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水位上昇中  作者: 齋藤
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0cm

■□□□□□□□


 目が覚めると、身に覚えのない場所にいた。


 それは夢にしてはやけに生々しく、現実にしては理解が追いつかない光景だった。まず最初に感じたのは、息苦しさだ。空気が薄いわけではない。ただ、逃げ場がないような圧迫感が胸にのしかかっていた。


□■□□□□□□


 どうやらウミノは、窮屈なガラスの中で眠っていたらしい。


 そこは水槽のような空間だった。三方は無機質な壁に囲まれ、残りの一面だけが透明なガラスになっている。天井に照明はなく、外から差し込む光だけがぼんやりと内部を照らしていた。湿り気のない、乾いた閉塞感が肌にまとわりつく。


 ガラスの向こうには、小さな部屋がひとつ広がっていた。エアコン、簡素な扉、壁際にぽつんと置かれた消火器。それだけだ。天井のLEDが白々しく光り、その光がこちらにも届いている。


 外の空間は、こちらに比べれば十分に広い。立って歩けるだけの余裕がある。対して、ウミノのいる場所は膝を立てることすら難しいほど低い天井で、せいぜいホテルの浴槽ほどの広さしかない。


 もしここにいるのが自分一人だったなら、まだ耐えられたかもしれない。だが現実には、そうではなかった。


 この狭さが「窮屈」だと感じる理由は、もうひとりいるからだ。


 その人物の名前はツキシマ。


 ウミノは小柄で、どこか幼く見られがちだが、ツキシマは違う。長い髪と淡々とした性格のせいで、実年齢よりも大人びて見られることが多い。もっとも、ふたりとも同じ大学に通う学生で、写真サークルで出会った仲だ。


 最初は、正直少し怖かった。無口で、何を考えているのかわからない人だと思っていた。けれど話してみると、言葉が少ないだけで、意外と気遣いができる人だとわかった。それからは、自然と一緒にいる時間が増えた。


 ただ――これまでの思い出の中に、「狭い水槽に閉じ込められる」なんて出来事は当然存在しない。


 初めての状況にしては、あまりにも質が悪い。


 ウミノは小さく息を吐き、隣に横たわるツキシマの肩を軽く揺すった。


□□■□□□□□


「おはよ」


「……おはよう」


 ツキシマはゆっくりと目を開けた。数回瞬きをしてから、状況を把握しようとするように視線をさまよわせる。長い髪をかき上げる仕草が、妙に落ち着いて見えた。


「なにここ」


 寝起き特有のぼんやりとした声。それでも、わずかに混じる困惑をウミノは聞き逃さなかった。


 本当なら説明してやりたいところだが、残念ながらウミノにも何ひとつわかっていない。


「わかんない」


「……そう」


 短く返された言葉に、責める色はなかった。ただ、現実をそのまま受け入れたような響きがあった。


 誰かの悪ふざけか、あるいはもっと悪質な何かか。理由はどうあれ、ここから出なければならないことだけは確かだ。


 ウミノは思わず舌打ちをした。狭い空間に、その音がやけに大きく響く。


「ウミノ」


 静かに名前を呼ばれる。咎めるようでもあり、落ち着かせるようでもある声音だった。


「……ごめん」


 ウミノは息を吸い込む。空気は普通のはずなのに、どこか不味いように感じた。


□□□■□□□□


 しばらく、沈黙が続いた。


 できることは限られている。壁を叩いてみても反応はない。ガラスを押してもびくともしない。外の扉は見えるのに、そこへ行く術がない。


 時間の感覚だけが、じわじわと重くのしかかってくる。


 ウミノはもう一度、深く息を吸った。


□□□□■□□□


 そのときだった。


 カチッ、と小さな音がした。


 普段なら聞き流してしまうような微かな音が、この閉ざされた空間でははっきりと響く。


 ふたりは同時に顔を上げた。


 天井の一部が、わずかに開いている。


「なにこれ」


 ツキシマが目を細めて見上げる。


「さあ……?」


 ウミノも同じように見上げるが、当然答えは出ない。


 ただ、その「変化」が嫌な予感を呼び起こすには十分だった。


 次の瞬間。


□□□□□■□□


 天井から、水が落ちてきた。


□□□□□□■□


 最初は、ほんの細い筋だった。


 ぽたり、と一滴。続いて、もう一滴。


 やがてそれは途切れることなく流れ出し、確かな量を持って床へと落ちていく。


「ちょっと待って」


 ウミノの声がわずかに震える。


 水は止まらない。むしろ、少しずつ勢いを増しているように見えた。


 狭い空間だ。逃げ場はない。


 足元に広がる水が、じわじわと冷たさを伝えてくる。


「ウミノ」


 ツキシマが静かに名前を呼ぶ。その声は、不思議なほど落ち着いていた。


「落ち着いて。まだ、すぐには満ちない」


「でも、このままだと……」


「考えよう」


 短い言葉だったが、それだけで少しだけ呼吸が整う。


 ウミノは唇を噛み、再び天井を見上げた。


 水は、止まらない。


 それでも――止まらないなら、止めるしかない。


 あるいは、それ以外の出口を見つけるしかない。


 狭い水槽の中で、ふたりは互いの存在を確かめるように肩を寄せた。


 冷たい水が、静かに足首を浸し始めていた。


 □□□□□□□■


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