第四話 人倫道中
白地で羽柴勢を破っても、北へ向かう米の流れは止まらなかった。
秀長を失った羽柴勢は東へ、小早川勢は西へ退いた。だが、退いただけである。白地には長宗我部の兵が残り、傷兵が増え、捕らえた者にも飯を食わせねばならない。
池頼和は、湊に積み上げられた俵を眺めながら喜助へ言った。
「白地まで通してくれ」
荷駄に積む米のほか、道中の人足と護衛がつく。一俵でも多く着けば、それだけの兵が食える。
「道はまだ静かではない。羽柴の崩れた兵が、山へ入ったとの報せもある」
喜助は渡された帳を懐へ入れた。
「心得ました」
頼和は湊から北を見た。
海の向こうに山並みが幾重にも重なる。その先では、まだ兵が動いている。
◆
山へ入る頃には、朝の涼しさは消えていた。
蝉が鳴き、馬の汗と米俵の藁が混じった匂いが列の中へ籠もる。雨を吸った道には泥が残り、荷駄が足を取られるたび、人足が肩を押した。
途中の継ぎ場で荷を改める。
札を合わせ、数を確かめ、帳へ名を書く。
仁井田でも浦戸でも、やることは似ていた。
「四十二俵、確かに」
受け取った男が荷札へ印をつける。
半平太はその手元を見た。
誰から受けたか。
いくつ受けたか。
次に誰へ渡すか。
別々の者が書いているのに、帳の向こうに同じ考え方がある。
幕末の土佐でも、似た匂いの仕置を見た覚えがある。
どこで、と考えかけたところで、腰の刀が鞍へ当たった。
喜助は柄を押さえた。
手の内は馴染む。
土佐で一刀流を学び、江戸へ出てからは桃井春蔵の士学館で鏡新明智流を修めた。人に稽古をつける立場にもなった。相手の肩が動く前に次の一手を読むことは身体に染みついている。
だが、今の腕は半平太のものではない。
喜助の腕は太く、掌にも厚みがあった。田を耕し、荷を持ち、槍を扱ってきた三十余年が肉になっている。
半平太より、力はある。
だが、まだ刀は抜いていない。
できれば確かめずに済ませたかった。
「武市殿!」
先へ出していた男が駆け戻ってきた。
息を切らし、前方を指す。
「この先に人がおります。道を塞いでおります」
「どれほどです」
「二十ほど」
荷の列が止まった。
弥五郎が槍を持つ者を前へ出す。
喜助も馬を降りた。
坂を曲がると、男たちがいた。
旗はない。だが、陣笠や胴に残る印を見れば、羽柴方だったことは分かる。
白地から退く途中で本隊から切れた一隊だろう。足軽に混じって、荷を運んでいたらしい者もいる。負傷した男が二人、木の根元へ座り込んでいた。
一番前にいる男が槍を立てた。
「米を置いて行け」
声に力はあったが、頬は落ちている。
こちらの護衛は十数人。戦えば、どうなるか分からない。
「槍を下ろしてください」
弥五郎が横目を向けた。
「喜助殿」
「まず話します」
喜助は一人で数歩進んだ。
「その米は白地へ届けるものです」
「だから欲しい」
「皆、羽柴方の兵でしょう」
「だった、な」
男が吐き捨てた。
「旗を失っても、昨日まで兵であったことまで消えるわけではありません。ここで道行く荷を奪えば、帰った時にも兵とは申せますまい」
何人かが顔を見合わせた。
「腹が減っているなら、こちらの飯は分けます。槍を置いてください。そのうえで戻る道を考えればよい」
小さなざわめきが起きた。
先頭の男だけが笑った。
「戻る道だと?」
喜助を見据える。
「どこへ戻る」
男は続けた。
「本陣は退いた。組頭は死んだ。置いて行かれたわしらが戻って、誰が兵として迎える」
「それでも、賊に落ちれば」
「賊?」
男の笑いが大きくなった。
「誰が捕らえる。羽柴か。長宗我部か」
喜助は黙った。
「昨日まで殺し合うておった長宗我部へ行けとでも言うか」
藩があり、役人がいて、郷へ戻れば名も家も残る。
