異界門の主 地殻蝉
昨日は寝落ちしていたので、本日2回目の投稿となります。
少し長めです。
<蜜蝉の小森>異界門の主との戦闘。
いや、もう、本当に何て言うか……。
まさか主が魔法を使ってくるなんて。
全くの想定外。
魔物の存在は危険なのに、魔法を使える個体は特に厄介なのだと実感する出来事になった経験だった。
激しい地響きと共に迫る主。
揺れる地面をバランスを取りながらいなし、襲い掛かる前脚を斬り伏せた。
飛び散る体液は生暖かく、浴びて気持ち悪そうにしたヒイロの眼前に、主は倒れながらも勢いは止まらない。
そのまま来られれば、装備ごと挽肉となって押し潰される。
揺れが酷く、その攻撃をかわす時間は無かった。
(危険、危険、危険、危険……だけど!!)
咄嗟に頭に閃く感覚があった。
その直感だけを頼りに、身を任せる。
片手を正面に添え、体当たりの直撃を避けて中央右の脚に回り混む。
即座に関節の隙間に指を添わせ、身を屈めてタイミングを見極めて実行する。
(ッ……今)
一気に脱力し、主の勢いの反動で空へと駆け上がる。
何だか妙に体が軽い。
そして、頭に描かれるイメージ。何かしらの感覚が働いて突き動かす。
おかしい。
行動予測がおかしい。
反応速度もおかしい。
戦闘能力ももっとおかしい。
脅威的なまでの剣速、威力も桁違いなまま。
ヒイロの肉体も意思に引っ張られるように、それに応えている。
これが<蟲の天敵>のギフト……? 。
それに、妙にゆっくりと物事が動いているように思えた。
(理屈など解らない。けれど……これなら行ける?)
長い脚と脚の間を絶妙な間合いで潜り抜ける。普通の挑戦者には絶対に出来ない芸当だ。
そのまま脚下に潜り蠢く長い後脚の根本、関節部を撫で斬りにした。
スパンッと気持ち良い音がして胴体部分に繋がっている後脚が外れた。
体液が止めどなく吹き出し、ガクッとバランスを崩す主から、更に激しい威嚇音が口から漏れ出る。
余りに硬い外甲殻は、攻撃する度に銅のショートソードの剣身を損耗させた。
(余り負担はかけさせられない)
急所を狙う為に神経を研ぎ澄ませると、赤色から暗赤色へと変化した。
眼が合うと、かつてない程の戦慄が背筋を通り抜けた。
主の両眼の色がが暗く沈むと同時に、その場から後方へ飛び退く。
直後、空間が揺れた。
本能で咄嗟に手で顔を守り、身を縮ませて防御体勢をとった。
ヴィィインと大気を震わせる振動音と共にヒイロは吹っ飛ばされた。
木の根にぶつかりながら地面を転がった。
(何……が起こったの?)
