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ロイヤルポストの守護者  作者: 神崎裕一
第二章 死者探しの旅
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第八話 少女の決意

 ロイヤルポスト・クルティア支部。その三階には社員食堂が存在する。


 職員寮があれば食堂があるとはこの事、三階の食堂には仕事を終えた職員達の姿があった。


「こんばんは、チェスターさん」


その食堂に到着し、端の方に立つと声を掛けられる。顔を上げれば両手を後ろに組む相棒がいた。腰を少し曲げ、微笑む彼女が約束の言葉を言う。


「待たせてしまいましたか?」

「いいや、来たばかりさ」

「それはよかったです。ささ、いきましょう」


 元軍人は頷き、相棒と一緒にトレーを取って列に並んだ。バランスの良い食料がトレイの上に乗り。空いている席を占領して最初の食事を楽しんだ。一息付いた辺りで。


「自己紹介をしましょう」


 と、アイリスが提案してきた。勿論、チェスターは乗った。

 短い間とはいえ濃い付き合いになるのは明白。互いを知るのは需要な事である。


「アイリ・スターランドです。ロイヤルポスト・アーリントン支部で郵便配達員として働いています。趣味はお菓子作りと編み物です。レターキャリアーとしては新米ですが、体力と明るさでは先輩方には負けません。あ、周りからはアイリスと呼ばれていますので、よろしければそうお呼びください」


 最後に頭を下げ、現役郵便配達員の自己紹介は終わりを迎えた。

 見事な自己紹介に、チェスターは頬を掻いた。さて自分には何が話せるか、そう迷った末。


「チェスター。チェスター・バーキンスだ。普段は友人の酒場にいる。以上だ」


 短く。自身の紹介を行った。するとそれを聞いたアイリスが。


「ず、ずいぶんと短い自己紹介ですね。もっと他に言えることがあるじゃないですか」

「ないさ。私が他人に話せることなんてないよ」

「そうですか? 例えば、アーリア陸軍の軍人だったとか」


 視線を上げ、アイリスがチェスターの経歴を言う。思わずチェスターは困った顔をした。


「よく知っているね。私の経歴を調べているのかい?」

「いえ。前にも話しましたけど、私はあなたに助けられたんです」


 相棒は出発前にも述べた事を唱える。チェスターは首を左右に振った。


「君とは初対面のはずなんだが……」

「少しずつ思い出して頂ければ大丈夫ですよ」

「そうか。ところで、君の名前はアイリなのに、何故。アイリスと呼んで欲しいんだい?」

「ああ。それ、実は私の名前。本当はアイリスと付けられるはずだったんです」


相棒の少女が苦笑いをした。彼女は名前の経緯を語る。


「お父さんが名前を発表した時、お母さんが猛反発したんです。アイリス・スターランドはなんか嫌って。でもお父さんはどうしても私をアイリスって呼びたかったらしくて。それで間を取ってアイリ・スターランドになりました。でもお父さんは私をアイリスって呼ぶんです」


 だからなんか、癖になっちゃいまして。と、彼女は笑った。


 その笑みには、幸福が溢れていた。彼女が両親に愛され、彼女も愛した証拠に違いない。

 それから両者は互いのことを話した。休日の過ごし方。どんな人と出会ったのか。それぞれの人生で起きた出来事を語り合い、互いの距離感をゆっくりと縮めた。


「チェスターさん。明日から本格的な仕事が始まります」


 そんな互いを知りあう行為もこの言葉を持って終わりを迎える。アイリスがコートの中から手帳を取りだし。一枚の写真を引き抜いてチェスターに見せた。


「私達が探すのはこの方です。ニクラス・ルンドさん。この人を助けるのが、私の仕事です」

「君は本当に死んだ人間の為に働くのかい?」

「はい。それが私の仕事です」

「……すまないが、今でも信じられないよ。死んだ人間がこの国に現れているなんて」


 出発前と汽車の中で散々、話を聞いたが、チェスターはいまいち信じる事が出来ていない。

 それをわかっているのだろう。アイリスは困った顔をした。


「正直ですね。でも、私達は嘘を言っていません。決して嘘は言いません」


 彼女はそう言うと、何かを思い出したように。急に表情を曇らせた。

 いったいどうしたんだ、そう思い声を掛けようとすると。彼女がその理由を唱える。


「……前任者の方は、まだ意識が戻らないそうです」


 相棒が言っているのは、彼女がここまで来る事になった事件の事だろう。

 チェスターと別れた後、アイリスは前任者のレターキャリアーの容態を確かに行ったらしい。

 彼女の表情が暗いのは、あまり良い結果ではなかったという事だ。


「この町で起きた暴行事件の事だね? 何があったんだい?」

「どうやら、協力者の方と一緒にいた所を攫われたそうなんです。協力者の方が通報して、クルティア警察が発見した頃には意識不明の重体だったとか。酷い暴行を受けたようです」


 胸が痛む事件の全容である。しかし、その襲撃事件に納得のいかない元軍人は喉を唸らせた。


「……どうも納得がいかない。なぜそこまでする必要がある。君と出会った時もだ」

「チェスターさんは戦争で大事な方を失ったことが、ありますか?」


 目の前に座る郵便配達員の娘が問いかけてきた。彼女は瞳を閉じ、言う。


「私達がやっている仕事はきっと、踏み込んではいけないものなんです。戦争は愛する人を。簡単に殺してしまいます。また逢えると思っていた人を、いとも簡単に奪うんです。待っていた人が死んでしまったなんて、残された人にとっては耐えられるものじゃありません」


 私達はその心に、踏み込むんです。――そう述べる少女の言葉には強い心が込められていた。


 彼女は第一線で現場を見てきた。だからこそ言えることがあるのだろう。


「なら。どうして君たちはそれをわかっていて、前に進むんだ」


 踏み込む領域について理解している娘に対し、元軍人は問う。


「私達が。死者の側にいたからです」


 すると、少女から。そのような返答が来た。瞳を閉じ、郵便配達員の少女は言う。


「死者の為に働く郵便配達員の全員が、先の戦争で従軍配達員をしていたメンバーでした。そして、担当する死者とは生前に繋がりがあります。同じ戦場で、想いを託した側と託された側の二つで。その中で宿した強い絆が」


 目を開け、そう語る彼女の瞳には深い哀しみが宿っている。元軍人はそう感じてしまった。

 目を伏せた郵便配達員の少女は、小さな吐息をするとこうも述べた。


「だから私は絶対に、ニクラスさんの目的を果たします。あの人の最後を看た人間として」


 それが、彼女の言う。――どんな事があろうと挑む理由だった。

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