冷えた体と、あったかいお風呂と、モフの抜け毛
朝――
納屋の軒先で、たすくは地面に突っ伏していた。
「……無理。限界。俺は人間としての尊厳を保ちたい……」
隣で、タローも「ぴぃ……」と目を細めている。
理由は、ただひとつ――風呂に入っていない。
「最初はな、サバイバル気分で楽しかったんだよ。でも臭いが……」
タローも「ぴっ……ぃぶしっ!」と、くしゃみのような鳴き声をあげた。
「……お前もか。よし、決めた!風呂をつくる!!」
*
村の広場。洗濯物を干していたふくさんに尋ねると、あっさり答えが返ってきた。
「川の近くに昔使ってた湯場があるよ。納屋からそう遠くないし、モーさんが水飲みに来る場所のすぐ裏手さ」
たすくとタローは、工具と薪をかついで出発した。
*
川辺の石風呂は、確かにあった。ちょっと崩れてるけど、雰囲気は最高。
「こういうのも売ってたなぁ……“おうち露天風呂セット”とか……」
石を組み直し、湯を張り、焚き火で温める。
じんわりと立ち上る湯気に、心までほぐれていく。
「……完成。よし、タロー、いくぞ!」
ぴぃっ!(ジャポーン)
先に飛び込んだタローが、幸せそうな顔でぷかーっと浮いている。
「お前……かわいすぎんか……」
たすくも、そっと湯に浸かる。
冷えた体に、あたたかさが染み渡っていく。
「……はああああ……生き返る……」
そのとき、川の向こうでガサガサと音がした。
振り向くと――モーさんが、静かにこちらを見ていた。
「お前も、水飲みに来てたんだもんな……」
モーさんはちょっとだけ鼻先を湯に近づけて、「モォ……」とため息をついた。
「なんか……ほんとに一緒に暮らしてる感じするよな……」
ふくさんが差し入れのタオルとおにぎりを持って現れる。
「いいお湯になってるみたいね。はい、これ」
「ふくさん、女神か……」
その時だった。
「ぴぃぃぃぃ……?」
タローが、湯の中でくしゃみをした。
そして――毛が、ふわっと抜けた。
「あっ……!」
みるみるうちに、お湯の表面に白い毛が浮いていく。
「お、お前……換毛期か!!?」
タローは、キョトンとした顔で自分の体を見下ろした。
「……これは……けっこうな量だぞ……」
ふくさんが毛をすくい取りながら言った。
「これ、何かに使えないかしらね。捨てるの、もったいないわ」
たすくも、湯気の向こうでつぶやいた。
「……あったかいし、軽いし……ワンチャン、霜よけとか……」
タローが「ぴぃ!」と、やたら誇らしげな顔で胸を張った。
――こうして、“モフ毛マルチ”計画が、湯けむりのなかでひそかに始まった。
次回、霜注意報と、モフの毛で畑を守れ!