それが半平太の生きた世では当たり前だった。
道を外しても、その先には法がある。
だが、ここでは戻る先そのものがない。
喜助が言葉を探した一瞬だった。
列が動いた。
前へ出ていた池の兵へ槍がぶつかる。馬が嘶き、荷駄が横へ跳ねた。米俵が一つ、泥の上へ転がる。
正面から刀が来た。
肩が動く。
見えた。
受けずに半歩外す。
刃が胸前を落ちた時には、こちらの刀は抜けていた。
男の前腕へ刃が入る。
「ぐあッ」
刀が飛んだ。
右から槍。
喜助は足を引こうとして、踵の下に濡れた石を感じた。
そこへ乗れば滑る。
判断するより先に身体が左へ流れた。
濡れた石を外し、土を踏む。足場を選んだのは、剣術の理ではなかった。
槍の穂先が脇を抜ける。
柄へ刀を添えて押し上げると、容易く構えが浮いた。
三十余年、田と槍で鍛えた腕が、槍ごと相手の構えを浮かせた。
そこへ、半平太の知る間合いで入る。
柄頭を胸へ打ち込むと、男の身体が後ろへ崩れた。
「喜助殿……?」
弥五郎の声がした。
一太刀ごとの重さが違う。
喜助の身体へ、自分の剣が乗っている。
「囲め!」
頭格の男が叫んだ。
だが、皆は来なかった。
喜助は今度こそ見た。
頭格と斬り込んでくるのは数人だけだった。
槍を握りながら前へ出ない男。
負傷した仲間を支える男。
落ちた米俵へ目をやる者。
すでに山の方を見ている者。
先ほどは、皆を一つの言葉で戻そうとした。
だが、同じ理由でここにいるわけではない。
「追わないでください!」
池の兵を止める。
喜助は刀を手にしたまま、男たちへ声を張った。
「戦うつもりのない方は、武器を置いてください」
「聞くな!」
頭格が怒鳴る。
喜助はそちらを見なかった。
「置いた者には手を出しません」
一人が迷った。
やがて槍を地へ置いた。
その音が合図になった。
二人目が刀を置く。
三人目も続いた。
頭格の男が罵声を浴びせたが、もう誰も戻らない。
なお刃を向けた者だけを池の兵が押し返した。頭格は二人ほどを連れて斜面へ逃げる。
弥五郎が追おうとした。
「構いません」
「しかし」
「米を届けるのが先です」
残った男たちへ携行食を分けた。
握り飯を渡すと、彼らは黙って食った。
組頭を失った者。
負傷した仲間を置いて退けなかった者。
小荷駄についていたため、本隊から離れた者。
同じ羽柴勢でも、ここへ残った理由は違った。
人倫を説いたことが間違いだとは思わない。
だが、人に道を守れと言うなら、その道がどこへ続いているのかまで見なければならない。
「これから、どうすれば」
年若い男が訊いた。
喜助は少し考えた。
「白地まで、この米を運んでいただけますか」
「わしらに?」
「武器はこちらで預かります。着けば、武器を置いたことも、荷を運んだことも、そのまま申し上げます」
「助かると?」
「そこまでは約束できません」
喜助は首を振った。
「私に決める権限はありません。ただ、したことを、していないことにはしません」
若い男は黙って立ち上がった。
「なら、担ごう」
他の者も続いた。
預かった武器はまとめて池の兵に持たせた。降った者たちは一団にせず、護衛の間へ分ける。
一人が、本道にはまだ羽柴方の小勢がいると教えた。
「脇へ抜ける道があります」
「案内できますか」
「……できます」
喜助は頭を下げた。
「頼みます」
その日の夕刻、兵糧隊は白地へ入った。
出発した時より人は増え、俵はいくつか減っていた。
受取役が荷札を確かめる。
「どこで減りました」
数を責めるより先に、場所を聞いた。
まただ。場所を告げると、男は帳へ書き込み、札を合わせた。
喜助は、その帳を見つめた。
枡も、帳も、荷札も、珍しいものではない。
