第9話『新しい男』
「なあ、豪。あそこあそこ」
「あぁ!?」
豪華絢爛なミラーボールが七色の光を振り撒き、大音量の音楽が鳴り響く流行りのディスコのフロア、悪友のケンゴから肩を叩かれた刈谷豪は、彼の指差す方を目で追った。
まるでこの世の春を謳歌するかのように、羽根つきの扇子を振り乱しては踊り狂っているワンレン、ボディコン姿のギャル達に紛れ、ワンピース姿の少女が、ひとり壁にもたれて煙草を吸っている。
確かに綺麗な顔立ちをしてはいるが、明らかにまだ女子高生だ。
「…何だ、ガキじゃん。お前、ロリコンかよ」
「そんなこと言うなって。かなりマブいじゃん。それにあの娘、さっきからずっとあぁしてるんだぜ。なあ、お前ちょっと声かけて来てくれよ」
「はぁっ!?嫌だよ、てめえで行けよ」
「だって、お前の方がナンパの成功率高いんだもん。うまくいったらお前が先でいいからさ。なぁ…頼むって」
ケンゴに拝まれ、豪は舌打ちしながらフロアへと分け入っていく。
「ねぇ、楽しんでる?」
豪は人混みを掻き分け、少女の肩に揺さぶりをかけた。しかし、少女は乱暴にその手を振り払う。
「あんた、馬鹿なの?」
「えっ!?」
「楽しんでるわけないじゃない。ちょっとでも見てれば解りそうなもんでしょ」
そう言って、豪の顔に煙草の煙を吹きかけてきた。
少女の素っ気ない態度に、豪のスイッチが入る。思えば、昔から無理めなことにほど燃える性格だった。
「ねぇ、楽しもうよ。せっかくディスコに来てるんだから、楽しまなきゃ損じゃん」
「あのさぁ…消えてくんない?はっきり言って目障りなんだけど」
歯に衣着せぬその物言いに、ますますそそられる。
少女は吸いさしを灰皿へと押しつけ、その場から離れようとする。豪はすかさず、その手首を掴んだ。
「そんなこと言わないでさぁ、ちょっとでいいから付き合ってよ。絶対に楽しませてみせるから」
「……」
「ねぇってば!」
「…本当に?」
少女は、挑むような視線で豪を見上げてくる。強がった瞳の奥にあるかすかな怯えの色に、豪はさらに興奮した。
「うん。約束する!」
「だったら、とりあえずここから連れ出してよ。気が紛れるかと思って来てみたんだけど、全くの逆効果だったわ。こいつら皆、馬鹿みたい。脳味噌の中にまで扇子の羽根が詰まってるんじゃないの」
「解った。この近くに馴染みのバーがあるんだ。そこでいい?」
「ここよりマシなとこなら、どこだっていいわ」
「じゃあ決まりだね。さあ、行こう」
言うが早いか、豪は少女の腰へと腕を回す。
翌朝、知香子は全面ガラス張りの悪趣味なラブホテルの回転ベッドの上で目を覚ました。慣れないアルコールを煽ったせいか、頭が痛む。
初めての無断外泊。澄江の顔を思い浮かべ、若干心が痛んだが、知永子と顔を合わせることを思うと、到底家に帰るつもりになどなれなかった。
「…起きたのか?」
隣りで寝ていた男が、起き抜けのしゃがれ声で聞いてくる。
昨夜、ディスコでナンパしてきた男だ。知香子は、二日酔いの頭でその男の名前を思い出そうとしてみたが、すぐに覚える必要もないことに気づく。どうせ、もう二度と会うこともないだろう。
「なぁ、起きたならまたしようぜ。お前、最高だったよ」
男は、知香子を抱き寄せ囁いた。知香子はそれを鼻で笑い、男の腕を振り払う。
「…あたし、帰る」
「はぁ!?」
知香子は無言のまま立ち上がり、無造作に脱ぎ捨てられていた自らのワンピースを拾い上げた。
「なあ…どうせ、帰るとこなんてないんだろう?愛する男を奪った姉貴のいる家になんか帰りたくないんだよな」
身支度を整え、バッグを手にさっさと部屋を出て行こうとする知香子の背中に、男が叫ぶ。
「何で知ってるのよ!!」
知香子は、鬼の形相で振り返った。地獄の業火に灼かれたようなその表情に、豪はぞくぞくと背中が粟立つのを感じる。
「寝言だよ、寝言。絶対に許さないって、言ってたじゃん」
「あたし…そんなことまで……」
「あぁ、ずっと言ってたぜ。お陰でこっちはすっかり寝不足」
男は、ひとりで笑った。
「…あんたも、ずいぶんいかれた男ね。そんな女の横で、よくもまぁ寝れたもんだわ」
「お生憎様。俺は、昔っからあんたみたいに頭のネジが一本も二本も抜けたようないかれた女が好みでね」