ゴロゴロと転がり、途中の少し大きな根で体が引っ掛かって止まる。
少し意識が朦朧となりながらも、直ぐに立った。
頭から血が一筋流れ落ちたが気にしない。
咄嗟に顔を庇った両手が少し痛い程度で、折れてはいない幸運に感謝した。
もうもうと土埃が舞う中、主は此方に接近してきていた。
後方の軸脚に、片方の前脚を斬られた為に、それほど速い移動速度ではない。
先程まで主がいた場所を確認すると、円上の小クレーターが出来ていた。
(恐らく振動と共に衝撃を発生させた……のかしら。不可思議な現象。これが魔法なのね)
迎撃体勢を整えながら、警戒を強めた。
ヒイロはこの時に魔法だと考えたが、実は少し勘違いだった事を後に知る。
その後あの攻撃は繰り返される事はなかった。
しかし戦闘の途中で、遂に銅のショートソードが折れた。
ベルトに挟んだある予備武器のナイフで超接近戦闘を余儀なくされたが、これに何とか勝利した。
体液まみれで動かなくなった異界門の主から、少しずつ光の粒子が漏れ出してきていた。
改めて自分の格好を見ると、緋色のスカーフもいつの間にかどこかに消えていた。
全体的にも土汚れでボロボロな装備の割には、肉体的なダメージは少ないと気付く。
木の根が張る地面を転がされた時に感じた多少の疼痛も、頭からの出血も無い。
異界門の主が最期に大きな光の粒子となって散った光景は、とても幻想的で美しかった。
あの強大な存在でも散る時は儚く、物悲しさを感じさせる。
全ての光の粒子が消え去ると、そこには青い宝箱が出現する。
ギフトオーブが入っていたあの宝箱と同じ外観だったが今回は細長い。
前回と違うのは、そこに異界門の主のドロップ品が1つ残されている。
主の鋼色の外甲殻を思わせる重厚感のある甲殻がドロップ品だ。
重そうな外観と違い、持ち上げてみれば凄く軽い。
次は青い宝箱を開けてみよう。
ふと、前回青い宝箱を触ったときに<呪い>を掛けられた時の事も思いだして触れる事を躊躇した。
だが、触らなければ中身が回収出来ない。
そっと触っても、あの感覚は襲ってこない。
ようやく安心して開ける事が出来た。
宝箱の中には、山吹色で透明感のある素材で作成された立派な装飾が眼を引く弓が置かれてあった。
よく見れば、弓の持ち手側の中に珠が埋まっている事に気付く。
弓を丁寧に宝箱から取り出すと、前回同様に箱が消える。
回収を終えた後、辺りを見渡すと、この階層に大きな赤い歪みが発生している事を発見した。
(前回はどうやって帰ったのか覚えていないけど、きっとこの歪みを使ったのよね)
異界門の主を討伐するとその階層に、来た所に戻る歪みが発生されると聞いたことがある。
前回は持ち帰るのが簡単な球だけだったが、今回は主のドロップ品もある。
これを抱えたまま、戻るのは非常に億劫で手間がかかるだけに有り難かった。
最後に主がいた場所を振り向き、赤い歪みに飛び込んだ。
▼
東神殿の<異界門の間>に戻ってきた途端、待ち構えていたサルゴウとエレナに有無を言わさずに隣の個室へと連行された。
中で黙って差し出された支給品の体力回復ポーションを飲まされたヒイロ。
ボロボロになったヒイロの姿を見て、涙を流していたエレナとぐっと耐えるようなサルゴウを見ると、疲れていても何も言えなかった。
エレナとサルゴウの2人は初めての異界門を探索した後、ヒイロはてっきり【帰還門】を使って帰ってくるモノとばかり考えていた。
しかし、いくら時間が経過しても帰ってこない。
<蜜蝉の小森>の使用者は遂にヒイロ1人だけとなってしまった。
もしかしたら、何かトラブルに巻き込まれて動けなくなってしまったのではと本当に心配していた。
流石に青級の挑戦者が異界門に入って4時間も経過していない。
救援要請を出すのは最低24時間(主討伐等の申請がしてある場合は別)が経過しないと出せないのだ。
そんなこんなでヒイロが帰ってくるまでの8時間をやきもきしながら待っていたのである。
ボロボロのヒイロが帰ってきたのを見て、エレナはやっと安心したのだ。
サルゴウも同様だった。
何度も青級が異界門へ挑戦して帰ってこなかった事柄を見てきた。
