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紅に燃ゆる〜千本桜異聞〜  作者: 吉野
第三幕〜吉野山〜
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15/22

大物浦


静御前の葬儀も終わり、邸内は悲しみに包まれていた。

とはいえ、静御前の早過ぎる死は内外には伏せられ、事情を知る者は固く口止めされた。



そんな中、禅師様と私、四郎様は義経様と静御前が過ごした屋敷から、禅師様のお屋敷に戻った。



表向きは普段と変わらない日常。


けれど私は知っている。

夕餉を共にした後、自分の部屋に籠られた禅師様が枯れる事のない涙を流している事を。



平成の世より、人が簡単に亡くなる時代であったとしても…親より早く子が亡くなる事はやはり親不孝なのかもしれない。


もちろん静御前にそんなつもりはなかったにしても、だ。



だけど…禅師様の悲しみを目の当たりにするたび、そう思わずにはいられない。




「子であれ親であれ、先立たれるというのは辛いものだな」



今日も夕餉の間、私を食い入るように見つめたかと思うと、目が合いそうになると顔を伏せ、そそくさと自室に戻った禅師様。


そんな禅師様を見送り、四郎様がポツリと漏らした。


「そうですね。

確か四郎様も最近お母様を亡くされたんですよね、ご愁傷様です。


私も唯一の肉親だった祖母を最近亡くしたので、禅師様のお気持ちはわかります」



「それなんだが、そなた何者だ?

…あの時も気になる事を言っていたな」



あの時と言うのは多分、静御前と最後に話した時の事よね。


障子の外に四郎様がいるのはわかっていたけど、聞かれてもいいと思ったのは事実。



——何でだろう。

この人になら知られても構わない。


というか、この人とはこれから先も関わりあい共に過ごす事になる。

そんな確信めいた思いがあった。


そんな人に隠し事はしたくない。

できればありのままの私を受け入れてほしい。


それが可能かどうか見極める為にも、あえて聞かせたと言うのが本音。



「静御前との話、聞いてたんですよね?」


「あぁ。

しかし、八百年ほど先の世界とは…」



ちょうどこれからの事を相談したいと思っていたので、予定通り全てを話す事にした。



「私の名前は桜宮静佳。

今から八百年ほど先の世界から来ました」


「先の世界、とな。

それはまことか?」



黙って頷く私に、胡乱げな目を向ける四郎様。



——そうよね。

未来から来たとか、そんな簡単に信じられる訳ないよね。


証拠と言われても特に何もないし、頭おかしいと思われても仕方ないのかもしれない。



「信じられません…よね?」


「そのような奇天烈な話、にわかには…」


「それも無理のない事と…わかっています。

証拠もありませんし、後は禅師様にお話を聞いていただく他はないと思います。


ただ、私は義経様に仇なすつもりはありません。

義経様がこれからどうするのか、どうなるのか見届けたいだけなんです」




そう。

静御前と約束したもの。


義経様の行く末を見届けると。




「それじゃが、殿はまこと奥州へ行かれるのか?」


「史実ではそうなってます。

本当は南へ船で向かうつもりでしたが、悪天候や諸事情により、断念せざるを得ない状況に陥るんです。

一旦吉野山へ難を逃れるも、鎌倉からの討手が迫り最終的に秀衡公を頼って落ち延びていくと」


「…」


「今はまだ信じられないと思います。

だから、数日待ってください。


先程お話しした義経様の南行の件、もう少しすれば情報も入り、私の言った事が嘘ではなかったと分かる筈です」



四郎様の目を見つめ、隠す事なく全てをお話しした。


そんな私を探るように見つめつつ、四郎様は黙って話を聞いていた。



全てを話し終える頃には、燈台の脂も残り少なくなり、小さな焔が辛うじて揺れているだけだった。

それも微かな風で消えてしまい、室内は暗がりに包まれる。



ふと気がつくと、向かいに座っている四郎様の眼が、金色に光っているように見えた。



「し…ろう、さま?」


闇夜に光る眼が妙に獣めいて見え…声が上ずる。



「いま灯を持ってくる。

しばし待たれよ」



そんな私の動揺に気付いたのか、四郎様は暗がりも物ともせず出て行ってしまった。




——何だったんだろう、今の。


人の目があんな見え方をするなんて




けれど、灯を手に戻って来た四郎様に変わった様子は見られなかった。



…気のせい、だったのかな?



