表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅に燃ゆる〜千本桜異聞〜  作者: 吉野
第三幕〜吉野山〜
PR
20/22

別れの時


私は走っていた。


桜舞い散る吉野の山を。



静御前の為、そして彼女が愛した義経様の為に。



***



「四郎にまだ、言ってない事があるの」


横川の覚範という人が来る前に、どうしても四郎に話しておかなきゃいけない事があったんだ。



「何じゃ、今度は。

我が妻は秘密の多い女子よ」




——まだ『妻」じゃないし!

てか、お付き合いもしてなければ、ちゃんとプロポーズされてないし、イエスとも言ってないし!


まぁ、今はその事は置いといて。




「これからの事なんだけどね」


義経様、弁慶、そして明言はしなかったけれど忠信様の未来は話したけれど、肝心の静御前の話はあえて避けてきた。


けれどこの状況となっては、隠してはおけない。



「静御前の事なんだ」


「静殿がどうした?」



言いにくい雰囲気を察したのか、表情が険しくなる四郎。



「静御前は義経様とここで別れて、その後鎌倉方に捕まるの。

そして頼朝の居る鎌倉まで連れて行かれる事になる」


「何じゃと」



四郎の瞳が怪しく光る。


それが気持ちの昂ぶった時や怒っている時だという事は、もう薄々分かってきた。



「史実では、鎌倉に着いた静御前は頼朝の前で舞を強要される。

で、義経様が恋しい、あの頃に戻りたいと歌いながら舞を舞うの」


「…まさかと思うが、静佳がそれをするつもりか?」



黙って頷くと、四郎はさらに怖い顔をした。



「権力者・頼朝の前でそんな舞を舞う。

それはある意味、挑発…ううん、自殺行為。


でも、それでも静御前はそうしたんだよ。



白拍子のプライドか。

義経様への愛か。


多分、両方なんじゃないかな。


か弱い女の身で、自分にできる最大限の抗議だったのかもしれない。


私は白拍子では、正確に言えばないし、義経様を愛している訳でもない。


でもね、静御前の気持ちは分かる気がするんだ」




愛する人と引き裂かれた悲しさ。


その人が罪人として追われる切なさ。


敵ともいえる人に舞を強要される悔しさ。



そして、愛する人を永遠に失う辛さ。




全ての原因となった頼朝の前で、あえて鎌倉の繁栄を祈るのではなく、義経を思って舞う静御前の強さ。



それを見せつけてやりたいと思うのは…私のエゴかな?


せめて一矢報いたいと願うのは…間違っている?




「……止めても行くと言うのだな?」


「うん」



即答すると、四郎は頭を抱えてはぁーっと溜息をついた。



「それで静御前が殺される事はないわ」


「だからお前も大丈夫と?

何故そう言い切れる?

仮に命はあったとしても、女子として辛い目にあうかもしれぬではないか」



それは…そうなんだけど。

でも、やっぱりそうしなくちゃいけないと思うの。



「この、頑固者が!」



呆れたような、怒ったような声なのに。


両手を伸ばすと、四郎は私を抱きしめた。



***



夜討ちの件については、前もって四郎が知らせてくれたおかげで、対策を取る時間は十分にあった。


横川の覚範が気が付いた時には、四郎の幻術によって仲間と引き離され、単身河連様の屋敷に引き込まれていた。




寝静まっていると思いきや、襖や障子が開け放たれ燈台が立ち並び、庭にも松明が焚かれ昼間のように明るくなる。



寝込みを襲うつもりが、謀られたのは自分の方。


そう悟った事だろう。




そして、義経様の口から語られた真実。


それはたった一人乗り込んできた覚範が、実は平氏最後の生き残り能登守教経であるという事だった。


更に、教経は忠信様にとって実兄・継信様の仇でもあった。



継信様は壇ノ浦で飛んできた矢から主君義経様を庇い、亡くなったという。


その矢を放ったのが教経。




「能登守が兄の仇とは」



そうと知った忠信様に、義経様は仇討ちをお許しになった。



けれど平氏の中でも剛の者として名高い教経相手に、苦戦する忠信様。


最初こそ互角の戦いをしているように見えたけど、次第に押され気味になってきた。



見ているこちらは当然ハラハラする。




——だって!

違うとわかっているけど…忠信様と四郎、そっくりなんだもん。



斬りつけられるたび、血飛沫があがるたび、悲鳴を必死に飲み込む。




遂に教経の刃が忠信様の脇腹を切り裂いた!



咄嗟に目を瞑った私を片手で抱き寄せると、四郎は何か低く唱え始めた。


その身体から、金色のオーラが立ち上る。




次の瞬間、苦痛に満ちた呻き声が…そしてドサリと何かが倒れる音が聞こえた。




「…四郎?」


恐る恐る尋ねる私に


「忠信殿が教経を討ち取った」


四郎は事もなげにそう言った。





ホッとしたのもつかの間。


今度は鎌倉方の討手が押し寄せてきたと、河連様が現れた。




「次から次とまぁ、騒がしい夜である事よ」



苦笑を浮かべている義経様。



こんな状況で笑えるって…どんな精神力?


「歴史」を知っている私は、ここは切り抜けられると分かっているけど…。

当の本人にとっては、笑い事ではない状況な訳で。


それでも笑って、どんな状況でも楽しめる義経様もまた「強さ」を備えている人。


だからこそ、静御前が惹かれたんだろうな。




「義経様、姉様に代わり「静御前」と名乗る事、どうかお許しください」



そんな静御前が愛した人の為なら。

そして…それこそ私がこちらに呼ばれた理由であるのなら。



「お静殿?」


「静御前が言っていました。

義経様は抗う事をやめない、決して諦めない人だと。


『静御前』の名に群がる者もいるでしょう。

その隙にどうぞ逃げ延びてください」




静御前を看取った時から、覚悟はできている。



「しかし、何故…」


「貴方の為じゃないわ、貴方を愛した静御前の為」



キッパリ告げると、隣で四郎が肩を震わせた。





「四郎殿、先程の不可思議なご助力貴殿であろう?

感謝いたす。

ついでに貴殿が殿より賜った『源九郎義経』の名と御着長、お譲りいただけまいか」


四郎と私の傍へ近づいて来たのは忠信様。




「殿の名と着長…忠信殿、まさか」


意図を察した四郎に、忠信様はニヤリと笑ってみせた。



「女子に負けておられようか。

殿のおんため命を投げ出す覚悟、元よりできておる」



——別に、私は命を投げ出す覚悟まではしてないんだけど…


とは言えない。




けれど四郎への恩返しと義経様の為、『源九郎義経』の名と鎧を借り受け、散る覚悟を忠信様が決めた事はわかった。



***



義経様の鎧兜を身につけた忠信様は館の正面に、私と四郎は裏手から。


あえて正々堂々と名乗り注意を引くつもり。




ドーンドン!


表門で、用意の太鼓がなった。


今頃、館を取り囲んでいる鎌倉方の前で忠信様が名乗りを上げているだろう、



「いくよ、四郎!」


裏門の方には人影はまばら。

包囲されるには至っていなかったらしいわね。



夜が明ける直前の薄明るい吉野のお山。


桜吹雪の中、真新しい水干に緋袴を身につけ

初音の鼓を手に走り出す。



それに気づいた討手がわっと大声をあげた。




ある程度、館から離れた小さな堂の前で振り向き


「静はここにおる!」


大声で名乗ると、辺りは水を打ったように静まり返った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