第5章:なんで家にプールついてるんだろう?(第29話)
「うーん…」
勲が隣部屋で一人目を覚ます。外は晴れ。ピーチクパーチクさえずりが聞こえる。ごわごわの服を着たまま寝たため非常に寝ざめが悪い。ヅラはないけど服はそのまま。あぁ、新宿から帰ってそのまま寝たんだ。でもここはどこ?
「えっと、お酒じゃないけどお酒みたいなの飲んで…。それで、なーんかいわれた気がするんだよな。なんだっけ? そして、どうやって帰ってきたんだっけ?」
記憶はすっ飛んでいる。財布があるかだけは確認した方が良さそう。
「…ん? あ、ここ佑奈さんの家じゃん。そっか僕運ばれたのか…」赤色灯が灯るタクシーでなかっただけよしとしましょう。
「えっと、カバン。あぁ、あったあった」
スマホを取り出し時間を確認する。既に9時を回っていた。アルコールも入っていないのになぜ入ったかのように熟睡して記憶まで甘飛ばしできるのか。ロシア人とは天地がひっくり返っても杯を交わせそうもない勲。
「ふぁ。二人とも起きてるかな」
布団から抜け出しリビングへと向かう。毎度のことながら我が家のように振る舞う。そして毎度のように「目の毒」になるような光景が広がっていないか神経を張り巡らせる。色んな意味で。
「おはよーございまー…す」
扉を開けるとそこには見慣れた二人と見慣れない一人が寝ている。「おや?」と、一瞬目をこする。間違いなく志帆がいる。幸いにもしっかり布団はかけているので、凝視することに問題なし。
「あれ、なんで?」
その声に反応した志帆がピクリと動く。どうやら目が覚めたらしい。布団から上半身を起こし大あくび一つ。そして視界に勲を捉える。
「あ、おはよう。そしておひさ」
「お、お久しぶりで…す」
トラップ発動、油断していた。志帆の起こした上体はTシャツ1枚。それが偶然にもはだけており上半身が露わに。真白のそれよりご立派なものが勲の目に飛び込んでくる。
「…あ」勲の視線で気付いて、めくれたシャツを下ろす志帆。
「………」何も言えない勲。鼻の下が伸びるようなことはなく、目が点の状態。そしてそのまま振り返り扉を閉める。
「恥ずかしいなぁ」
コスプレで散々きわどい恰好はしているものの、生まれたままの姿を第三者に惜しげもなく晒すようなことはしない。彼氏と肩書のついた人間以外にそれを見られるのは人生初体験。さすがに普通に恥ずかしがった。
閉まった扉の向こうからは「ごめんなさいごめんなさい」と連呼する勲。このことは後程二人だけの秘密ということで闇に葬られることになった。因みにこの件でやり取りしたメッセージの一文は…
「君がネタにするだけなら許す!」だった。
「はぁ、そういうことでしたか。すいません、ご迷惑おかけしちゃって」
三人目を覚まし、揃って朝食。準備したのはもちろん勲。元着てきた自分の服に着替えも済ませている。人数分のトースト、コーンスープ、目玉焼きまで作ってモーニング完成。手際のいい勲。女子力なんて言葉は使いたくないが、きっといい嫁になる。
「まったく。どんだけ酒に弱いんだよ。酒じゃないのに」
「雰囲気酔いですねー。新歓の時といい」
「新歓?」志帆が尋ねる。
「それは聞かないでください!」黒歴史は広まってはいけない。
「まぁそれはいいや。で、昨日のこと覚えてる?」
「それが、あんまり覚えてなくて。どうやって帰ったかも知らないですし」
「だろうね、あの状態じゃ」
言われても思い出すことは叶わない。やはりお目付に来てよかった。心から思う佑奈と真白。お陰で今晩寿司になるわけだが。
「てか、なんで皆さんあの店にいたんですか?」
忘れていた。そもそもなぜここに居る三人がシャングリラにいたのか。それについて問いただす勲。
「それは置いといて」棚上げまっしぐら。真白にドスルーされる。
「置いとかれるんだ…」闇。
「じゃあ、あの男の人からお願いされたことも覚えてない?」
「中村さん、でしたっけ。なんか僕お願いされたんですか?」
「がっつりね」
「さっぱりだ」リズムはいいが真白からひっぱたかれる。
「デートに誘われたんですよ」佑奈が告げてくれる。
「へー、デートかー。ふーん…」しばしの沈黙。響くトーストのサクサク音。
「誰がです?」
「お前に決まってんだろう」三人口を揃える。




