第十二話
『かんぱーい』
念話を通じて聞こえて来る乾杯の声を聴きながら、それに合わせる様に買ってあったお酒をグラスに注ぐオラトリオ。念話で会話のフォローを、と頼まれてはいるし、飲み過ぎるつもりは毛頭ないが。
「……馬鹿らしくてやってらんねー」
まあ、こういう事である。正直、馬鹿らしくてやってられない。なんでこんなしょうもない事をさせられているのか、自身の存在意義に悩みながらオラトリオは杯を呷る。
『えー、今日はよろしく!! それにしても、二人とも可愛いね~。名前、聞いても良いかな?』
『あ、アン――』
「……本名言うなよ? 偽名だ、偽名。本名言ったら一発で勇者ってバレるぞ?」
『……アンです』
『サラです』
『アンちゃんとサラちゃんね。普段、何してるの?』
『あ……ゆ、勇者庁の方で勤めています』
『え、勇者庁? それじゃあれ? 世界の平和を守ったりする感じ?』
『そ、そうですね。世界の平和を守る為に、日夜ダン――』
「馬鹿っ!! そこは事務方と言っておけ!!」
『ダン? ダンってなに?』
『だ、ダン……団員の皆様の為にお食事を作ったりしています!! 得意料理は里芋の煮っ転がしです!!』
『へー、煮物とかするんだ! 家庭的だね! 俺、そういう子タイプなんだ~』
「……事務方って言ったのになんで炊事係なんだよ」
呆れた様にため息を吐きつつ、空になったグラスに酒を注ぐオラトリオ。
『それでサラちゃんは何しているの?』
『私は普通に事務方をしています。ちょ――アンとは同期なので』
『へー、そうなんだ! 良いね、勇者庁。こんなかわいい子が働いてるんだ! 俺も受けておけば良かったな~』
『お前の頭じゃ無理だって』
『いやいや、何があるか分からないし! 奇跡があるかも知れないだろ?』
今日の合コンはどうやら二対二の合コンらしく、少しだけオラトリオは安堵する。これが多人数での合コンなら、何処からかボロが出る恐れがあるが、『敵』の数が二人なら会話を絞れるからだ。
「……何やってんだろうな、俺」
なんだか物悲しくなって来たオラトリオが酒を呷り、ため息を一つ。始まったばかりの合コンに憂鬱になりながら、備え付けのソファに深く体を沈めた。
◆◇◆
『ういー! 飲んでる、サラちゃん、アンちゃん!!』
合コン開始から二時間程。良い感じにお酒が回ったのか、男のノリの良い声が念話越しに聞こえて来る。
『……飲んでますよ』
『……はい。飲んでます』
そんなノリの良い男の声に、淡々と返すサラと少しだけ緊張した様な声音で話すアンジェ。此処まで二時間、オラトリオのフォローもあってどうにかこうにかボロを出さずに来たアンジェだったが、そんなアンジェの声にオラトリオは違和感を覚える。
「……あいつ、酔ってやがんな?」
普段のアンジェが酒に酔う事は滅多にない。勇者として世界を旅したアンジェは、毒やら麻痺やらの状態異常に強く、同様に『酩酊』という状態も克服しているのだ。だから、余程気を抜いた飲み会とか、逆に極度の緊張状態のときにしか酔わないのだ。
「……やべーな」
最後にアンジェが酔ったのは一年前。国王陛下の晩餐会に招かれた際に極度の緊張で酩酊し、陛下の綺麗に禿げ上がった頭を小脇に抱えて太鼓宜しくポンポンと叩いた末に玉座に座って爆睡すると云う大不祥事を起こした。アンジェが世界を救った勇者である事、神様であるオラトリオが必死に謝り倒した事、陛下の心が広かった事の三点で不問になったが、一歩間違えればアンジェの首が飛んでいても可笑しくない事件だった。
「……酔っぱらったらどこでも寝るからな、アイツ」
まあ、今回は別に不祥事に発展する事もないだろう。言い方はなんだが、別に権力者でもなんでもないし、国王陛下にあそこまでして許されたら、他の貴族が許さないという事も無いだろう。
『アンちゃん、飲んでる?』
『はい、飲んでます』
『……アンちゃん、なんかノリが悪いね~? もしかしたらつまらない?』
『い、いえ! そ、そんな事は……その、ちょっと緊張して……』
『緊張? ははは! 緊張なんかしなくても良いのに~。ほら、楽しもうよ!! 飲んで、飲んで!』
『あ、は、はい』
「馬鹿。これ以上呑むな……って、聞こえてないな、こりゃ」
『アン、そろそろ帰りましょう? 呑み過ぎですよ? 貴方達もそんなにこの子にお酒を薦めないで下さい。お酒、あまり強く無いので』
『そうなの? その割には結構呑んでなかった?』
『雰囲気を壊さない様に無理をしたんですよ。さ、アン? 帰りましょう? 私、明日用事がありますし』
『えー、まだいいじゃん。もうちょっと呑もうよ~。ねえ、アンちゃん? まだ帰りたくないよね~?』
『え? そ、その……』
『明日、何か用事でもあるの?』
『いえ、と、特には……』
『ほら、アンちゃんはまだ帰りたくないってさ? サラちゃん、用事があるんだったら自分だけ帰れば? 大丈夫、ちゃんと俺たちがアンちゃんを送って行くからさ。な?』
『おう。大丈夫、女の子一人で返したりしないから。心配ないぜ?』
『……はぁ』
少しだけ呆れたようなサラのため息が念話越しにオラトリオの耳朶を打つ。
『……分かりました。それではアン? 私は帰ります。気を付けて下さい』
『さ、サラ!?』
『ばいばいーサラちゃん。それじゃ、アンちゃん、もうちょっと呑もう!』
『あー、そうそう。アン、ちょっと耳を貸して』
そう言ってサラはアンの耳元に口を寄せて。
『――良いんですか、オラトリオ様? このままじゃ貴方の大事なお姫様、悪い狼に食べられちゃいますよ?』
その言葉が念話を通じてオラトリオの元に届いたと同時、オラトリオは部屋の扉が壊れるぐらいの勢いで開けて、夜の街に飛び出した。




