Phase8-1:正義を行うべし、たとえ世界が滅ぶとも
「やあ。私を呼び出すなんて珍しいですね」
太陽の神殿の階段に腰掛けていたルシオラは、立ち上がってコンスルを迎える。
「すいません、お忙しいところを」
「いやいや。部下が優秀ですので、実のところ私の仕事はあまりないんですよ」
そう言って、コンスルは朗らかに笑う。
「それで……わざわざ緩衝地帯に呼びだしたということは、なにか人に聞かれたくない話でしょうか」
「ええ。この時期はリスポーンしてくる人もあまりいませんし。良かったら座ってください。立ち話もあれなので」
ルシオラに促され、コンスルも階段に腰を下ろす。
「オムニスは良い天気ですね。現実は雨ですが」
「そうですね」
二人はしばらく、早朝の緩衝地帯の空を流れる白い雲を眺めた。西の空には白い月が浮かんでいる。先日のショウタイムで緩衝地帯はかなり荒れていたが、今も新しいアーティファクトが次々と生み出されていた。
「それで……話とはなんでしょう」
「……私は今、迷っています。話すべきか、話さないべきか」
コンスルが横を見ると、インターフェイスがホタルの苦しそうな表情を忠実に読み取っていた。
「気にしないで、話してください。覚悟はできています」
顔を向けてきたルシオラに、コンスルは穏やかな笑みを見せた。
「ありがとうございます。……実は、私は警視庁VR犯罪対策課に所属する、警察官です」
「ええ、なんとなくそういうお仕事の方なんじゃないかと思っていました。群馬にお越しになられた時も、なにやら調べごとをなされていたようだったので」
ルシオラは申し訳なさそうに顔を伏せた。
「……気付いていたんですね。すいません、あんなに親切にしてくれたのに」
「いえいえ。なにか理由があってのことだと思っていましたから」
「本当に、すいません。私たちは今、オムニスの運営者を捜索しています。……オムニスの運営を、止めるために」
コンスルは頷いた。
「あなたがオムニスの運営者ではないかという嫌疑がかかっています。認めますか?」
コンスルは緩衝地帯の風景を真っ直ぐに見つめ、答えた。
「残念ながら、私はオムニスの運営者ではありません」
予想外の答えに、ルシオラは面食らった。
「運営者ではない……?」
「ええ。私ではありません。ゆえに、私はオムニスの運営を止めることができません」
戸惑いながらも、ルシオラは用意していたカードを切る。
「……証拠が、あります」
「証拠、ですか」
「あなたのことも、以前少し調べさせていただいたことがあります。だけどその時は、あなたをオムニスの運営者だと決定付ける情報はなかった。ただ、私は無意識にオムニスに関するすべては戦後に始まったと考えて、戦前まで掘り下げて調べていませんでした。……あなたは以前、学生時代の仲間と仮想通貨を使ったSNSサイトを運営していたと言っていましたね?」
「はい。それは間違いありません」
「ログインしたまま、インターフェイスを取っていただけますか」
コンスルは状況を理解し、言われた通りインターフェイスを外した。孤児院として使っている校舎の、見慣れた校長室に戻ってくる。降りしきる雨の音にまぎれて、ノックの音がした。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのは、インターフェイスを装着したスーツ姿の弥永ホタルだった。弥永は縁のスイッチを押して、インターフェイスを外す。
「事前に連絡もせず、突然押し掛けて申し訳ありません。これを見てください」
弥永が机の上に置いたのは、数枚の紙だった。そこには端末のスクリーンショットが印刷されていた。
「これは……よく見つけましたね」
土佐はその紙を手に取り、懐かしそうに眺める。
「あなたとそのお仲間が運営していたという、SNSサイトのキャプチャー画像です。かなり苦労しましたが、なんとかキャッシュを見つけました。もう言わずともおわかりでしょうが、このSNSサイトで使われていた仮想通貨……」
土佐は頷き、弥永に笑みを見せた。
「……ロス、という通貨を使っていました。よく英語のロスと勘違いされますが、ラテン語では“雫”という意味なんですよ」
「あなたは戦前の時点で、ロスという仮想通貨を生みだしていた。偶然ではありませんよね」
「ええ、偶然ではありません」
「それを踏まえて、もう一度オムニスへ」
土佐はもう一度、仮面を被った。弥永は携帯端末を取り出し、村内を呼び出す。
「お願いします」
それだけ言って通話を切ると、弥永も仮面を被る。
二人が緩衝地帯に戻ってきた。
「さあ、次はなにを見せてくれるんですか?」
「会っていただきたい人がいます」
太陽の神殿の上を、白いフライングドッグが通過していった。旋回して戻ってくると、降りる場所を見つけて着陸する。
しばらくして、村内がノックスを連れて現れた。
「お父さん」
ノックスはコンスルを見つけるや否や、そう言った。ルシオラと村内が目を見合わせた。
コンスルはノックスに近付き、中腰になって頭を撫でた。
「やあ。この世界で会うのは初めてだね」
「そうだね」
「どうだい、楽しいかな?」
「うん。新しい友達も沢山できたよ」
ノックスが僅かに口角を上げて微笑み、コンスルは心から嬉しそうに笑った。
「そうか。それは良かった。本当に」
「コンスルさん。あなたはオムニスを利用して、大きく世界を動かすきっかけを作りました。それは単に上手く利用しているというレベルを超えて、こうなることを予期していたかのようだ。ロスという仮想通貨の出自の件もある。……認めていただけませんか」
村内の説得に、コンスルはゆっくりと首を横に振った。
「なぜです。……やはり、この幸せを壊したくはありませんか」
「もちろん、それはそうです。しかし私は、本当にオムニスを運営しているわけではないんです」
「ということは、他にオムニスを運営している者がいるんですね?」
ルシオラがはっとした様子で村内を見た。コンスルは真っ直ぐに立ち、村内と視線を合わせて頷く。
「あなたはその人物を、知っているんですね」
「ええ」
「教えてください。一体誰が、この世界を動かしているのか」
コンスルはノックスの頭に手を置いた。
「会いたい、ですか? そして、オムニスの運営を止めさせる」
「ええ。そういう仕事なんです。申し訳ありませんが、お願いします」
コンスルが視線を下ろすと、ノックスが不思議そうな顔で見上げてきた。
「……わかりました、ご案内します。こちらへ」
コンスルはノックスと手を繋ぎ、太陽の神殿の中へと入っていった。ルシオラと村内もそれに続く。
神殿の中にはリスポーンしてくる者も新規プレイヤーもおらず、変わらないその朽ちた姿を保ち続けていた。
コンスルとノックスは剣を突き付けあった二つの銅像の前まで来て、二人を振り返った。
「ここまで、来ていただけますか」
コンスルが指差したのは、神殿の床に刻まれた二つの円だった。ノックスと村内は、その円の中へと足を踏み入れる。
「この像のことを、ご存知ですか」
「確か、イーオンとアエラ、二つの世界を司る神だと聞いたことがあります」
村内が答える。
「その通りです。特に公式な設定として発表されているわけでもないのですが、この像は確かに、この二つの世界を司る神を模しています。そして、この足元の円は二つの世界を表している」
「……まさか、神様がいるとでも?」
「……オムニスの黎明期、この世界には様々なバグが残っていました。突然おかしなエリアにワープさせられたり、正体不明のNPCを見たり。今ではほとんどすべてが修正されていますが、一つだけ、故意に残されているバグがあります。というより、これは私のために用意された仕様なのですが」
「バグ……?」
「……“正義を行うべし、たとえ世界が滅ぶとも”」
太陽の神殿から、四人の姿が消えた。




