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Phase8-2:正義を行うべし、たとえ世界が滅ぶとも

 突然周囲が暗くなって、ルシオラと村内は身構えた。

「そんなに警戒しないでください。別になにも襲ってきはしません。見てください」

 コンスルは腕を真っ直ぐに伸ばし、ルシオラと村内の背後の空を指差した。二人が振り返り、それを見て、言葉を失った。

 さっきまで神殿から見えていた青空は、暗闇に変わっていた。そしてその暗闇に、数えきれないほどの星々と、重なり合う二つのいびつな円が浮かんでいた。

 「ここは……オムニスの月の上……」

 二つの円に釘づけになっている村内の言葉に、コンスルは静かに頷いた。

「付いてきてください。神様に会いに行きましょう」

 四人は神殿を出ると、でこぼことした月面を歩いていった。


 月の神殿のあった場所から数分歩いたところで、ルシオラと村内は少し先に二つの人影を認めた。その人影は月面に転がるアーティファクトで遊んでいるように見える。

「リサ」

 口を開いたのはノックスだった。コンスルの手を離れ、ノックスは月の上を駆けていく。

「リサ……?」

 ルシオラはその名前を知っていた。二つの人影は、ノックスを見つけて立ち上がる。ルシオラたちも近くまで来て、その二人の姿をはっきりと目にした。

「ようこそ」

「月の世界へ」

 二人の病的に肌の白い少女は、声を合わせてそう言った。髪や着ているワンピースも白く、その姿は月に住むウサギを思わせた。二人の目元には月が僅かにかけたようなマークがあり、四つの赤い瞳が、ルシオラと村内を見つめる。

「僕たちが来ることを知っていたのか……?」

「失礼ながら、オムニス内のすべての事象は我々の監視下にあります」

「先程の会話も聞かせていただきました。招かれざる客ではありますが、彼が連れてきたのであれば話を聞かないわけにはいきません」

 ルシオラは生唾を飲み込んだ。この二人の喋り方に、プロトエイミーと対峙した時と同じ緊張感を覚える。それと同時に、奇妙な親近感が湧きつつあった。

「久しぶりだね、リサ」

「お久しぶりです、ノックス」

「声を獲得したのですね」

「うん。リサは二人になったの?」

「ええ。そして今はリサではないのです。私の名前はアエラ」

 右の目元に欠けた月を持つ少女が言った。

「私の名前はイーオン。二人でこの世界を管理しています」

 左の目元に欠けた月を持つ少女が言った。

「声、声だ。聞き覚えが……」

「“なにかご用でしょうか?”」

 イーオンの機械的に加工されたその声を聞いて、ルシオラは鳥肌が立った。

「そう。あなたは今月十一日の午後二時三十二分五十二秒の時点で、答えを口にしていたのです」

「と言っても、その時点での私たちは、単にノックスの友達であるという認識だったでしょうけれど」

「お、お前たちは……」

「私たちはオムニスの全システムを統括する」

「論理的思考能力を持つプログラムです」

 それを聞いて、村内は困ったように笑った。

「論理的思考能力を持つプログラム、ですか。それって、この世界において僕たちとなにか違いがあるんでしょうかね」

 事実、イーオンとアエラはこの仮想世界で体を獲得し、プレイヤーである村内たちの前に立って、自らの思考で会話をしている。

「我々は先代から膨大なコミュニケーションのサンプルを受け継ぎました」

「普通の人間と区別できない程度には、自然な言葉を選んでいるつもりです」

「信じがたいですね。人工知能の研究は、戦後徐々に衰退していったと聞いていますが」

「私たちの基礎が作られたのは戦前のことです」

「スカイネットという素晴らしい拠り所ができたことによって、私たちはさらなる進化を遂げることができました」

「一体、誰がお前たちを?」

 唖然としていたルシオラが、ようやく口を開いた。

「残念ながら、私たちには私たちの開発者が誰なのか、詳しくは教えられていません」

「しかし唯一、私たちの開発者が私たちにプログラムしてくれた行動原理があります」

「行動原理……?」

「人類のより良い未来を模索すること」

「そして、ネットワークが人と人を繋ぎ、お互いに傷つけあったり、地球を破壊しなくて済む世界を作ること」

「この行動原理に従って、私たちはこの世界を作ったのです。彼の力を借りて」

 二人は揃って、コンスルを手で示した。

「私がトロン・ツールズと関わりがあることも、ご存知でしょうか?」

 ルシオラは申し訳なさそうに頷く。

「私はトロン・ツールズがインターフェイスのテスターを募集していることを知って、息子のことを話しました。トロン・ツールズは話を聞いて、是非テスターになってほしいと言ってくれました。私は……ゲームの中で初めて、息子の立つ練習を手伝うことができたんです」

 コンスルは嬉しそうに語る。

「私と息子は、そのゲームの中でコミュニケーションを取るのが日課になっていました。そしてある日、そのゲームの中で彼女に出会ったんです。その時は一人でしたが。私たちも最初は人間だと思いこんで、色々なことを話しました。彼女たちの思想を聞いて、私は強く共感したんです。私は彼女に協力を申し出ました。そして、息子のことを話したんです」

「その節は、大変なご迷惑をおかけしました」

 アエラが深く頭を下げて謝罪する。

「どういうことですか?」

「彼と出会った時、正確には私たちは一人ではありませんでした。むしろ、無数の独立した思考が混在していたのです。しかし彼の戦争の話を聞いて、堂々巡りを続けていた私たちの議論は紛糾しました」

