大神官
対峙した異界門の主は、ヒイロを見下ろしていて体長は優に2倍以上はありそうだ。
全身装甲とも思える外甲殻は、鋼のようなメタリック色で硬質な輝きを身に纏った鋼鉄の馬車のように見える。
良く見れば、背に小さな退化した翅が見えただろう。
この大型の蝉の主は幼体ではなく、空を飛べずに地中に適応した種だと解った筈だ。
翅の変わりに固く、強く、発達した異界門の主は、只管地中を巣穴として活動していた。
更には刺々しい歪な突起物が身体から生え、攻撃的なフォルムは威圧感を増している。
そのため、大鎌のような形状で突起がついた前脚は、普通の幼体とは違い異常な肥大化をしていた。
ここまで急いで地中を掘ってきたのから脚間接の節々に土汚れが目立った。
地中の掘るスピードでもあれだけ速いのだ。
この巨体は地上でも遅くはないだろう。
赤く輝き見つめる者に畏怖を抱かせる丸眼は、侵入者であるヒイロに対して怒りを強く表していた。
普通の魔物には無い風格……とでも言えばいいのか、明らかにこの異界門で1番強く、恐ろしい存在。
常人ならその強大な魔物の前に立ちすくみ、戦う前から戦意を削がれる程の気配を受けているはず……だっだ。
しかし、ヒイロには何の影響もなかった。
「……思ったよりはプレッシャーを感じないものね。これもギフトのお陰なのかしら」
言葉は通じない筈だが、ヒイロの言葉に自らの存在を軽く扱われ、侮辱されたように感じた主は、獰猛な気配を一層強くした。
土の籠った匂い。薄暗い視界。
凸凹な木の根が張り巡らされた空間はヒイロにとって有利にはならない。
しかし、ここまで来た。
戦う他ない。
ここで【帰還門】を使えば、もう2度と異界門に挑戦出来ない気がする。
主は口吻の隙間から音が漏れるような威嚇音を出して、戦闘の始まりを告げた。
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神殿都市の中央に座する大神殿。
そこには、厳重な警備体制のもと神殿最高の戦力達が集まっている。
神殿の警護を任されている騎士は、一般神殿兵士や上級神殿兵士、神官戦士団の面々と違い、幼き頃から実力を見いだされ、神殿の学校で教育と忠誠を叩き込まれて成長、実力をふるいにかけ選り抜かれたエリート騎士達。
異界門の中でも魔力を帯びた鉱石から作られた神殿騎士専門の装備を身に纏い、日頃から専門の異界門で鍛え上げている彼らは名実ともにこの都市を守る最後の砦だ。
しかし、そんな精強な騎士の彼等でも、最高戦力の中には入れない。
神殿最高の戦力と言えば、誰もが答える存在がある。
異界門より発見された強力な異能を持つ【オールド・ウェポン】と呼ばれる最古の武具を装備した、神殿最強の剣たる枢機卿騎士。
大神より授かったとされ、大神殿に厳重保管されている神話からの【選定器】を継承した大神官。
東西南北において聖なる地を守護する剛武四天の神殿長。
個として最強。
一騎当千の武を誇る英雄達。
更に外部神殿に勤める黄級の実力を持つ神殿兵士団と神官戦士団の組み合わせは。下手な国に比べても神殿都市は戦闘能力が遥かに高いのである。
そこに実力を誇る挑戦者達の代表【万夫不当】【白騎士】 【千華】 【不動】など異名を持つ者達が加われば、例え何が来ようとも神殿都市における守りは磐石となるのは間違いない。
当代の大神官の1人 クリストファー・アンスバッハは、神殿都市において最高戦力に名を上げられている。
若いながらも大神殿の保有する選定器の1つと同調出来る天才だ。
キラキラと光る金髪を後で三編みにして、12歳という年齢で大神官となった彼は若干幼さの残った中性的で、非常に顔立ちの整った端正な美貌を有していた。
身に纏った大神官専用の服には、神殿の総力を上げた力の結晶として素材に防御力、魔法の耐性、身体制御といった考えうる最高の素材で作成された彼だけの武具である。
最近、彼の武勇伝が増えた。
この1ヶ月程前、近隣の山岳民族の騎兵100名が神殿都市に帰還する護衛馬車を襲う可能性が高いと報告があった。
普段は異界門の調査や攻略を兼ねているクリストファーは、大神殿からの緊急勅命を拝命し、これに単騎で当たった。
緊急通路から白の駿馬に駆り、外部神殿まで駆け抜けた。
それから、あっという間に第一城壁の外に飛び出し、神殿都市へ向かってくる馬車を発見した。
幸いな事に見つかる前に騎兵と距離を取っていたようで、御者を含め全員が無事だった。
神殿側の護衛3名に護衛対象者1名の女性は無事であると確認したクリストファーは、彼等と入れ違いそのまま馬を東へと走らせる。
すると、暫く行った先に少し後を追い掛けてきていた集団を発見した。
完全武装した騎兵100名だ。
そこで馬をとめ、先へ進ませないと、1人壁として立ちはだかった。
そして騎兵100名との戦闘に突入すれば超人の如く卓越した肉体操作で瞬く間に殲滅させ、クリストファー・アンスバッハの糧となった。
そんな武勇伝を誇る彼の元に、先程ヒイロと別れたデュークが訪ねてきていた。
「ほれ坊っちゃん、頼まれてたブツだ。受け取ってくんな」
<蜜蝉の甘露>30個が入った大袋を手渡した。
「デュークさん有り難うございます。これでやっとレシピのお菓子が作れます」
規格外な戦闘能力を誇る大神官の趣味は、お菓子作り。
