第4話『禁断の真実』
「ねぇ、一体どういうつもりなの?」
渋谷の雑踏の中、知永子は知香子に問いかけた。
実は、知香子に強引に家を連れ出されたものの、彼女は何も教えてくれない。さすがに痺れを切らしたのだ。
「まぁ、そう焦らないで。もうすぐ解るから。あっ、ここ!ここ!」
知香子は知永子からの質問をはぐらかし、人混みに向かって手を振る。そこには、照矢とその友人らしき同年代の男がいた。
「どうゆうことだよ?」
照矢は、怪訝そうな表情で知香子に尋ねる。
「えっ?」
「何で知永子さんがここにいるんだよ。お前、友達が彼氏を欲しがってるから、俺の友達紹介してくれって…」
「そうよ。だから、こうして連れて来たんじゃない」
知香子は、悪びれずに答えた。
「お前…」
「えっ!?どうゆうこと?わたし、別に彼氏なんて……」
「いいじゃない。とりあえずこんなところで立ち話もなんだから、喫茶店にでも入りましょうよ」
知香子は照矢の腕を取り、強引に歩き出した。
「ほら、何やってんの。お姉ちゃん達も早く早く」
知永子は、仕方なく照矢の友人と並んでふたりの後を追う。沈黙を押し通すのも気まずく、道すがらいくつか言葉を交わしたものの、互いに異性に慣れていないふたりの会話は沈黙以上にぎこちなかった。
「ねぇ、お名前は?」
喫茶店についてからも、主導権を握るのは知香子だった。見るからに緊張している男に、自己紹介をねだる。
「あっ…ぼ、僕…沢木昇といいます。高梨くんとはゼミが一緒で…」
必死に笑顔を作りながらも、知永子は苦痛だった。
目の前の男に、興味が持てなかったからではない。照矢の前でボーイフレンドを斡旋されるという、その行為が辛かったのだ。
「一体、何のつもりだよ」
ふたりきりになった瞬間、照矢は知香子に対しての憤りを露にする。
「何が?」
「何がって…全く話が違うじゃないか!!」
「違やしないわよ。あたしは彼氏がいない友達に、照矢の友達を紹介して欲しいって言ったのよ。何も間違ってやしないじゃない」
「俺は知永子さんだなんて聞いてないぞ」
「あたしも、お姉ちゃんじゃないなんて言ってないわ」
ふたりの会話は、堂々めぐりだ。
「お前って女は…」
「あたしのことは、女性って言ってくれないのね」
知香子の言葉に、照矢は凍りつく。
「…盗み聞きしてたのか?」
「あら、盗み聞きなんて聞こえが悪いんだから、見守っていたって言って欲しいわ」
「……」
「…それに、何だかんだであのふたり、今頃はよろしくやってるんじゃないかしら」
「どうゆう意味だ?」
「ふふふ…文字通りよ。沢木さんって言ったかしら、照矢のお友達。本当に純粋そうで、他人の言葉を疑うってことを知らなそうなんだもの。実の妹のあたしから、お姉ちゃんは貴方を気に入ってるみたいだなんて聞かされたらどうするか。きっと今頃…」
その刹那、知香子の頬が鳴る。照矢が、知香子の頬を張ったのだ。
「言ったでしょう。お姉ちゃんとだなんて、絶対に許さないって。あたし、本気よ」
張られた頬を押さえもせず、知香子はにんまりと笑った。
知永子は沢木とふたり、夕暮れの道を歩いていた。相変わらず、会話は弾まない。
「ち…知永子さん!!」
ふいに、沢木が立ち止まって声を裏返らせた。意を決したように、知永子の手首を掴む。
知永子は、咄嗟に身構えた。しかし、沢木の男の腕力には抗えるはずもなく、雑居ビルの谷間へと連れ込まれてしまう。
「や、止めて下さい!!」
「な、何で…ぼ、僕のこと気に入ってくれたんでしょ?だったら…だったら……」
「えっ!?どういうことですか?」
「だ…だって、君の妹の知香子ちゃんが教えてくれたんだよ。君が僕のことを気に入ってるって……。姉は奥手だから、あなたの方からリードしてあげてくれって……。だから…恥ずかしがらなくていいんだよ」
沢木の言葉に、知永子は我が耳を疑った。
まさか、知香子が沢木にそんなでたらめを吹き込んでいただなんて…。
あまりのショックに、一瞬、体の力が抜ける。
「ねぇ、愛し合おうよ…」
