舞台裏2ー1 館長ととある本の会話その2 ☆
――ガチャリ!
ラジエルライブラリの最深部、セファーラジエルの部屋。
普段人が訪れることのない部屋のドアが久方ぶりに開けられた。
「やあ、エノク。久しぶりだね。今日はどうしたんだい?」
セファーラジエルが、部屋への訪問者に声をかける。
訪問者は、セファーラジエルの最も古い友人にしてラジエルライブラリの館長――エノクだった。
「何、特にどうと言うことはないさ。ただ久しぶりに、友との会話を楽しみに来ただけだ」
「そうか。それはうれしい限りだね。――で、最近は何かおもしろいことがあったかな?」
普段は一人(?)この部屋でラジエルライブラリを見守り続けるセファーラジエルにとって、たまに訪れるエノクとの会話は最大の娯楽だ。ラジエルライブラリで起こっていることはすべて把握しているセファーラジエルだが、エノクから聞かせてもらう話には、また別の趣があるのだ。
言葉の通り、まるでプレゼントの包みを開ける子供のようにうれしそうな声で、セファーラジエルはエノクに尋ねた。
「そうさな……。――おお、そうだ! 先日、第32番閲覧室でパーティをやったぞ。お前のお気に入りである、詩織の発案でな」
しばらく考える素振りを見せたエノクが、ポンッ、と手を叩きながら言う。
すると、セファーラジエルは『ああ、思い出した』という雰囲気で返事をした。
「そういえば、そんなことをしていたね。エノク、君って昔からゲームが弱かったけど、今も変わってなかったんだね」
そう言いながら、クスクスと笑うセファーラジエル。
痛いところをつかれたエノクは、「なっ!」と声を上げながら、顔を真っ赤にした。
「いや、オレはゲームが弱いわけではないぞ! ただ、あの日はちょっと星の巡りが悪く、運が上向かなかっただけであってだな……。――つ、次にやれば、きっとオレが勝つはずだ!」
しどろもどろになりながら、エノクがしなくてもいい言い訳を捲し立てる。
その様子を、セファーラジエルは愉快そうに眺めるのだった。
「あはは。まあ、エノクがゲームに弱いことは置いておいて……」
「いや、待て! 置いておくな! オレは断じて弱くない!」
「――詩織がこの図書館に来て、もうすぐ一年だよね。どうだい、エノク。館長として成績表をつけるとしたら、君は彼女をどう評価する?」
「大体だな――。って、ん? はぁ……。お前はまた唐突に妙なことを……。ん~、そうだな……」
試すような口調で問い掛けられ、エノクが腕を組んで考えこむ。その様子を楽しそうに眺めつつ、セファーラジエルは彼が答えを出すのを待った。
「端的に言って……まだまだ、だな」
「ハハハ。君は相変わらず、手厳しいな」
エノクの辛口評価に、セファーラジエルがおかしそうに笑う。
だが、エノクの酷評は常に期待の裏返しなのだ。それがわかっているからこそ、セファーラジエルはこの答えを聞けただけで満足だった。
しかし……。
「フン。オレは事実を述べているだけだ。――だが……」
「だが?」
しかし、エノクの成績評価はそれだけで終わらなかった。
慎重に言葉を選びながら、エノクはさらに評価を続けた。
「時々、あいつには驚かされることがあるのも事実だ。あいつには、オレ達では見えないものが見えているんじゃないか、とな。確かに今はまだまだだが……このまま成長を続ければ、五年後、十年後、あいつはこの図書館になくてはならない存在となるかもしれない」
エノクがお世辞を言うタイプでないことは、彼の最も古い友であるセファーラジエル自身が一番よく知っている。つまり、エノクがこうまで言ってしまうような魅力が、詩織にはあるということなのだろう。
エノクの言葉を聞いたセファーラジエルは、「そうか……。よくわかったよ」と、うれしそうな声で返事をするのだった。
「さて、あいつの成績の話はここまでだ。――ところでな、今ふと思い出したのだが、この間第5閲覧室でこんなことがあったぞ」
「おや? 他にも面白いことがあったみたいだね。一体何があったんだい?」
「ハハハ。焦るな、焦るな。実はな――」
その後はいつも通り。エノクとセファーラジエルは取り留めもない会話を楽しむのだった。
「――おっと、もうこんな時間か。そろそろ行かなければならないな」
ふと時間を確認したエノクが、驚いたような声を上げる。
それもそのはず。彼がこの部屋に来て、すでに三時間ほどの時間が経っていたのだから……。旧知の友との語らいは、エノクにとっても時間を忘れるほど心地よい時間だったということだ。
「ではセファーラジエル、オレはそろそろ失礼するよ」
「うん、わかった。――久しぶりに話ができて、楽しかったよ。またね、エノク」
「ああ。また、近いうちに顔を見せるよ。ではな……」
セファーラジエルに優しく笑いかけ、エノクは部屋を後にしたのだった。




