眠りにつけなかった私は、閉じていた瞼を開いて隣に座っているはずの彼に振り向いた。
彼も起きていた。
こちらを見つめて、笑っていたのだ。
「あはは。大丈夫大丈夫、なにもしないよー」
呼吸が止まった。私は今、青ざめた顔でもしているのだろうか。一目で彼ではないことを察した私に、超人の少女は彼の顔で笑ってくる。
「なんで分かるの。見た目まんま一緒なのに」
「……笑い方が、違うのよ」
「へぇー。そうなんだ」
自分から尋ねてきたくせに、どうでも良さげに返事をした超人は、私の肩に手を置いた。
ぎゅっと握られる。
黙って睨んでいると、超人は笑顔のまま妙なことを言ってきた。
「ねえねえ、少し女子会しようよ。あれだけ殺し合った仲なんだから」
「……彼に意識を返して。殺すわよ」
「つれないなあ。哲人君が眠りに落ちたから、私が出てきただけだよ。私も適当に眠るから、その前にガールズトークしよう」
「……」
「女子会と言ったら恋バナ。私が大好きで止まない哲人君の話だよ」
「なに」
「超人の秘密、教えてあげようかなと思ってね」
「……何をすればいいの」
超人は取引を要求している。そう理解した私は、反射的に対価の話に移った。
だが、超人は首を横に振ってみせた。
「あー、いいよ。九条篤史と君には、遊んでくれて本当に感謝してるんだ。君たちは私のお気に入りなの。だからいいよ」
「……」
根拠はない。
そんなものはないが、一つの仮説が頭に思い浮かんでしまった。推理でも考察でもない、ただの妄想と言うべき仮説。超人の話が始まる前に、それを口から溢してしまった。
「あなた、『方舟』にわざと協力していたわね」
超人は無表情になった。
沈黙が生まれ、静寂を作り出す。結果、緊張が空間を支配していき、ずんと重い空気が肩にのしかかった。
そして、それは全て破裂する。
へえ、と感心するように超人の声が響いたから。
「勘かな。だとしてもすごいね。やっぱり、君のことが気に入ったよ」
「……」
「そう。お父様は私を娘として育てたと思い込んでいるようだけど、実際は私が娘として育てられているフリをしていただけ」
「なんのために、『方舟』に飼われていたの」
「『方舟』の狙いが、全ての霊石を反転させて、超人として九条一族を復活、作り直すことだった。これを目的のために利用するから」
「何の目的」
「河野裕二の完全復活」
平然と言い切った超人に、私は間を置いてから言葉を返した。
「やっぱり―――あなた、河野裕二とつながりがあるのね。河野裕二を襲ったのは、超人の匂いがしたから、なんて嘘。河野裕二を『方舟』リーダーの九条蓮に取り憑かせ、『方舟』に河野裕二を侵入させることが、目的だった」
「うん」
「河野裕二は、何者なの。あなた、知っているのね」
「知ってるね。―――哲人君のパパだよ」
「……」
「本当なんだけどなあ」
ぼやくように言った超人は、頭をかいて座席に深く座り込んだ。
絶えず視線をぶつけてやると、観念したようにため息を吐いた。
「お父様たちは勘違いしているんだよ。反転霊石は、霊人の死産児の心臓によってできたものじゃない。―――河野裕二の子供だから、死産児になり反転霊石を持った超人になるんだ。これが超人の秘密」
「……」
「超人は、河野裕二が霊人をはらませて作った子供のこと。私も哲人君も、河野裕二の子供なんだよ」
「……なるほどね」
死産児から取り出される霊石、というのは奇妙だと思っていた。橘光は、ロシア製光学兵器のソフィアから生まれたクローンだった。ソフィアは霊石を埋めこまれた状態でクローニングを施され、多くのクローンを作り出すことに成功していた。
霊石によって生命力に溢れた状態だったから、大戦中の未熟なクローニング技術でもクローン人間量産にロシアは成功していたのだ。