しかし次の瞬間、沢木への嫌悪感から全身に力が戻ってきた。知永子は、あらん限りの力で沢木を突き飛ばす。そのまま、全力でその場から走り去った。
〈知永子は打ちひしがれていた。今日遭遇した、全ての出来事に…。
照矢の眼前で男を紹介されたこと。沢木の下劣な行為。そして、何よりも血を分けた実の妹であるはずの知香子からの裏切りに。〉
「どうゆうことなのよ!!」
何とか家路についた知永子を出迎えたのは、甲高い澄江の怒号だった。父と言い争いでもしているのだろう。たたきに並んだ父の革靴を眺め、そう思った。
元々仲睦まじい夫婦というわけでもなかったのだが、最近、両親の仲はめっきり悪い。父は滅多に家には寄りつかず、たまに帰って来ても常にこの調子だ。
知永子はうんざりして、二階にある自分の部屋へと向かおうとする。今日ばかりは、その醜いいざこざに巻き込まれたくなかった。
しかし、ふたりの口論は否応なしに知永子の耳に飛び込んでくる。
「うるさい!!わざわざ興信所を雇って亭主の行動を調べ上げるなんて、何て下劣な女だ。自ら家庭内の恥を晒すような真似をして、お前は露出狂か!!」
「何言ってるのよ!下劣なのはどっち?こんなにひどい裏切り、他に考えられないわ!!あなたこそ、婿養子のくせに恥を知りなさい!恥を!!」
「何かと言ったら二言目には婿養子、婿養子って…。お前の親父が傾かせたちっぽけな零細企業を、今の一部上場の大企業にまで築き上げたのは、この俺なんだぞ。お前のそういう粘着質で陰険な性格が、俺をこの家から遠ざけてるってことに、何故気がつけないんだ!!」
「あたしが粘着質で陰険ですって!?ふざけないでちょうだい!どこまで自分を正当化すれば気が済むのよ。父に拾われた貧乏農家の三男坊の分際で。今の地位があるのは、元はと言えばあたしの…倉内の家のお陰に他ならないじゃない!!それなのに、まだあの女と繋がっていただなんてね。こんな侮辱ったらないわ!!」
次の瞬間、知永子の足が止まる。
「だいたい、あたしが一体どんな思いで知永子を育ててきたと思ってるのよ!!あなたが、余所で作ったあの娘を!!」
気がつけば、知永子は再び雑踏の中をさ迷っていた。
あなたが、余所で作ったあの娘を!!
澄江の言葉が、頭の中をぐるぐると回っていた。
まさか…まさか、わたしが父の裏切りの果てに出来た子供だったなんて…。
しかし、衝撃に打ち震えるその一方で、どこか納得している自分もいた。考えてみれば、澄江はいつも自分に対して他人行儀だった。血の繋がりがないことを思えば、それも致し方ないことだったのかも知れない。
でも、よりにもよってこんな形でそれを知りたくはなかった。
知永子は、ただただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
「知永子さん!!」
照矢の声が聞こえる。次の瞬間、背後から抱きすくめられていた。
「…良かった。無事だったんだね。知永子さんのことが心配で、ずっと探し回っていたんだ」
照矢の声を耳にし、彼の力強い腕に包まれながら、知永子は嗚咽した。
「わたし…わたし……」
感情が昂り過ぎて、うまく言葉にならない。
「……知永子さん、今日のことで俺、決心がついたよ。俺、知永子さんのことが好きだ!!」
照矢からの突然の告白。
知永子は今日、三度目に我が耳を疑う。しかし前のふたつとは違う、喜びのそれだった。
「俺、あなたのことを愛してしまったんだ。もう…この気持ちを偽ることなんか出来ない。知香子とは別れる。だから…俺と付き合ってくれないか」
「…そ、そんなこと出来ないわ。あの娘を、知香子を……」
知永子は、それ以上喋れなかった。息も出来ないほど強く、照矢に抱き締められたからだ。
〈知永子は戸惑いながらも、幸福の中にいた。照矢の存在に、彼の言葉に救われていた。
まさかこの光景を、知香子が鬼の形相で凝視しているとも知らずに…。〉
「絶対にそうはさせないわ。照矢はあたしの…あたしだけのものなんだから!!」
血が吹き出しそうなほど強く唇を噛み締めてから、知香子はそう呟いた。地獄の底から響くような、怨念のこもった低い声で。
つづく