受付には優しすぎる性格と言われたエレナは慣れていた筈でも、ヒイロの事が心配だったのだ。
そこで心配させた2人に中での出来事を語る。
最初は黙って聞いていたのだが、異界門の主の討伐まで話が続くと流石に半信半疑だった。
背中に背負って持ち帰ってきた山吹色の弓と、小さな背嚢が異界門の主のドロップでパンパンになって破れそうになっている素材を見せた事で、より大きな騒ぎとなった。
サルゴウは直属の配下でもあるため、順番を待たずに直ぐに東神殿長に報告へ行く。
その間待つ事になったヒイロは身体検査を受け、土汚れが酷かったので湯浴みをさせられた後に着替えさせられた。
その後迎えに来たエレナと2人で報告に向かった。
「エレナくん案内ご苦労。ヒイロくんも異界門帰りで疲れているのにすまないね」
「いえ」
「先にサルゴウが纏めた報告書を読ませて貰ったよ。
異界門の主を単独討伐……等と、神殿が創立されて以来、信じがたい偉業をだ。
それでも信じれられる気になるのは、ヒイロくんの持つギフトの存在があるからね。
いつかはやってくれると信じていたのだけど、まさかこんなに早く達成するとは思わなかったよ」
そう苦笑気味にお祝いの言葉を頂いた。
異界門の主とは、ただ最下層に存在している魔物ではない。
主と呼ばれるだけの隔絶した能力を持っている。
異界門の最下層手前の深層の魔物と主を比べたら、赤子と大人程の戦闘能力の違いが解るだろう。
異界門の主に挑戦して倒れていく者達が現在も多い。
主を討伐せずとも生活出来るだけの報酬が発生するにも関わらず、憧れるのだ。
それだけ主討伐の報酬と名誉が挑戦者を惹き付けて止まない。
手に入った宝箱の中身は貴重な<再生>の名の付く四肢欠損すら再生させるポーションだったり、どんな病も治す薬、寿命を伸ばし延命させてる薬すらあったと真か嘘か解らない、あってもおかしくない宝が眠っている。
年に1度か2度しか、異界門の主の討伐は成功しない。
しかし、普通だと叶わない宝が手に入る機会が年も1~2回あるだけ、神殿都市は異常な発展を続けてきた。
現在トップクラスの異名持ちの挑戦者でも、全身装備を主産の宝箱の武具やドロップ素材の者はいない。
確実に宝箱の中に武具だけが入っている訳ではないからもあるが、単純にパーティーで攻略しているので報酬が揉めるからだ。
そんな莫大な金が神殿都市を巡り、動かしている。
それらは全て異界門の攻略を助けるため、神殿として異界門の主の討伐する際の推奨は黄級からパーティーを組んで行う事をオススメしている。
様々なスキルを持つ挑戦者が集まり、お互いを補うように、攻略準備を整える。
入念な準備と装備を整え、適した人材が複数いるからこそ、それでやっと挑戦する資格が生まれる。
そうしないと容易に全滅にあってしまうのが解っているからだ。
因みに神殿では1度に50人までと制限を決めてはいるが、本来なら制限などない。
その為、神殿都市以外では自然発生した異界門を攻略しようとした小国があった。
昔、とある小国が自国に発生した探索型の異界門を攻略して宝を得ようと、鉄の武具に身を包ませた騎士300名と、銅の武具に身を包んだ800名もの軍団で異界門攻略に乗り出した。
総勢1100名の大軍団は、異界門の最下層を目指して進んでいく。
探索型の異界門は内部は城になっていて、兵士や騎士達でも歩きやすく、進みやすい造りとなっていた。
罠にかかったり、そこに存在しているコウモリ型の魔物に討ち取られたり……と数人単位での犠牲はあったももの、魔物を倒して順調に攻略はなされていった。
人間達はすっかり気が大きくなっていった。魔物なぞ恐れるに足らず……と。
最下層一歩手前で休憩をとる。
指揮官が兵士に少量の酒を許可したため、士気はうなぎ登りに上がり、万全の体勢で異界門の主と戦闘準備は整った。
その時の異界門の主はほっそりと小さな白い素肌の美しい女人型の主であった。
武具は身に付けておらず、手には短剣とドレスのみ。
緊張していた兵士達は侮り、酒の力もあって感覚が麻痺していた。
大人数の自分達の勝利を疑いもしなかった。