だが、ばらばらの土地と人を同じ形で見ようとする癖が、どこへ行ってもついてくる。
このやり方を、どこかで知っている。
◆
仁井田へ戻った翌日、喜助は頼和の前で頭を下げていた。
兵糧が届いたことは、先に知らせてある。
頼和が聞いたのは、道中のことだった。
「最初は話で退かせようとしたそうじゃな」
「はい」
「それで先を取られた」
「私の見込み違いです」
頼和は荷帳をめくった。
「その相手に、今度は荷を担がせたと」
「武器を置いた者だけです」
「山へ放さずに?」
喜助は迷ってから答えた。
「ここで放せば、また腹が減ります」
頼和の指が止まった。
「その時は、また別の荷を奪うでしょう。白地まで働けば、少なくとも今日一日は、奪わずに済みます」
「明日は」
「私には分かりません」
「ですが、今日したことは残ります。武器を置いたことも、荷を運んだことも」
頼和は黙っていた。
帳には、失った俵も、傷を負った兵も、途中から加わった者も書かれている。
やがて頁を閉じた。
「分かった。下がれ」
喜助は頭を下げ、座敷を出た。
庭では夕立の名残が軒から落ち、土へ小さな穴を穿っていた。
その夜、頼和は岡豊へ送る書状に、武市喜助重貞の名を記した。
お読みいただき、ありがとうございました。
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【史実解説】
■剣客・武市半平太
武市半平太は、政治家・土佐勤王党盟主として知られていますが、もともと土佐でも名の通った剣術家でした。
若くして一刀流を学び、のちに麻田勘七の門下で修行。高知城下に開いた自身の道場には百二十人余が入門したとされ、中岡慎太郎や岡田以蔵らも門下に名を連ねます。また、藩から郡部へ出向いて剣術を教授するよう命じられていました。
安政三年(1856)、半平太は剣術修行のため江戸へ赴き、桃井春蔵の士学館に入門します。士学館は鏡新明智流の道場で、千葉周作の玄武館、斎藤弥九郎の練兵館と並び、後に「江戸三大道場」の一つと称された名門でした。半平太はここでも高く評価され、流儀の伝授を受け、塾監も務めています。
もっとも、道場剣術の達人であることと、実戦で多くの敵を斬ったことは同じではありません。半平太自身について、実戦での斬り合いを詳しく伝える史料は多く残されていません。
戦国期にも、新陰流・新当流・一刀流などの流派が成立し、上泉信綱や塚原卜伝のような兵法者が活躍していました。戦国末には剣術もかなり体系化されています。ただし、当時の「兵法」は刀一本に限られたものではなく、槍や組討、甲冑を着けての戦闘など、戦場での技術と密接につながっていました。刀も戦場の主兵器というより、槍や弓、鉄砲などと併用される武器の一つでした。
一方、幕末までの二百数十年の間に、剣術はより専門化していきます。江戸中期以降には竹刀と防具を用いた打込稽古が発達し、江戸後期には他流試合も盛んになりました。形を繰り返すだけでなく、相手が実際に打ち返してくる中で、間合い、機先、反応を磨く機会が増えていったのです。
士学館で修行し、自らも門弟を教えていた半平太なら、相手の肩や手元、重心のわずかな変化から動き出しを読む技量も相当に磨かれていたでしょう。
対して本作の喜助は、戦国の在地武士です。槍が横から伸び、味方同士が押し合い、足元には泥や石があり、荷駄や仲間を背負って戦う世界を生きています。
半平太が戦国へ来ただけで無類の剣豪になるわけではありません。
幕末までに磨かれた半平太の剣技に、喜助が戦国で培った腕力、足腰、そして戦場の身体感覚が重なる。
その二つが合わさって、今までの半平太とも喜助とも違う剣が生まれています。




