レファレンスNo.3 9
光が治まると、キンタ君とアンちゃんの姿はもうそこになかった。
「帰っちゃったね……」
「うん……。そうだね……」
わたしと葵ちゃんは、さっきまでキンタ君とアンちゃんが立っていた場所をジッと見つめた。
なんだか、心にぽっかりと穴が開いた気分だ……。
「オレ達はちょっと席を外すとするか。――行くぞ、立川」
「そうですね。それではお二人とも、失礼いたします」
気を利かせてくれたのか、エノク君と立川さんが閲覧室から出ていく。
二人を見送ると、葵ちゃんはわたしの方を見て唐突に頭を下げてきた。
「詩織ちゃん、本当にありがとう。詩織ちゃんのおかげで、あの子達は笑顔のまま元の時代へ帰って行けた。私もあの子達から、素敵なプレゼントをもらうことができた」
「それは違うよ、葵ちゃん。あの子達がずっと笑っていられたのは、葵ちゃんがいたからだよ。あの子達は葵ちゃんがいたおかげで、とても救われたんだよ」
キンタ君とアンちゃんを助けたのは、紛れもなく葵ちゃんだ。わたしがやったことなんて、単なるお手伝いに過ぎない。
だけど、葵ちゃんはわたしに向かって首を横に振った。
「ううん、違うの。――そもそも私があの子達を助けることができたのは、詩織ちゃんがいたからなんだよ」
「え? それって、えっと……どういうこと?」
わたしがいたから助けられたって、どういう意味だろう?
わけがわからず戸惑っていると、葵ちゃんはこう言葉を続けた。
「詩織ちゃんは、わたし達が初めて会った日のことを覚えてる?」
「もちろん! 小等部の入学式の日だよね」
「うん。――実は私ね、小等部の入学に合わせてこの町に引っ越してきたの。だから、あの日は誰も知っている人がいなくて、すごく寂しかったの。誰かとお話したいと思っていたけど、話しかける勇気を出せなくて……ずっと一人で俯いていた」
ちょっと恥ずかしそうにしながら、当時のことを教えてくれる葵ちゃん。
生まれがこっちじゃないっていうのは聞いたことあったけど、入学に合わせて引っ越してきたっていうのは初めて聞いたよ。
「そんな私に手を差し伸べてくれたのが、詩織ちゃんだった。一人で俯いていた私に、詩織ちゃんは『友達になろう』って言ってくれた。私、あの時詩織ちゃんが声をかけてくれて、本当にうれしかったんだよ」
はにかむように笑いながら、葵ちゃんがわたしを見る。
そんな葵ちゃんの話を聞いて、わたしは入学式の日にあった出来事を思い出していた。
(あの日のことは、わたしもよく覚えている。ううん、忘れられるはずがない……)
小学一年生になったあの日、入学式が終わって教室へ行くと、そこにはお人形みたいにかわいらしい女の子がいた。
だけど、その子は自分の席に座って、心細そうに顔を伏せていて……。
その子を一目見た瞬間、わたしは思ったんだ。『この子と友達になりたい! この子を笑顔が見たい!』って。
何でそんな風に思ったのか、理由なんて自分でもわからない。
でも、わたしの直感は確かにその瞬間、GOサインを出した。
だから、わたしはありったけの勇気を振りしぼって、その子に声をかけたんだ――。
『はじめまして、わたしはかんだしおりっていいます!』
突然声をかけてきたわたしを、その子は怯えた様子で見上げた。
だからわたしは、『怖がらなくてもいいんだよ』って伝えようと、精一杯の笑顔を浮かべて、言葉を紡いでいった。
『ねえ、あなたのおなまえもおしえて!』
『わ、わたしのなまえは、きよもりあおい、です……』
『あおいちゃんっていうんだ! いいなまえだね! とってもかわいい!』
『あ、ありがとう……』
その子からしたら、わたしの勢いに押されただけなのかもしれない。でも、わたしはその子が答えてくれたことがうれしくて……。
『ねえ、あおいちゃん。わたしのともだちになってください!』
本当にうれしくて――気づいたらわたしは、自分の右手を差し出していたんだ。
『ともだち……? いいの? わたしがあなたのおともだちになって……』