我先にと、次々と雪崩れ込むように城の大広間から主の間へと入り、襲い掛かっていく。
扉は他にもあったが、正面の主へと向かう扉以外は固く閉ざされていて全く開かなかった。
討伐は時間の問題かと思われていた。
しかし、先方隊が入って暫くしても討ち取ったと報告はされなかった。
主は美しい女人型の魔物と聞いて、まぐわっておるのだと指揮官は邪推した。
それだけ余裕の戦力があったから全員が油断していた。
流石身分の低い下民だ、戦闘で興奮しておるのに長い期間女を抱けないのだ無理もあるまい、下卑た考えのまま、順々に主の間へ人を送り込んでいった。
流石に200人を超えても報告がこない。
おかしいと思って上申した者もいたが、相手にされない。
それは酒を許可した指揮官は勝利の美酒として呑み始め、泥酔者が増えた。
思考力が落ちていた上層部の指揮官達は疑問に思わなかった。
自分達の首をしめる包囲網が完成しつつ有る事をつゆとも疑わずに。
異界門の主はヴァンパイアと呼ばれる人型の魔物だった。
その中でも上位の戦闘能力を持つパロネス・ヴァンパイアで、怪力で兵士をあっという間にねじ伏せ、逃げる者を魅了の魔眼の力で同士討ちをさせていたのだった。
そして湧いてくるように死んだ兵士達をゾンビへ、スケルトンへと古に伝わる呪魔法を使ってアンデットに変化させていく。
全戦力が入った大広間を外から気付かれないように包囲網をしき、徐々に追い詰めていく。
そして気が付いた頃には背後の開かずの門から大量のアンデットに襲われ、門を制圧された人間達は逃げる機会を失っていた。
全兵士はアンデットに、騎士達は鉄の武具程度ではモノともしないパロネス・ヴァンパイアに遊び半分に殺されたと伝えられている。
そして大量の兵力と戦力を失った小国は、他の国に攻め込まれて消滅した。
その事例を元にすれば、主討伐においては量より質が大事だと言うことが解る。
そんな話をしながら、神殿長は目の前に置かれた主ドロップをしげしげと見つめた。
ヒイロの背中から弓を取り出したのを見て、眼を細める。
「それが今回の<蜜蝉の小森>で異界門の主のドロップ品と宝箱の中身かい?」
頷くと興味深い表情を浮かべる。
異界門の主の宝箱には貴重なアイテムが数多く入っているが、その中でも武具類が入っている事は珍しいのだと明かす。
視線をヒイロの眼へと移す。
「そう言えばヒイロくんはこの弓は自分で使うのかな、それとも売るかな?」
少し考えた後、返答する。
「今すぐどうかしようとは思っていませんが……今は剣をメインに使おうと思ってますので売る予定です」
持ち運びが簡単な短弓なら考えたが矢筒も背負っていくとなると、今回の長弓は惜しいが売ってお金に変えようと思う。
練習する時間もないし。
いずれ飛ぶ魔物にも対抗手段を持ちたい。
因みに主戦で折れたショートソードとボロボロに欠けたナイフは、鞘にいれて自身の寮へ置いてきた。
新しい装備を更新する時に、下取りに出す予定だ。
殆どお金がないから、新しい装備を買うためにも、無駄には出来ない。
「そうかね、なら都合が良かったよ。
実は異能が付与された特別な弓を探している知り合いの挑戦者がいてね。
持ち込まれた場合に連絡が欲しいと言われていたんだ。
良かったら仲介しても構わないかな??」
「ええ、それでしたら構わないですよ」
「有り難う。早速連絡しておくよ。
後は良ければこの弓と素材を預からせて貰っても?
勿論、預かる以上責任はしっかりと持つし鑑定の料金もいらないから」
「じゃあ、それでお願いします」
イッサー神殿長の部屋から退室して、蜜蝉の幼体の素材を売って本日の晩御飯代とした。
お金は余り無いけど、心配をかけさせたエレナさんとサルゴウさんも誘ってお祝いだ。
結局、お祝いも兼ねてだったので支払いはサルゴウさんがポケットマネーから出してくれた。
ご馳走さまです。と感謝の言葉を述べて解散した。
良い人達だ。
今度こそ、奢りますからと心に付け加えておく事も忘れない。
後日、神殿に呼び出されたヒイロは思いがけない人物と再開する事になった。




