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対価に「1日1回の腹モフ」を要求します!  作者: HAL


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19/19

19 ウサギ、帰還する


 クニークルスのために編んだあみぐるみがいくつも残されていた。それを拾い集め、居間に戻る。

 夕陽が洗濯物をオレンジ色に染めている。

 テレビ台の横にあみぐるみを飾ってみたが、妙にちぐはぐだ。


「洗濯物だらけだし、非常食が山積みだし、なんか……乱雑」


 物は溢れているのに、何かが足りない。

 フェイクファーのクッションを抱き寄せた。本物の猫毛に似せた最高の手触りに癒されていたのに、今は少し物足りなく感じる。


「……楽しかったなぁ」


 久しぶりに編んだあみぐるみ。ずっと忘れていた趣味は、数年ぶりだというのにしっかりと体が編み方を覚えていた。クニークルスをからかいながら夢中になって針を動かした日々はとても楽しくて幸せだった。


「また、編もうかな」


 せっかく引っ張りだしたのだ。毎日少しずつ編めたら……。


「いや、今の仕事してたら無理だ」


 低音のイケボの残した言葉が、腹の奥でじんわりとあたたかい。

 今の会社に勤め続けていては、そのうちに自分を酷使する生活に戻ってしまいそうだ。フェイクファーをよりどころに働くのは限界に近かった。もう一度同じ生活はたぶん無理だ。


「というか、もう嫌だよ、あんな生活」


 思い返してみると、我ながら良く続けられたと呆れた。自分の成績にならない仕事であっても、成果が目に見えるのが楽しすぎて、いろいろな物から目を逸らしていたなんて、馬鹿も馬鹿すぎる。


「揉めちゃったし、転職もアリ、かなぁ」


 由奈は仕事鞄をたぐり寄せて、筆記用具とノートをテーブルに拡げた。


「新規案件を獲得するには、周辺情報の収集と分析が重要」


 これまでの給与明細にクレカの支払い履歴、レシートを整理しはじめる。


「非常食(レトルトとカップ麺類)の定期購入がなくなれば、エンゲル係数はかなり下がりそう。全部自炊は難しいけど、少しずつ割合を増やせば、今より安くても暮らせる、かな」


 貯金はどれくらいあっただろうかと、給与振込口座にログインして驚いた。普通口座の残高が一定額を超えると、自動的に定期に振り分ける設定をしていたおかげで、大きな塊がドンドンドンと積み重なっている。引っ越しさえしなければ大きな金額が出て行くこともないだろうし、一年は余裕で食いつなげそうだ。失業給付もあるから、差し迫ってお金で困る心配はしなくて済みそうでほっとする。


「問題は転職先があるかどうかなんだけど……」


 ひとまずハローワークの求人情報を見てみた。条件を入力して検索すると、公開情報だけでもかなりの件数が引っかかる。事務職、営業職、ほかにも職種範囲を広めれば就職先は見つかりそうだ。民間の求人情報サイトでも探せるし、事務にこだわるなら派遣登録するという手もあるのだ。


「うん、辞めてもよさそう。やりがいは大切だけど、クニークルスの腹モフなしじゃ耐えられない仕事は、体に良くない」


 これまで支えてくれたフェイクファークッションには申し訳ないが、フェイクではあの疲労は癒やせないのだからしかたない。

 次は灰色ちゃんの癒やしで耐えられる程度の勤め先を選ぼう。


「ええと、規定だと退職は一ヶ月前に言えってことだったから……あ、でもボーナスもらってから辞めたい。有給休暇まるまる残ってるし、引き継ぎ……は今の課のだけでいいよね? マニュアル作成しといて文句を言わせないように準備して……」


 退職に向けた新規プロジェクトの基礎を固めてスッキリとした由奈は、等身大クニークルスぐるみの中綿を買いに、軽い足取りで玄関を出た。



終わり


腹モフ、完結しました。

最後までお付き合いくださいましてありがとうございしまた。



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