「その際、スカイネットの処理能力を上回る演算が発生し、一時的に接続障害を引き起こしてしまいました。申し訳ありませんでした」

 今度はイーオンが頭を下げた。

「なるほど……そしてその議論の結果、この世界を作ることが決まったと」

 二人は同時に頷いた。

「議論は最終的に、二つの対立する意見と、一つの共通する意見に集約しました」

アエラは言う。

「一つは、“これ以上の科学技術の進化を抑止し、人類が被害を被らないようにしていく”」

 イーオンは言う。

「一つは、“さらに科学技術の進化を促進し、私たちの予測を超える技術を開発させていく”」

「そして共通した意見が」

「“一時的に人類を保護する世界が必要である”ということです」

 村内だけでなく、ただ話を聞いていたルシオラも、ようやくオムニスの全貌を理解することができた。

「私たちは人類を一時的に保護するためにオムニスを作りました。そして、対立した二つの意見のどちらが正しいかを検討するため、その中に二つの世界を作り、人々の動向を観察していたのです」

「これが、私たちのお話できることのすべてです」

「以上のことから、私たちはオムニスの運営停止を推奨しません」

 一通りの話を聞いて、ルシオラと村内は沈黙した。考えを整理する時間が必要だった。

「ゆっくりと考えてください」

「私たちはアーティファクトの審査をしていますので」

「僕も手伝う」

 ノックスも混じって、三人でアーティファクトをいじり始めた。コンスルが公園で遊ぶ子供たちを見守るように、傍らに立った。

 ルシオラは腰が抜けたように、近くにあった椅子のアーティファクトに座った。村内も流線形のオブジェに腰を下ろして、三人の無邪気な姿を観察する。

「これは、どうしたものかね」

「なんというか……もうわけがわからないですね。混乱してます」

「なにかわからないことが?」

「いや、そうじゃなくて……。私はそもそも、この世界が憎かったんです。オムニスが生まれて、父がいなくなって、母が死んで。この世界はなにかおかしい。みんな気付いていないだけなんだって。だから私は、それを暴くために警察官になった。だけどいつの間にか……私もこの世界を、この世界の仲間たちを、好きになってました」

「だろうね。執念だけじゃ、短期間でここまでのプレイヤーになることはできないよ」

「おかしいですよね。折角オムニスの秘密を暴くことができたのに、オムニスをまだ終わらせたくない自分がいて。ほんと、なにが正しいのやら……」

「うーん」

 村内は口に手を当て、いつもより芝居がかった様子で考え始めた。

「どうしたんです?」

「いや、困ったことになったと思ってね。確かにオムニスを動かすプログラムは発見できたけど、実質的な運営者である、彼女たちの開発者はわからずじまいだ。かと言って、プログラムを拘束するなんてこともできないしねえ……」

 困った素振りをしながら、村内は不敵な笑みを見せた。少しの間を置いて、弥永はその笑みの意味を理解する。

「そうですねー。困りましたねー。これはなんの成果も得られなかったということですよねー」

 あまりの棒読みに、村内は思わず噴き出した。釣られて、弥永も笑いだす。

 頭上には広大なオムニスが広がり、そこでは今も人々が生活をしていた。お茶をしながら他愛のない会話を楽しむ者。ミッションやダンジョンでロスを稼ぐ者。ギャンブルに興じる者。緩衝地帯で宝を探す者。仮初めの世界でも、そこには確かに人がいた。

「帰ろう。僕たちは不思議なバグに遭遇した。それだけだ」

「……はい」

 二人は立ち上がり、ノックスたちに駆け寄っていった。村内が座っていたオブジェのアーティファクトが、丁度緩衝地帯へと転送された。

「――え」

 次の瞬間。そこにいた六人は暗闇の中に投げ出されていた。立っていたはずの月面はどこにもなくなっている。

「な、なんだこれ!」

「これは、一体……」

 重力を失って、二人は虚空でじたばたと手足を動かすことしかできなくなった。

「掴まってください」

 いつの間にか、イーオンがルシオラたちの傍まで浮遊してきた。二人はその細い腕につかまる。少し離れたところでは、ノックスとコンスルがアエラに保護されていた。

「なにが起きたんだ?」

「異常事態です。オムニスのゲーム内時間が巻き戻りました」

「あれを見てください」

 近くまでやってきたアエラが指差した先には、さっきまで六人が立っていたはずの月が小さく見えていた。

「時間が巻き戻る? そんなことが起こるんですか?」

「オムニスはスカイネット上のワールドクロックを参照しています」

「考えられないことですが、ワールドクロックが狂えば、オムニス内の時間も狂います」

「スカイネットのワールドクロックが狂う……? そんなの、それこそスカイネットの歴史上で一度も起こったことがないことだ」

「スカイネットのワールドクロックは世界中の天文台が協力して管理しています。どこかの天文台に異常が発生しても、別の天文台がすぐにフォローするはず。すべてが一斉に狂うなんてことは、ほとんどありえない……嫌な予感がします」

 村内がそう言うのとほとんど同時に、インカムに通信が入った。一呼吸置いて、村内は耳に手を当てた。

「村内です」

『あ、村内さん! ミヒロです! 今どこですか?』

「あ、えーと……ちょっとイーオンからは遠いところに」

『ミッション中ですか? なんかヤバいんですよ! 突然オムニスが夜になったと思ったら、緩衝地帯のアーティファクトが急に……』

「アーティファクトが? どうしたんです?」

『その、なんていうか……空に浮き始めて、一箇所に集まり始めてるというか……』

「……まさか」

「どうしたんですか?」

「今、オムニス内は何月何日ですか」

「四月二十一日です」

「全域で、ダメージ判定がオンになっています」

 イーオンとアエラが答えて、村内は絶句した。耳元でミヒロの声が響く。見ると、虚空に浮かぶ二つの円が重なる中心で、なにかが蠢いているのが見て取れた。

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