呪い
東の神殿の神殿長室に通されると、まず眼に飛び込んできたのは四方に聳え立つ……ほど、膨大な本が納められた本棚。
囲まれていると奇妙な圧迫感を感じていると、本棚よりも黒光りする高そうなテーブルに座る一人の男性がいる事に気付く。
白と黒の豪奢な神官服に身を包んだ眼鏡の男性。
一見して頭が良さそうな雰囲気と共に、とても理知的な印象を受ける。
頭髪は後ろに長く、一くくりに纏めてある青色の髪。
腰には珍しい形状の剣が差してあつた。
歳は……見た目は40代手前。
もうちょっとしたら渋みが出てきて……甘いマスクも魅力的に映るナイスミドル。
この人が神殿長?
呼び出しを受ける要件としたら、心当たり等1つしかない。
あの不思議な場所……もとい、異界門だったっけ。あの青い宝箱から手に入れた球の事だけ。
それ以外の理由で私に呼び出しなぞあろうもんか。一体、あの球の事で何かしたのだろうか?
不思議に思っていると、じっと神殿長から見つめられていた。
私の無表情は緊張の為に強張る。なんだか落ち着かないでいると、やがてニコッと挨拶をされる。
「はじめまして、すまないね、怖がらせてしまったようだ。
私の名前は治村・イッサーと言う。
珍しい呼び名は父親が遠い島国育ちでね。呼びにくければイッサーと呼んで欲しいね。
先ずは呼び出ししておいて、長らく待たせた事をお詫びしよう。
じゃ、どうぞ。好きなソファーへと掛けて楽にしてくれ」
「……失礼します」
「君に関する報告書でちょっと気になる事があって貴女を視させて貰ったよ。
確かに報告にあった通り……面白い方だね」
何を言ってるの?
意味が解らず、ちんぷんかんぷんな私に対して説明を始めた。
彼はこの東神殿に置ける最高責任者で、神殿都市の中でも珍しい異能と呼ばれる持ちなんだそうな。
異能とは、異界門で発見された<異なる能力>の事で異界門から発見される特別なアイテムに封じ込められていたり、珍しい装備品等に付与されているモノを指す。
稀に人間にも、異界門と関わる事により発現する事もあって、人間に発現した能力を<スキル>と呼んでいた。
神殿長には<鑑定>と呼ばれるスキルであり、このスキルを使えば人や物、更に魔物まで簡単な詳細が解るとされている。
あくまでも簡単な詳細であり、例えばこの錆びた剣ならばこう見えるという。
錆びた剣 等級ーー
長い間放置され錆びた剣。脆く殆ど切れない。
緑色のポーションは、こう見える。
レッサー・ライフポーション
体力が回復する。苦味がある。
このスキルさえ有れば、魔物と戦闘を生業とする挑戦者にならずとも成功者として高給取りの仲間入りするため、殆どの者は挑戦者を辞めて非戦闘の職へと就く。
発現したスキルは成長する。
<鑑定>から成長した派生スキルとして<人物鑑定>があり、このスキルまで使えるようになればやっと、人に対して異能が見えるようになると言われている。
但し、知識が足りなかったり不勉強では見えないとされる。
その為、このスキルは日夜磨き続ける必要がある。
<物品鑑定>も然り。
更に昇華させたのが<上位鑑定>と呼ばれスキルの中でも上位に入る。
この異能を発動させると、その対象の詳細な情報が解明される。
そのため、使い手もスキルも貴重。
ここ神殿都市には複数人勤めているが、他の国では<鑑定>のスキル持ちはいない。
神殿都市にしかスキル持ちはいない。
しかし、例外はある。自然発生する異界門はこの神殿都市以外でも見受けられる。
そこで、稀に異能に目覚める人間もいる。
その者達は大抵は国に囲われるか、自由を求めて、可能性を求めて神殿都市まで保護を願い出る。
神殿では鑑定系統の持ち主は神殿長の他には1人しかおらず、人手が足りない場合は<下位鑑定>の異能が付与されたマジックアイテムを貸し出され、職員総出で鑑定に当たるそうな。
この<下位鑑定>が付与されたアイテムも貴重な品物で、普段は厳重に保管されている。
後は滅多に無いことだが更に足りなければ、神殿長すらも駆り出される事もあったという。
<鑑定>はそれだけ貴重なスキルって事だ。
隠しておきたいモノも見えてしまうので、鑑定する側もされる側も充分な注意と配慮が求められる。
「改めてようこそ、神殿都市の東神殿へ。
突然の事で疲れただろう。
君が献上すると言っていたあの黒い球は確認させて貰った。
自然発生した異界門でコレを見つけた……との事だったけど、本当なのかね」
「ハイ」
短く一度きり、続ける。
「私にはソコが異界門だったのかはハッキリと解りません。
気が付けば、おびただしい骨の山にそれはありました」
フム……と、思考している神殿長はすまないね、と一言告げた。
「君が発見したこの黒い球は、神殿都市においても其れほどの貴重品だったと言うことだ。
出来れば報告書ではなく、本人の口から事情を聞きたかったのさ」
そこでヒイロは声を出そうとして、喉がカラカラな事に気が付いた。
そう言えば、到着するなり、ここにきて殆ど食べていないし飲んでもいない。
自覚すると、急に空腹感と口渇が襲ってきた。
ここに至るまで、大抵の人に余り感情が表に出ない……と言うか、感情が表情に伝わない?
