武蔵坊弁慶
武蔵坊弁慶。
彼のイメージは『忠義者』の一言に尽きる。
小説や時代劇の中の彼は、義経を支え守り導き、共に生きた怪力の荒法師。
最期は義経を守って堂の前に立ち、薙刀を振るって孤軍奮闘。
雨のような敵の矢を全身に受け、立ったまま絶命。
なんだけど…。
ここにきて彼のイメージは少し…いや、かなり残念なものに変わりつつある。
なんて言うんだろう…。
忠義者は確かにそうだし、そこは変わらないんだけど。
とにかく大きい、でかい、義経ラブ。
そして『大男、総身に知恵が回りかね 』みたいな?
酷い事言ってる自覚はあるのよ、一応。
本人の前では決して言えない。
でも…、でもね。
今回の事はホント、『短慮」としか言いようがないと思う。
彼には彼の言い分てものがあるんでしょうけど。
この先を知ってるからこそ、余計に歯痒いし切なくなる。
『もしもあの時…』
歴史ファンなら、いくつもそんな『あの時』があるのだろう。
歴史に介入できたら…あの時あの流れを、行動を止められたら。
今の私もそう。
弁慶が鎌倉からの討手を、ただ追い払うのみですませていたら。
義経の悲しい逃避行は始まらなかったんだろうか。
鎌倉で頼朝とちゃんと話しができたんだろうか…。
静御前とも、辛い別れをせずに済んだんだろうか。
時の流れに、人生に『もしも』は無いと言うけれど…どこかで止められていたら。
けれど、私はこの時代の人間ではない。
いわば『部外者』。
そんな私が口を出して良いものなのか、と躊躇ってしまう。
それに次に何が起こるのか、正確に事細かに分かっている訳でもない。
それはそれで…歯痒いんだけど。
時代という大きな流れの中で、懸命にもがき抗う人達に対して、私ができる事。
それは静観し続ける事。
そして、見届ける事なのかもしれない。
***
早朝の伏見稲荷大社本殿前。
何が何でもついて行きたいと訴える静御前を、義経様が懸命に宥めている。
そりゃ、人目を忍ぶ逃避行。
まともな道を避けて獣道を行き、野宿するのも当たり前。
男性でも根をあげるような、大変な旅になるんだろう。
ましてか弱い女性、愛する静御前にそんな辛い思いをさせたくはないっていうのは…わかるんだけど。
静御前が足手まといになりかねないっていう、ご家臣の懸念も…わかるんだけど。
静御前の必死さ、いじらしさに義経様も冷たく突き放せないみたい。
そんな愁嘆場に現れたのは、なんと弁慶。
討手を返り討ちにし蹴散らし、やっとの事で義経様を追いかけてきたのだそう。
嬉しそうに駆け寄る弁慶を、しかし義経様は憤怒の表情で迎えた。
握りしめた拳は怒りに震えている。
「そちの忠義を疑った事は一度もない。
ないが、後先考えずに喚く事も、止めるを聞かず飛び出す事も勘弁ならぬ。
今度という今度は手討ちにしてくれる」
低い声で言うが早いが、義経様は刀の柄に手をかけた。
「お待ちくだされ、殿。
それはあまりな言われよう」
「何があまりな言われようか。
そちの短慮のせいで、郷の死が無駄になったのであるぞ。
鎌倉への言い訳も立つところであったのに、こうして都を追われる事となったのは、全てそちのせいではないか!」
「お方様が…ご自害めされたと?
いやしかし、主君に仇なす者共をどうして見過ごせましょうか」
必死で止める弁慶を、他の人達も擁護する。
「今は一人でも味方が欲しい時」
「どうぞ今回だけはご寛恕下さりませ」
それでもまだ怒りの収まらない様子の義経様に、静御前も口添えする。
しばし葛藤の後、義経様は刀の柄から手を離した。
「…今回のみじゃ、次は決して許さぬ。
鎌倉方に刃向かう事もじゃ。
刃向かいし者は主従の縁を切る」
それを聞いて、皆安堵の吐息を漏らした。
それは弁慶も同じこと。
見た目はいかついクマなのに、中身は大型犬の彼は、今は尻尾を力無く下げしょぼんと項垂れている。
その姿を見ていると…愚直なまでのまっすぐさが伝わってくる。
主君の為と思い込んだら突っ走ってしまう、融通の利かなさも。
もっと賢いやり方があった筈。
上手く立ち回ったり、時にはずる賢く周りを利用してみたり。
でも、そういう事は得意じゃなさそう。
逆に言えば、だからこそどこまでも義経様を信じ、ついて行ったのだろうな。
遠い北の地まで、最期まで共に。




