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【完】神様は嘘つき  作者: バひ゛ろン
11/19

11.善し禍悪し禍の神の境界線

 翌朝、起床と同時に視線を送ったのは自らの右隣り。

昨朝同じく、今はない姿を脳裏に暫く黙想したのち、のっそりとリビングへ歩み出た。


そうして間もなく、視界の内に捉えた疫病神の姿にふと嘆息。

神というより地縛霊にしか思えないそれの、依然相変わらずな様に朝からドッと疲れを感じてしまうのだった。


「なぁ…お前はずっと同じ姿勢で疲れんのか?」

そう問いを投げかけたのは洗面所からの帰り。

ハンドタオルを手に未だ湿り気の残る頬や髪を拭う傍ら、私は彼に視線を向けて言った。


正直、回答には期待していなかったのだが、意外にも彼は

「君達と違って、僕らは物理的な入れ物を持ち合わせてない。だから元より疲れるなんて概念はないのさ」

と一応の解説をくれた。

加えてそれを聴く限りに、やはり同じ姿勢のままであったということも分かる。


それから私は問いを吐くなら今のうち、と言わんばかりに次いで質問を並べた。

「だから腹が減らんのか?…にしてはお前は太いな、どうなっている?…やはり食うのか?」

と次々に。


それに初めは面倒そうに眉をしかめていた彼ではあったが

「…愚問だねぇ」

とそのうち、嘲る様に呟きをこぼす。

「このなりは信仰の賜物さ」

と信じがたい発言をも続けざまに。


対して私は彼の言葉に驚くと同時に疑い半分

「信仰の厚さ=太さと?じゃあ有名な神はデブばかりか?」

と返した。

無論、太さから離れろよと怪訝な顔を向けられたのは言うまでもない。


「信仰ってのは力に等しく、蓄えるか放出するかで見た目に違いが出るのさ」

そう言う彼の表情は正にドヤ顔。

博識というものにはやはり神々の間でも箔がつくのだろうか?

なんて思い浮かべていた折り、

「まあ、僕ら禍つ神々のそれは、どちらかというと人の負の感情を糧にした力だけどね」

と気の重いネタばらしが。


「じゃあお前、まんま負の塊じゃないか」

そう思わず苦言を呈すと


「…今すぐ痩せてあげようか?」

と、ねっとりと脅し文句が返ってきた。


「う…。…どうやら疫病神様は、御冗談がお好きな様で」

そう言って私は苦し紛れに笑みを浮かべつつ、逃げるようにそそくさとキッチンへ引き返して朝食の準備を始めた。


 恐らく奴は力を放出することになんの躊躇いも持たないだろう。

ただきっと、それをつまらないことに使うのを良しとしないだけで。


だからこそ逆に今は、変に刺激しない限りは安全ともいえよう。

しかし、その考察の先にあるのはなんとも恐ろしい見解で。


──もしも奴がその身に溜めうる限りの力を蓄えてしまったら?


一体、彼の言う災厄という言葉が、どこまでの災いを指し示すものなのかは分からない。

ただ、彼曰く神は人の信仰によって生まれたものなのだ。


ならば、その神の扱う言葉が人と同じ認識を持っていても不思議ではないだろう。

そうして導き出せるのは、この地を犠牲とした最悪の結末だった。


「…どうしようもないな」

思わず無力を嘆いて呟く。

(ヒトミが居たら違ったのかな…)