それぐらい表情筋が余り動かない事を理解していた。
しかし、先程から神殿長はお構い無しに私の表情を読み取っていた。
これはもしかしたら……という期待を思い浮かべると、思った通り苦笑しながら、この部屋に飲み物と簡単な軽食を運んでくるように手配してくれた。
流石、神殿長!
直ぐにハーブティーと白パンに切れ目を入れて、野菜と肉が挟んである軽食が運ばれてきた。
神殿長の分もある。
ウマウマと、私が空腹を満たしている間に神殿長は雑談をしてくれる。
「異界門の発見により、人は魔物の存在と魔力、魔法の存在に気付いた。
しかし……だ。
人は魔法が使えないことは知っていたかな?
それは、人は魔物と違って魔力を発生することが出来ないとされているからだ。
もしかしたら例外も有るのかも知れないが……少なくとも私が知る限りはない」
「人には魔力が生成出来ない……と教えて貰いました」
それを聞いたイッサーは満足そうに首肯く。
物足りなさそうにしている私に、「食べるかね?」と、自分の分の軽食を差し出した。
有り難く頂きます。
「それは結構!
神殿都市の異界門の研究で解った事なんだが、異界門の中で1度でも魔物を倒すと、どうやらマナと呼ばれる魔力の純元素を僅かに取り込むそうなのだよ。
そして、取り込んだマナが体内に新しい器官を体内に作るらしいんだ。
食事中に申し訳ないが、異界門の魔物の毒で亡くなった者の死因を判明する為に解剖した所、大小はあるものの全く見た事がない臓器が発見された事で、この研究の発表した説の信憑性が増した」
そして長年に渡る情報収集と研究の結果、取り込んだマナの蓄積の段階を測れるアイテムを開発することに成功した。
非常に高価な材料で作られたアイテムは魔力測定水晶として、色別に判別出来るそうだ。
取り込んで蓄積されるマナが多ければ多い程、新たなスキルの発現や、思考や肉体へ補正して還元される強者の存在へと昇っていく。
マナを取り込む器官を鍛えていく事で個人の可能性を拡がっていく様を、我々は<器>と呼んでいる。
突拍子のない話を聞いたのだが、不思議と納得がいく気がした。
言うなれば、異界門で魔物を倒せば人ではなく、新たな人種もしくは人・亜種となる存在になるのだろう。
<器>を育て上げて人間が人間・亜種となる事で潜在能力を解放していき、マナによっての身体能力の強化(⚠️個人差があります)を行い、段階的にスキルやギフトを発現させる人間の成長限界を伸ばしていく。
それではまるで異界門は…………。
怖い考えになりそうだったので、これ以上考えることをやめた。
そんなことは有る訳がないし。
それを踏まえた上で、魔力の純元素たるマナを測る水晶を差し出された。
「これが先程の話にあった魔力測定の出来る水晶さ。安全は保証するから触ってごらん?」
おっかなびっくり私がおずおずと触ると、青く輝いた。
初期のマナを取り込みから、青<赤<黄<緑<紫<白<黒<銀<金の成長順に色が変わる。
この色毎に個人にスキル等が発生したり、もしくはスキルカード等を吸収する事が可能らしい。
さて、ここでスキルが封印されている<スキルカード>についての説明はまた後程。
青級であればカードを使って最低1つはスキルを吸収ないし、スキルが発生するまで待てばいい。
青級の状態でスキルを覚えていたら新しく覚える事は出来ない。
また、覚えたスキルは消したり、入れ換えたりも出来ないため注意か必要だと教えて貰った。
まぁ、基本的に青級の状態で発生しているスキルは余程才能かないと発生しないとされている。
つまり、例え青から赤へ【器】の位階が上がったとしても、必ずしもスキルを覚える訳ではなく、その最低限の準備は整ったということになる。
勿論、位階が上昇と共にスキルを覚える人もいるが、殆んどは異界門で手に入れたスキルカードを店で買って覚えるか、魔物と戦っていく内に覚える。
それと自分がどの段階に到達しているかは魔力水晶で確認出来るし、何のスキルが有るのかなんかは神殿の人物鑑定係に頼めば教えてくれるそうな。
青のスロット枠:
こんな感じで見せてくれるそうだ。
青はランクで、スロット枠とは現在のスキルの有無を示している。
瑞からに発生したスキルは成長していく可能性が高いという事。
それだけ器の波長にあっているとも言える。
因みにイッサーさんの<上位鑑定>も最初は只の<鑑定>だったそうだ。
それが使い続けていく内に発展スキルである<中位鑑定>、そして上位スキルである<上位鑑定>まで上がった。
その年月たるや5年も掛かったのだという。
これが早いか遅いかと感じるのは人次第。