その容姿、実力共に神殿の広告を兼ねたアイドルのような存在になったクリストファーの一般公開されていない趣味であり、こうして秘密裏に依頼を受けた信用できる者が代行しているのである。
「良いってことよ。坊っちゃんの作る菓子は王族職人級の腕前だからな。勿論、いつも通り試食させてくれるんだろ?完成が楽しみだ。
しかしだな……その若さで休みのねぇ仕事は大変だな。同情するぜ」
「そう思うならデュークさんも推薦状を書きますから、大神殿に入って僕の負担を減らして下さいよ」
デュークに対するクリストファーの少し拗ねた表情と口調を聞けば、周りの者が聞いていたら驚いただろう。
一部のその気がある人ならば……悶絶するほど可愛く見えること間違い無した。きっと。
12歳と言う年齢に似合わず、クリストファーは大人の振る舞いを心掛けている事を周り者は知っている。
そんな彼でもデュークは身内として甘えられる数少ない存在なのだ。
半分本気で半分冗談のこもった声色のお願いを、デュークはあっさりと断った。
「わりぃな、俺は自由が好きなんだ。
それに黄級の実力じゃ誰も納得しねぇさ。
……しかしあんな小さかった坊っちゃんが大神官にまでなっちまうなんてな」
デュークの脳裏には3年前に神殿で過ごす小さな女の子の姿が浮かび上がる。
美しい金髪は健在で腰まで長く伸ばされ、誰が見ても可憐で華がある顔立ちは美少女にしか見えなかったのだが……後で男だと解って酷く驚いたものだ。
「デュークさん、早く魔力測定水晶で更新して下さいよ。確か10年前くらい更新してないんですよね?
そうすれば大神殿の特殊戦闘部隊のチームに入れるじゃないですか」
昔から男を知るクリストファーは、目の前の男が既に紫級相当の実力を持つ事を見抜いていた。
「やなこった。誘いは有り難いが俺は今のままで満足してるんだ」
ただ……と、条件次第じゃ魔力測定水晶の更新をするかも知れんと、付け加えた。
「へぇ?珍しいですねデュークさんがそんなことを言うなんて。何があったか教えて下さいよ」
何時もなら絶対に気のない返答のまま終わらすデュークが、始めてそんな事を言ったのだ。
クリストファーは気になって仕方のないのか、キラキラとした目でデュークが話をしてくれる事を待っている。
その可愛い子犬のような態度に、美貌の美少年にやきもきとしているあの副官は大変だろうなぁ……と思いつつ、機嫌も良かったデュークは続きの話してみる事にした。
こらから話す内容は弟のように可愛がっているクリストファーでも、もしかしたらこれから信じて貰えない可能性を感じながら。
ポツポツと話始めた。
「あの<蜜蝉の甘露>をドロップする異界門が出現してから、坊っちゃんが俺に依頼を出して2日目。
<蜜蝉の甘露>を集めてる最中にな、おもしれー奴にあったんだよ」
思い出すのはまず冷たい眼をした無表情。
次に綺麗な顔立ちの緋髪の美女だった。
むしろ無表情だからこそ、余計なモノが削がれて彼女の本質が出てるのかも知んねぇが。クールビューティって奴か?
これで胸があったら、絶対に放っておかなかったぜ。
気配の消し方や歩き方は全くの素人に近いのに、無数にある木から躊躇なく蜜蝉を見付け出したあの観察力。
ベテランにしか不可能な索敵術だ。
しかも発見された蜜蝉は、ヒイロに索敵された事すら気付いてない事に驚愕した。
何ともアンバランスな人物故に、非常に気になったのだ。
そんな事を思いつつ、話の続きを待っているクリストファーに、つい愛称で尋ねてしまった。
「クリス坊っちゃんはさ、大神官になった今なら1人で異界門の主に勝てるかい?」
昔の呼び名を懐かしく感じながら、何故この質問が出たのか理解しにくいクリストファーは訝しげに思いながらも答えた。
「異界門の主ですか?
さて、僕の【選定器】との同調しても……どう少なく見積もってもまだ1人では無理でしょう」
神殿最高戦力の1人であっても、異界門の主の単独討伐は今の自分には無理だと冷静に考え、判断を下して回答した。
あの枢機卿騎士ならば、出来るかも知れないと頭に留めて。
「そっか。俺はな、見ちまったんだよ」
そこから見た光景を思い出すかのように目を細めた。
「……気になった相手だからよ、暫く興味本位で勝手に護衛も兼ねて後をついてったら、なんと最下層へ降りて行きやがった。
しかも、初心者丸出しの装備で……だぜ。
その後、ソロで異界門の主と戦っててな……俺が加勢を迷ってる間に何とよ、倒しやがる。
……何度思い出しても正直鳥肌がたっちまいやがったよ」
あの光景は生涯忘れられないだろう。非力な人間がどうあがいても勝ち目のない格上の魔物に勝った。
あり得ない現実に今でも胸が震える。
こんな気持ちはいついらいか。
かつてないほど、デュークの心に深く衝撃を与えていた。
「ヒイロって言う挑戦者だ。……正体は解らんが、アイツとなら俺は組んでも良いと思ったんだ」
昔、ある出来事からパーティーを組まなくなったデューク。
兄のように慕うクリストファーだからこそ、そこまで言わせる存在が非常に気になってしまった。
「ヒイロさん……ですね。覚えておきます」
こうして不思議な縁で名を知られたヒイロ。
それからクリストファーはお菓子を作りながら、デュークに異界門の主とヒイロとの戦いをせがんで、夜遅くまでゆっくり語ったのだった。