ならば、霊人の子供が死産児になること自体、非常に納得のいかない話になる。女性の霊人はひときわ霊石が大きく、ソフィアや私のような後付けで霊石を埋めこまれた『殺戮機械少女』よりも、霊石エネルギーを大量に持っている存在だ。ソフィアですら大量のクローニングに成功するのに、女性の霊人が死産児を生むことなどあり得るのだろうか、とは思っていた。
また、何よりもこの超人の発言に違和感があった。
―――『方舟』には封印されている古代からの反転霊石が五個ある。私が六個目だったんだけどね。複数の反転霊石で霊石を囲み接触させると、中心の霊石が反転霊石化していくんだ―――
「今までに、九条一族での死産児はあなたを含め六人しかいなかった、というのは奇妙よ。なぜ六人しかいないの。古代から現代までで、六人しか」
「あー、やっぱり変だなって思うよね。自分で言っておいてなんだけど、失言だったかなあとは思うよ」
「でも納得した。あなたは、超人は、河野裕二と霊人の間にできた子供、ね。しかし、その説明だと河野裕二は古代から九条一族の女性と関係を持ってきたということになるわ。何千年生きているのかしら」
「超人は不死身だよ」
「……河野裕二が超人の祖というわけね。いいわ、なら教えて。彼は、超人なの、霊人なの。どっちなの」
九条哲人の心臓は、反転霊石だった。しかし、すぐに霊石に取り替えられて、その肉体は九条幸乃の霊石を心臓にして存在している。彼は、反転霊石という核から脱却して、霊石を持った霊人として生きているのだ。
「どうかなー。よく分からない。哲人君は河野裕二の血を持った超人一族の一人。私の弟だよ。だけど、生まれて間もなかったからなのか、取り替えられた九条幸乃の霊石に肉体が適合しちゃっているんだ。本来なら、反転霊石から肉体が復活するはずなんだけどね。なんでか、哲人君はこの霊石を心臓にしちゃってる」
トントンと、胸の中心を人差し指で叩いた超人は心底不思議そうに言った。
こいつは私を気に入っている。
だから、いろいろと秘密を暴露しているのか。それとも、何か狙いがあってわざと情報を流しているのか。
それは定かではない。
しかし、罠だったとしても、これを利用しないわけにはいかない。
「河野裕二は、なぜ九条蓮に取り憑いて『方舟』に侵入したの」
「河野裕二―――私たちのパパは、たくさんの霊石が欲しいんだ。それを食べると、パパは完全に復活する。だから『方舟』が霊石を大量に回収することを知って、九条蓮に取り憑いたんだ。今、私が哲人君に取り憑いているように、パパもまた九条蓮に取り憑いている」
「『方舟』が霊石を回収して九条一族を超人に変えるという計画を、どこから手に入れたの。―――『方舟』を河野裕二に売った、裏切り者がいるわね」
「うん。私の封印を解いた人が、ぜーんぶ教えてくれたっぽいよ。私はその人を知らないけどね」
「……」
「まあ、パパの目的はどうでもいいよ。私はね、哲人君と一緒になれるなら、パパでも九条蓮でも、どっちの味方でも良かったんだ」
「なんで、彼にこだわるの」
「だって―――」
超人は頬を赤らめると、消え入りそうな声で呟いた。
「―――いたぶって殺すのが、食べるのが、とっても楽しいことだって教えてくれたのは、全部哲人君だもん」
「……え?」
何だ。今のは、ここにきて、一番理解の追いつかない言葉の羅列だった。
私の動揺を無視して、超人は語り出す。
恥ずかしげに、照れるように。
「楽しいことは、全部哲人君に教わったの。生き物を殺すこと、食べること、いじめること、ぜーんぶ哲人君が教えてくれたの。初めて会ったときに」
「彼が、そんなことするはずない。あなた、さっきから何を―――」
「ファースト」
ぴしゃりと、その一言で私の言葉を押し潰してくる。彼の顔に浮かんだ笑みは、彼の笑みではないはずだ。無邪気な残酷さに溢れる、邪悪な笑顔は彼ではなく超人のもののはずだ。
それなのに、なぜだろうか。
超人の話す彼に、心当たりが私にはあった。
「私が超人だから、人を殺して笑っていると思う? 超人だから、気の向くままに殺戮していると思う?」
