第66話
「あの方、たしか以前お店で…」
「志帆さんですよね、そうですよー♪」
「お友達、ですか?」
「元々は真白さんの勤めていたメイド喫茶の同僚で、ボクは後から同僚になりました。キャハ♪」
「同僚?」
「そうですよー。1日だけメイドしたんです♪」
「メ…、イド?」
己の中で完全に消していたはずの黒歴史をサラッと話してしまうとは、催眠とは恐ろしい。新たに合流した志帆が何者であるか中村に説明する勲。喜々として話すその姿は今を楽しんでいるようにしか見えない。今眠っている本物の勲はどうか知らないが、駅で通り過ぎる人、後ろから付いていく三人には少なくともそう見えている。
「広いですねぇ、東京駅。うちの地元じゃ考えられない♪」
「地元、どちらです?」
「岩手でぇす♪」
「そうでしたか。私は北海道なんですけど、北というのは一緒ですね」
「そうだったんですかー♪」
「ご家族は?」
「両親は向こうにいますけど、兄は東京にいます。あ、そうそう、テレビに出てるんですよ」
「ああ、そういえば。そのことはヨーコさんから伺いました。凄いですよね」
「自慢の兄です、私もああなれればなーって♪」
「え?」
素の状態であれば絶対に尊敬するようなことを言わないはずの勲だが、やはり何か狂っているらしく、手放しでミランダを絶賛する。さすがにその間髪入れない肯定に違和感を覚えたらしく勲を二度見する中村。しかしいたって本人は普通、ではないけれど不自然な部分はない。いや、そもそもが不自然であることは店を出るときから気付いていた。「何かあったな」というのはさすがに大人の中村にはわかっていた。
「ヨーコさんのところにいればそのうち会えますよ♪」
「そうかもしれません、ね」
「?」含みのある返事に気付く勲。少し首をかしげるがすぐに気にしなくなる。
「さて、そっちです。相変わらず京葉線は遠いな」
「はーい♪」
中村の後ろをパタパタと付いていく勲。仕草はもう女の子。すれ違う一部の人間は若干その姿に違和感を覚え、すれ違った後も勲を目で追っている。イケメン?ボーイッシュ?その顔立ちから男とも女とも捉えることができる勲なので、人を惑わす惑わす。身なりはしっかり男のいでたちなので「やっぱり男だよね!?」って結論に至る人が優勢。
「あのままの状態で、改めて女装コスしてもらいたいな。絶賛されるだろうよ」二人の歩く姿を後ろから眺めている志帆が呟く。
「間違いないよね」
「なんならこのままにしておきましょうか」
「いいの? 彼氏あのままで」
「別に?」
「全然?」
相変わらず彼氏、だったかもしれないものの扱いが雑な佑奈と真白。彼氏の定義とは何ぞや、哲学にも通ずる何か。二人に問うたとしても答えは返ってこないかもしれない、志帆はちゃんと答えてくれそうだが。
「彼氏…、だよね?」二人よりよっぽど勲に気を遣っている志帆。
「そうであったかすら今では疑わしいです」
「ここ数カ月そうであったかもしれないが、今は違うかもしれない」
「可哀想に…」
本気で「もらってあげようかな」と考える志帆。勲君大丈夫、二人に捨てられてもお姉さんが拾ってくれるらしいよ。女日照りになることは君は一生なさそうだ。
なお、この勲と志帆の関係についてはちょっと別にご説明することになる…。