「あんた、名前は?」
「ひでぇな、忘れたのかよ」
「悪いけど、聞いたことさえ覚えてないわ」
言いながら、知香子は再びワンピースを脱ぎ捨てて男へと跨がる。
「刈谷豪。十九才のB型で、こう見えて乙女座。出身は熊本で、趣味は…」
「名前だけでいいわ。それから、連絡先」
豪の口を塞ぐように、唇を押しつけた。彼の手を自らの乳房へとあてがい
「ねぇ、あたしを抱きたい?」
と尋ねる。
「あぁ…」
「好きなだけ抱いて…。その代わり、あたしの頼みを聞いてちょうだい」
豪の背中に爪を突き立て、知香子は譫言のように呟いた。
放課後デートの帰り、照矢に家まで送られた知永子は、玄関の前でひっそりとキスをする。
「このまま、時間が止まってしまえばいいのに…」
「あぁ…」
「また明日になれば会えるのに…別れるのが辛いわ」
「あぁ…俺もだよ」
ひしと抱き合い、ふたりして別れを惜しんだ。
〈知香子との壮絶な修羅場の果てに訪れた幸せ…。照矢の胸に包まれ、知永子はしみじみとそれを噛み締めていた。
しかし無情にも破滅の足音は、すぐそこにまで忍び寄っていたのである。〉
「知香子ちゃん!!」
知永子を出迎えたのは、血相を変えた澄江だった。
「あら…何だ。知永子さんだったの…。全く、ぬか喜びさせないでよ」
澄江は、あからさまに落胆の色を示す。
「知香子、まだ帰って来ないんですか?」
「そうなのよ。昨日学校に行ったきり、何の連絡もないの」
その時、再びドアが開けられた。
「知香子ちゃん!!」
知永子を乱暴に押しのけ、澄江は知香子へと飛びつく。
「一体、一晩も家を空けて今まで何をしていたっていうの。ママ…心配で心配で、どうにかなってしまいそうだったのよ」
「ごめんなさい…。もうすぐ定期テストでしょう。友達の家で、徹夜の勉強会を開いていたの。でも、ちゃんとお姉ちゃんに伝言を頼んでおいたのよ。聞いてなかった?」
「えっ!?」
「あら、知永子さんからは何も聞かされてないけど…」
「…お姉ちゃん、ちゃんと伝えておいてくれないと困るじゃない」
知香子は、知永子を睨みつけた。寝耳に水だったが、知永子は蛇に睨まれた蛙のように萎縮してしまう。
「ねぇ…」
「…す、すいません。わたし、すっかり忘れてしまってました…」
「まあ!すっかり忘れてたなんて、よくもまあ抜け抜けと。知永子さんには、本当に困ったもんだわね。ちょっとばかり勉強が出来ると思っていい気になって…。心根では何を考えているのか、解ったもんじゃないんだから」
「本当に…しっかりしてよね」
知香子と澄江のふたりから詰め寄られ、知永子は
「すいません…」
と頭を下げる他なかった。
「今までどこで何をしていたのよ!!」
マンションに帰った豪も、同じように詰め寄られていた。
相手は小宮麗香。豪の同棲相手で、地方の大地主を父に持つ令嬢である。豪にとってはパトロンのような存在で、彼は親から莫大な仕送りをもらう彼女に生活全般の面倒を見させていた。
「うるせぇよ!」
腕に絡みついてくる麗香を乱暴に振り払い、豪は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「ケンゴくんから聞いてるのよ。あなた、高校生のガキを捕まえて、モーテルに時化込んだんでしょ」
「何だ、解ってんならわざわざ聞くなよ。…ったくあの野郎、おこぼれもらえなかったからってチクりやがって」
言いながら、缶ビールを煽る。
「何よ、開き直るつもり?どうゆうつもりよ。あたしがいなかったら、一日だって生きてもいけないヒモのくせに!!」
「ふんっ。お前こそ、俺がいなけりゃ生きていけないだろ。俺のナニがなけりゃな」
抵抗する麗香を抱き寄せ、強引にフローリングへと押し倒した。体にフィットする彼女のボディコンを、破るように脱がす。
「いや…い、いや……」
「何が『いや…』だ、この牝犬が。お前は、男のナニがなきゃ生きられない淫乱な牝犬だろ」
片手で自らのズボンを脱ぎ捨て、豪は麗香へと突き立てた。彼女の口から、明らかな吐息が漏れる。
「知香子……」
麗香を犯しつつも、豪が頭の中で抱いていたのは知香子だった。
つづく