『うん! だってわたしは、あおいちゃんとなかよしになりたいんだもん!』
溢れ出る気持ちを抑えきれず、勢い込んで力強く返事をするわたし。
すると、その子もようやく顔をほころばせ、――ちょっとはずかしそうにわたしの手を取ってくれたのだ。
『わたしもあなたの――しおりちゃんのおともだちに……なりたい、です』
『ほんとうに! やったーっ!』
――それが、わたしと葵ちゃんの出会いだった。
あの時の喜び――握った手の温かさは今でも忘れられない。
わたしにとって、今までの人生で一番うれしかった瞬間だ。
でも、あの日の出来事を、葵ちゃんがそんなにも大切に思ってくれていたなんて……。今の今までまったく知らなかった。
初めて葵ちゃんの気持ちを聞かせてもらい、うれしさとか驚きとか、とにかくいろんな感情が溢れ出してきて、わたしは自然と笑みを浮かべた。
そんなわたしの前で、葵ちゃんはさらに言葉を重ねていく。
「あの時――詩織ちゃんが手を差し伸べてくれたあの時、私は世界が見違えたように感じたの。灰色だった世界が、一瞬で色鮮やかな世界に変わった……。そんな世界に連れ出してくれたのが、詩織ちゃんだった」
そう言った葵ちゃんはわたしから視線を外し、もう一度キンタ君とアンちゃんが去っていった場所を見た。
まるで、二人と過ごした日々を思い出すように……。
「キンタ君とアンちゃんに初めて会った時ね、私には泣いているあの子達の姿が、あの時俯いていた自分の姿と重なって見えていたの。だから……」
葵ちゃんが再び、わたしの方に視線を戻す。
意を決したようにわたしの目を見て、葵ちゃんは思いの丈のすべてを打ち明けてくれた。
「だから私は、あの時詩織ちゃんが手を差し伸べてくれたように、今度は私がこの子達を助けてあげたいって思った。――私では詩織ちゃんみたいにはできないかもしれないけど、でも私にできることをしてみようって思ったの」
そう言って、照れくさそうに微笑んだ葵ちゃん。
大好きな親友、自分が目標としていた子からそんな風に言ってもらえて、わたしの胸の内は喜びでいっぱいだ。
だけど……葵ちゃんの言葉を聞いた瞬間、わたしは思わず吹き出してしまった。それが失礼なことだっていうのはもちろんわかっていたけど、どうしても止められなかった。
だって、葵ちゃんがわたしと同じようなことを考えているんだもん!
「そっか。あはは、そうなんだ。葵ちゃんもわたしと同じだったんだ」
「ど、どうしたの? 私、何かおかしなこと言っちゃったかな?」
案の定、葵ちゃんはびっくりした顔で、急に笑い出したわたしを見ている。
「ごめんね。違うの。わたしも昨日、葵ちゃんと同じようなことを思っていたから、ついおかしくなっちゃって」
「同じようなこと?」
「うん! ――実は昨日、あの子達の恩返しに協力することにした時にね、わたしも思ったんだ。葵ちゃんには敵わないかもしれないけど、わたしはわたしにできることでこの子達に協力しようって」
いたずらっぽく笑いながら、葵ちゃんにそっと耳打ちする。
すると葵ちゃんは、一瞬ポカンとした後、わたしといっしょになって笑い出した。
「あはは。そっか。それは確かにおかしいね」
「わたし達、やっぱりいいコンビだよね!」
「うん。本当に!」
キンタ君とアンちゃんに感謝しないといけないね。
あの子達が来てくれたおかげで、葵ちゃんとの絆がより一層強くなった気がする。
「詩織ちゃん!」
わたしがそう感じていると、花のように顔をほころばせた葵ちゃんが、右手を差し出してきた。
わたしは当然、差し出された葵ちゃんの手を、しっかりと握り返す。
そうすると葵ちゃんの温もりが伝わってきて、手だけでなく心の奥までポカポカと温かくなってきた。
「これからもずっといっしょにいてね、詩織ちゃん!」
「もちろんだよ! わたしも葵ちゃんのこと、大好きだもん! これからもよろしくね、葵ちゃん!」
この先も切れることのない、大切な絆。
その絆を象徴するように、わたし達は固く手を握り合うのだった――。