そう憂いを抱きながらのろのろと朝食の準備を進めていた時、ふと寝室の方から鳴り来る音に気付いた。

手を止めて音のする方へ、そうして発生源である携帯電話を掴むと直ぐに応答。


はいもしもしと発すると

「(今大丈夫?)」

と東城さんの声が返った。

「(いきなりで悪いんだけど)」

私が大丈夫ですと言うと彼はそう申し訳なさそうに言葉を吐き、

「(今から会社来れる?)」

と次いでこぼした。


 それから電話を終え、手早く朝食をも済ませては速やかに家を発つ準備に取りかかる。

そのさまを見ても疫病神は大して気にする様子は見せなかったが、途中、ドタバタうるさいなという文句は貰った。


しかし、今は彼のことなど置いといて──正直、呼ばれることに良い予感がせず、気持ちに余裕が無いから故。

私は来期の制作メンバーから外されるであろうことを予測し、その覚悟を組み立てながら焦燥感に身を委ねるのだった。


「おはよぅ」

と会社に着くと同時、普段より小さな声ながらも入り口で迎えてくれた多賀谷さんの気遣いにありがたくも心が痛む。

「私は麻衣ちゃんの味方だから」

その優しさに胸が熱くなるのを感じた。


「ありがとうございます」

そう述べて直ぐ私は

「けど、すいません…遅くなりました…」

と続ける。


しかしそれはやはり周知の事実らしく

「あれ、車両のトラブルとかで早朝からずっとみたいよ」

と彼女は呆れる様に笑っていた。

その後、彼女は我が部署の小会議室へと私を誘導し、部長呼んでくるからと言って、私を部屋に残し去っていった。


それから暫くして

「やぁ」

と拙い挨拶を吐きつつ東城さんは現れる。

「突然ごめんね。麻衣ちゃんが抜けた穴って結構大きくてさ、なかなか上手く時間が取れなくて…」

そう改めて謝罪の言葉含む理由を吐きながら彼は

「そういう時に限っていろいろトラブルが起きたりしてね…ハハ…」

と疲れ混じりの苦笑いを浮かべた。

「本当は迎えに行こかとも思ったんだよ?でも、電車の遅延で車の方もいつもより通勤ラッシュ食らってたみたいでさ…」


とまぁ長々とそれらを聞かされたところで今の私には

「すいません…」

そう改めて謝罪の言葉含む理由を吐きながら彼は

「そういう時に限っていろいろトラブルが起きたりしてね…ハハ…」

と疲れ混じりの苦笑いを浮かべた。

「本当は迎えに行こかとも思ったんだよ?でも、電車の遅延で車の方もいつもより通勤ラッシュ食らってたみたいでさ…」


だが、長々とそれらを聞かされたところで今の私には

「すいません…」

と謝ることしか出来ず、謝って欲しくて言ったわけじゃないから気にしないでと言われてもどうしようもなく

「それで、話というのは…?」

とサッサと本題を要求した。


対して彼は

「うん…っと」

とこぼしつつ少し考え込む。

そうしてのち

「とりあえず、率直に聞かせてもらうね」

と切り出す。

しかし、そこから続いたのは私が要求したつもりの内容などではなく

「ヒトミちゃんって何者?」

という驚愕の問い。

私はその言葉を前に、どうにか平静を装いつつ質問の意味が分からないと訴えるが

「…彼女の体、僕の手をすり抜けたんだよ?」

と本当に意味の分からない事を重ねられて混乱を深めてしまった。

「この間の宅飲み会の時ね、体勢を崩した彼女を支えようと、僕は手を伸ばしたんだ。なのに、彼女の体は僕の手をすり抜けて床に落ちた。…音も無くね」


続く彼の言葉に私は、ふと脳裏にあの日の光景が──ひたすらに自らの手を見やる東城さんの姿が浮かんだ。

しかしだからといって簡単に彼の言葉を信じられるわけはなく

「嘘…」

と思わず独りごちる。

(いつもヒトミには触れれてたし…彼女だって私に触れていたよね…?)

そう記憶を辿る最中、


「混乱させちゃったみたいだね…ごめん」

と不意に彼は言う。

「どうしても真実が知りたいってわけじゃないんだ。ただ、興味本位なだけであって」

その言葉に私は少し安堵を覚えた。

その間、彼はスッとその場から小会議室内の奥へ足を進め、隅にあったノートパソコンを手に取りまた引き返してきた。

「ちょっと重いけど、これ使ってくれる?」


「はい?」


「出来れば、今は自宅で作業してもらおうと思って」

その言葉に感じたものはどちらかというと好感。

「島の事が落ち着くまでは、無理に出社は要求出来ない…。それで退職願でも出されたら困るし…」

と続く言葉に少し東城さんの打算的な部分が垣間見えはしたが

「麻衣ちゃん…君は必要な人材だからね」

なんて言われて私も少なからず歓喜を抱いてしまったのだろう。

心中は凄く晴れやかだった。


が、それもほんの一瞬のこと。

間もなく私は不安にかられ

「でも…他の皆さんは私を…疎んでますよね?」

と返してしまう。


「そこらへんは島がどうにかするさ。…というか、どうにかさせる」

そう言い切る彼は、いつになく頼もしくあった。

「僕は麻衣ちゃんを信じてるよ?…それと同じくらい、ヒトミちゃんのことも」

それにはつい聞いているこっちが恥ずかしくなってしまうというもの。

のちに直ぐ

「彼女をすり抜けたのは…正直怖いけど」

と一転、頼りなくも彼らしいリアルな言葉が続くが、それは割と説得力のない感覚的な一言で許容された。

「悪意を持ってる様な人には見えなかったから」


「確かにそうですが…」

まず人じゃない。

と次の瞬間、ふと脳裏に疑問が湧いた。

(…悪意を持たない?)

だが、願いの代償に疫病神を招く事には少なからず悪意が感じられて。

(本当にもし、悪意がなかったとしたら…)

そう仮定を置いて、私はまず確定的な事実を思い起こした。

(ヒトミは自分の意志で外に出ていたよな…?)

と。

確かに1日中ずっと姿を消していた日があったのは事実。

そこから真っ先に導き出されるのは

(願われずとも去ることは出来たんじゃないか?)

なんて見解の余地。

更には

(なら…疫病神が来たのは偶然?)

と悪意が無かった場合の仮定を通し

(いや…違う!根本から違うんだ!)

という思索にまで及んだ。


「麻衣ちゃん…?」

ふと名を呼ぶ声に思考の世界から一旦帰ったのは直ぐ後のこと。

「大丈夫?」

と次ぐ質問に


「…はい」

と返して直ぐ

「ありがとうございました」

と私は礼を贈った。

「私も彼女を信じます」

と後につけて。


その言葉から事のおおよそを掴んだらしく彼は

「もしかして…喧嘩でもした?」

と鋭い質問をぶつけてきた。


「まぁ…そんなところです」

そう適当に相槌を打ったのち

「すいません、用事が出来ました」

と私はうそぶく。


対して彼はというと、至って冷静に

「うん、そっか」

とあっさり納得。

「仲直り…上手くいくと良いね」


「はい!」

我ながら珍しいほどの覇気ある返事を吐き、私は一度会釈をしてから足早に小会議室を飛び出した。

(確かめないと…!)

と隠れた真実に手を延ばしつつ。


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