「……」
「超人だから、こうはならない。私は私。私がそういうことが好きだから、そうしているだけ」
「……」
「影響されたから。教えてもらったから。そういうことが、楽しいことだって」
「……」
「哲人君に」
「嘘よ」
「嘘じゃないよ。君だって気づいているよね」
やめて欲しい。
ああ、お願いだから、これ以上見ぬふりをしてきた違和感に光を当てないで欲しい。
違う。
違う違う。
そうじゃない。彼は、彼はそうではない。
「彼は、ロシア製や『アルカサル』、誰かのために戦える人よ。自分の幸せのために、守りたいものがあって、それで―――」
「異常だよね。ただの一般人だった彼が、『殺戮機械少女』約百体を虐殺した。橘光のため、という理由があったねー。それって、理由さえできれば彼は平気で少女を百人殺せるってことだよ」
「……」
「君みたいにさ、殺しまくって自分の存在理由に悩んだり、人生に苦悩したりするのが普通だと思うよ。戦争病ってあるじゃん。あれあれ、ああいうのにかかるのが、普通だと思う」
「彼は、でも、私やロシア製たちを大事に―――」
「そりゃ自分の気に入った人は大事にするよ。私だって哲人君は大事にしているじゃんか」
「……」
「私がこうなったのは、哲人君に教えてもらったから。私がこうなったのは、哲人君に恋をして少しでも理解できる存在になりたいと思ったから。超人だから、じゃないんだよ」
「彼は、自己防衛で初めて人を殺した時、困惑していたわ」
九条篤史の放った『ナチスの一族』構成員に物質Nを打ち込まれた時、彼は誤って人を二人殺してしまった。
憔悴し切っていたはずだ。確かに動揺していたはずだ。
その、はずだ。
「ほんと?」
「……ええ」
「どうやって殺したの」
「殴殺、したって」
「あはは!! 馬鹿じゃないのー、殴殺ってなにさー。自己防衛で殴殺? 刃物や銃なら分かるよ。けどさ、殴って殺すって、明確に殺意と意思がないとできないことだよ。バッドかなにかで殺したのかな」
「……」
「あれ。違うの。まさかとは思うけど、素手?」
「……」
「あはは、さすが哲人君。素手でブチ殺したんだ。そんなのさ、防衛なんて言えないよ。殺していいだけの理由ができたから、哲人君はブチ殺したんだよ。素手で殺すって、やる気がないと無理無理」
「……」
「懐かしいなー。私もそれを真似たから、素手でブチ殺すのが一番大好きになったんだよね」
「……真似た?」
「うん。哲人君は、最初にブチ殺すのを教えてくれたんだ。今でも覚えてる。当時の哲人君がまだ小学生くらい……だったかな。相手も同い年だった気がする。二人でいたぶって遊んだんだ。楽しかったよ」
「……」
「んー、でもね、やっぱりおかしいよね」
超人は悲しそうに言った。
首をひねって、私に疑問を投げてくる。
「今の哲人君、昔っぽくない時が多いんだよ。私が一般人殺したら明らかにビビってたし……。全部、哲人君が好きでやっていたことなのに」
「……」
「んー、あの九条零次って人のせいなのかな。哲人君を育てていたって、前に言ってたし」
「……」
「まあ、いいや。私も眠くなってきたから、もう寝るよ。ばいばい、ファースト」
「……」
自分勝手に出てきて、自分勝手に眠った超人は、深く座り込んだまま動かなくなる。一人残された私は、瞼を閉じた彼の顔を穴が空くほど見つめていた。
超人は河野裕二が霊人に孕ませてできる子供。
超人の少女は、河野裕二の指示で河野裕二を襲撃し、九条蓮をおびき出した。河野裕二は九条蓮の身体に取り憑き、大量の霊石を回収しようとしている『方舟』に潜り込んだ。
恐らく、『方舟』が大量の霊石を回収し切ったところで、九条蓮の身体を完全に奪い霊石を横取りするか、身体から出ていって霊石を回収するか、どちらかを河野裕二は計画しているのではないだろうか。霊石を回収させるために、九条蓮の意識は奪わず、身体も必要以上に操らないのだろう。
