芽出し。タローと、命の卵パック
朝――
納屋の裏に広がる畑には、昨日混ぜた“伝説のクソ肥料”の匂いが、ほんのり残っていた。
腰はまだ痛い。でも、気持ちは不思議と軽い。
「よし、今日は“芽出し”だな」
ぴぃ!(キリッ)
ふくさんがタオルを頭に巻いて、手に箱を持ってやってきた。
「これ、使って。卵パック。村の人が持ち寄ってくれたのよ」
「卵パック……これに種、入れるんすか?」
「ええ。土を入れて、水を含ませて、あったかい場所に置いてあげるの。
赤ちゃんみたいに、大事にね」
(……ふくさん、やっぱりすげぇ)
たすくは受け取った卵パックを見つめた。
懐かしい。ホームセンターでも、こんなやり方を見たことがある。
でも、こうして“命を育てる道具”として手にするのは、初めてだった。
「よし。いくぞ、タロー」
*
畑の脇に置かれた作業台。
タローが土の入ったバケツを押さえ、たすくが手で卵パックに詰めていく。
「このへんはトマトで……あとは枝豆……こっちはきゅうりかな……」
タローが土をこぼす。
「ぴぃっ!」
「いや、そんな豪快に詰めるんじゃなくて!そこ……きゅうりゾーンだから!」
タローが申し訳なさそうに耳をしょぼんとさせた。
「……でも、まあいっか。多少混ざっても、出てきたやつで判断しよ。生きてりゃわかる」
タロー「ぴぃ!(立ち直り早っ)」
そうして、土を詰めた卵パックに小さく穴をあけ、種をひとつずつ落としていく。
指先に伝わる、かすかな重み。命の予感。
(育て……育ってくれよ)
水をたっぷり注ぎ、日当たりのいい棚の上に並べる。
タローが満足そうにぴょんぴょん跳ねた。
ふくさんがにこやかに近づいてくる。
「いいわね。その子たち、うまく芽が出たら、土におろしてあげましょ。
まごじいも、楽しみにしてたわよ」
「はい……がんばります」
ふくさんが帰った後、たすくはじっと卵パックを見つめた。
タローが隣にちょこんと座る。
「……命って、不思議だな。
あんな小さな粒が、ちゃんと息をしてるみたいだ」
タローがそっと、卵パックに鼻先を寄せた。
「ぴぃ……(がんばれ)」
その夜。
たすくは初めて、村で“明日が楽しみ”と思いながら眠りについた。
――次回、芽が出るか出ないか、それは誰にもわからない。
でも確かに、今ここに“希望の種”がまかれた。