「もう遅い。今宵はここまでとしよう」


まだ話したい事も、相談したい事もあったんだけど…。

私の素振りに気がつかないふりなのか、本当に気づいていないのか、四郎様はさっさと出て行ってしまった。



「…まだ、話したい事、あったんだけどな」



一人取り残されてしまい、妙に心細いと言うか人恋しくなる。


今までは、何だかんだで静御前と一緒にいる事が多かったからかな。

でももう遅いからと言われてしまえば、引き止める事もできないし、第一もう行っちゃったし。



こういう時、自分の家なら本を読んだり音楽を聴いたり、 誰かとLINEしたり。

寂しさを紛らせる事は意外と簡単にできたんだけど…。


今はその手の道具もないし、話し相手もいない。



この寂しさもこの時代ならでは、なのかな。



***



結局、ほとんど眠れないまま夜明け前に目が覚めてしまった。

部屋でゴロゴロしているのもなんか嫌で、稽古部屋へ向かう。


早朝のひんやりとした空気の中、静御前の動きを思い出しながら舞ってみる。



最初は型をなぞるだけの、どこかぎこちなく拙い動き。

舞とも言えないようなものだけど、繰り返す事で、どんどん余計なものが削ぎ落とされていく気がする。


目を配り、足を運び、手を動かす。


無心になって踊るうち、自分が自分でなくなるような不思議な感覚に襲われる。


世界から音が消え風が消え、色が消えて行くような、「私」という枠から何かが溢れ出し溶けてゆくような、そんな感覚。




「……静?」



けれど、そんな時は長くは続かず…。


縋るようなか細い声が、まるで雷のように脳天に響き渡った。



振り向けば、そこには驚愕の表情を浮かべた禅師様。



「あ……お静⁈」



狼狽えきったそのお顔は、罪悪感と悲しみに彩られていて。



仮にも姉と呼んだ人のお母さんの、そんな悲しいお顔見たくはないな。


私の中に娘の面影を探しているくせ、静御前とは違う私に狼狽え悲しみを募らせてゆく。



いっそ私がいない方が…禅師様にとっては諦めのつく状況なのかな?と思ってしまう。



「静御前と思ったんですよね?」


「……」


「私と静御前が瓜二つだから、辛いですか?

私がいると、静御前がいないのが余計に悲しくなります?


もし、禅師様が辛いのなら…」



あの時、伏見稲荷で震える私を無事で良かったと抱きしめてくれた人だから。

私がいる事で余計に禅師様が傷つくなんて…

そんな事望んではいない



私の言葉に禅師様は深々と息を吐いた。



「…そうじゃな。

確かにそなたの顔をまともに見るのは、今は辛い。


静の話を聞いて覚悟を決めておったつもりが…情けないわ」



「禅師様…」



「しかし、そなた達は短い間とはいえまことの姉妹のようであった。

まして、そなたは静の…最後の願いを叶えると約束してくれた。

私にとっても、そなたはもはや娘同然。


情けない母で申し訳ない。

じゃが、お静、私の事は母様とそう呼んではもらえぬか。

静の死を伏せる意味でも、その方が何かとよかろう」



「……はい、母様」


そう言うと、禅師様は哀しげな笑みを浮かべ、私の髪を撫ぜてくれた。





死の間際、これからの事を禅師様と静御前、私の三人で相談した。

もちろん静御前との約束も、禅師様は知っている。


その上で、表向きは「静御前」として生きる私をサポートしてくれると、そういう事だろう。



「それにしても今のそなたの舞、静かと思うほど見事であった。

あれならばどこに出しても恥ずかしくない」


「ありがとうございます」



めちゃくちゃ厳しかった禅師…母様に褒められたのは純粋に嬉しい。



なんせこの後…鶴岡八幡宮で、頼朝の前で舞を披露する、という一大イベントがある筈、だからね!



史実の通りに話が進めば!



***



数日後の夕暮れ時、私の部屋に四郎様がやってきた。



「…お静殿」


どこか緊迫した雰囲気に、話の想像がつく。



「義経様の行方がわかりましたか?」


「何故それを!」




——そりゃ数日待ってって言ったの、私ですから。



「そうであったな」


あら、顔に出てました?



「しかし…驚いたぞ。

殿の行方を内々に探らせておったのだが、まさにそなたの言う通りだった。


先日、殿が摂津国・大物浦から船で脱出を図ったが、嵐により断念との情報が入ったのだ」



——やっぱり。



「疑念の全てが晴れた訳ではないが、一先ずはそなたの言う事が真実であったと証明された。

とりあえずは信用しよう」


「とりあえず、ね」



——今はそれで良いわ。



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