歴代鑑定の系統スキルの成長習得率では、1つの鑑定を上げるのに2年、上位まで上げるのに10年はかかる人もいたそうで、神殿長は充分規格外だと改めて感じる。
先程からの説明にもあるけど、<鑑定>からの派生スキルに<人物鑑定>や<物品鑑定>もあり、使う人によって成長は様々。
因みに<上位鑑定>は上記の2つを併せ持つ稀有な異能の1つだったりすると教えてもらった。
そして、スキルカードついて。
スキルカードを使えば絶対にそこに封印されているスキルを習得出来るが、習得出来た異能は成長しない。
そのため、毎年挑戦者は非常に悩む案件で、神官達のお悩み相談室を訪ねる事も多いそうだ。
脱線していた話を戻すと、指輪の色が金色まで到達すると、大神殿で秘奥の秘術と呼ばれる儀式を受けられる権利が発生するらしい。
そして大神殿にも異界門の間があり、紫級から大神殿へ招待されそこで個別に異界門を使う権利が与えられるそうだ。
各神殿よりも特別な異界門の間らしく、挑戦者の憧れでもある。
勿論、紫級になってもそれぞれの神殿の異界門を使ってはいけないという決まりはない。
ただ、大神殿の方がサービスや特典が多く付随していて便利。
仲間がいる者の大半はパーティーとの関係もあり、殆どはそちらへ行くそうなのだ。
紫級は一流以上の腕前を持つ挑戦者であり、金級まで育て上げれる者は神殿の歴史を紐解いても、滅多にいない。
ここに住む異界門の挑戦者達でも現在のトップクラスは紫が10名、白級が3名いるだけ何だって。
因みに外部神殿に勤める一般神殿兵士に就職するには最低、黄級は必要なんだそうだ。
限界を感じた挑戦者や引退を考えた挑戦者が、そのまま神殿都市の第2の就職先に選ぶためかなりのベテラン揃いで侮れない。
そのため治安は驚くほど良く、また一般神殿兵士となっても異界門に挑戦しても構わないため、以外と人気で狭き門の就職先だったりする。
しかし神殿長のイッサーさんが白級って事は、現在の挑戦者を差し置いて最強格の内の1人だということ。
どれだけ強いのよって感じ。
少なくても今の私には想定外で桁違いの強さであると言うことだけは、何となく解る。
食事を食べ終わり、ハーブティーを美味しく頂いていると、神殿長が真剣な顔付きになる。
私も顔を引き締める……引き締められてるよね?
「さて、面白いと言えば貴女についても……だ。
勝手に鑑定して申し訳なかったが、調べた所、神殿の異界門では未発見の新種の呪いだと判明した。
自然発生する異界門ではこんな不可思議な……事もあるのだね。
まだまだ異界門には謎が満ちていると痛感した気分だった」
どうやら私には【呪い】がかかっているようなのだ。
そう言えば、宝箱に触ったときかなり気持ち悪った事を覚えている。
「ふむ、どうやら見に覚えはあるようだね。
非常に……そう非常に珍しい呪いで、私の上位鑑定で判明したのは<若返りの呪い>だよ」
「若返りの?それって、普通に考えたらどんどん若くなっていくって事ですか」
「そう考えて貰っても構わない。但し、ただ若返っていくんしゃなくて条件があるタイプの……」
私がかかった呪いは、生物を殺せば殺すほど若返っていくタイプの呪いだと教えて貰った。
それは、生きてる魚や動物を食べようとして料理するだけでも一緒だと言う。
私が手にかけてしまえばその分若返りの呪いが発動する仕組みなんだと。
幸いなのは殺さなければ普通に歳をとって行けるのと、急激に若返る訳ではないと言うことだけ。
呪いを解除するには、1つは解除のアイテムを使うことだが、これに関してはその専門の呪いに対してこの解除アイテムと決まっている。
未知の呪いであり高位の呪いたる<若返りの呪い>を完全に解呪するためには、既存のアイテムや聖水では役に立たない。
<若返りの呪い>の銘打つアイテムが必要となる。
しかし、これらはまだ発見されていない。
それと……と、更に追い討ちをかける発表があった。
「言いにくいのだけど、呪いは1つではなく、2つだ。
あと1つの呪いは異界門専用の呪いであって、日常生活には全く関係ない呪いだよ。
それは<禁じられた内扉>。
これも未知の呪いで、初めて見たよ。
恐らく異界門に入れば……最下層の主を倒すか、特別なアイテムがない限り2度と出られない呪いだろう」
こんな呪いと一生付き合ってく行かなきゃ……と気持ちが暗くなり、途中からイッサーさんの話声も聴こえなくなっていた。
今後の身の振り方に悩んでいると、イッサーさんが思い出したように梱包された包みを取り出した。
「ああ、それと此れを一旦お返ししよう」
そして梱包された箱にあったのは、見覚えのある黒く輝くオーブを返されたのだった。