河野裕二が霊石を食べて完全復活する。霊石を食べるとは何か、完全復活とはどういうことか、謎がいくばくか残ったままだ。
超人の少女が河野裕二といつからつながったのか、超人の少女の封印を解いた『方舟』の裏切り者にして河野裕二の協力者は誰なのか、これも判明していない。
ただ、彼女が彼に好意を寄せる理由は不鮮明ながら分かったように思われる。
幼い頃の彼と出会っていた。そこで、彼からたくさんの楽しいことを教えてもらい、おかげで人生が充実していったから。
楽しいこと。
それは、本当に彼が彼女に示した幸せだったのだろうか。
「……でも、あなた、怒っていたじゃない」
ソフィアの爆死を見た時の、彼の反応をよく覚えている。
「……ロシア製を、必死に助けたじゃない」
ボロボロの身体で橘光を川から引き上げた。世界中と戦ってでも彼女を守り抜き、再会の時には赤子のように泣きじゃくっていた。
「……私を、助けてくれたじゃない」
殺し屋の私に手を差し伸べた。契約を結んだ。私が九条篤史に殺されかけた時、必死に奴と戦ってくれた。超人の少女が語った彼は、本当に私が知っている彼なのか。
彼女の話に、納得できる部分は確かにある。確かに、私は彼の異常性から目を背け続けてきた。
だが、関係ない。
私が尊重するのは、私の知る彼だけだ。
あなたは怪物かもしれない。
(あなたを守る。それが仕事)
それでも、この決意に揺らぎは一切なかった。
それでも、この思いに波紋は広がらなかった。
「私って馬鹿なのね」
だから、言える。
自信を持って。確信を持って。
「好きみたいよ、あなたのこと」
第三部 超人編はここまでになります。ファーストが主役、かつ九条一族メインの話になりました。
第一部では哲人が零次の教え=実存は本質に先立つという哲学を哲人なりに受け入れて、自分のために生きるとしましたが、第二部では自分のためという理由で光のために命すら投げ出しました。哲人には魂がありませんが、だからなのか、自分のために生きているくせに自分のないような男です。自分がないから自分のために生きようと必死になる、しかし自分がないから自分のために生きられない、まさに実存ばかりの男かと思います。
第三部では、彼の本質が化け物であることを証明し、それでも本質の前に存在してしまうことの絶望に浸って欲しかったところでした。―――九条哲人とは、実存が本質に先立ってしまった存在。彼が本当の意味で、彼らしさを知ることはないかもしれません。なんなら、このまま化け物という答えにすがって化け物らしく生きることがおすすめかもしれませんね。楽になれますから。
橘光は、第三部でファーストの言っていた通り、生まれは兵器のくせに人間になっていった少女という設定です。対して、ファーストは生まれは人間のくせに殺戮機械になってしまった兵器。光は兵器が人間になっていて、ファーストは人間が兵器になってしまった、というイメージを持って筆者の私は動かしています。
私としては、九条哲人にとってのメインヒロインは橘光、ファーストは裏主人公みたいなポジションです。また、ファーストにとって九条哲人がメインヒロインみたいな面があります。
本当はSF感ばんばん出して、兵器同士の戦いや兵器になった少女たちの人生を掘り下げたかったのですが、物語の進行上から九条一族絡みの話になってしまいました。はっきり言って、九条一族は異常者が多いです。次回は国連の哲人への対応からですね。今後ともご愛読よろしくお願いします。次回は一体の殺戮機械少女を軸にしたお話になります。
ご感想頂ければ幸いです。これからも、暇つぶしがてら読んでやっていただければと思います。
※タイトル通り、主人公は『殺戮機械少女』になります。彼女たちを変化・成長させるために、哲人という存在を設定、主人公に据えました。ちなみに、私は哲人が嫌いではないですが、気持ち悪いし怖い奴だと思っています。嫌いではないです。