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Phase7-2:真実に達したかどうかを疑うことが必要である

「以上。とか言われてもなあ」

 弥永は車の窓枠に顎を置いて、インターフェイスの開発販売を行っているトロン・ツールズの社屋を眺めていた。ここに来るのは二度目になる。

 弥永たちは日本政府の依頼を受け、すでに昨年からオムニスに関する捜査活動を行っていた。オムニス内ではガイドラインの人脈を使って情報を集め、リアルでは村内の運転する車両で地道に関連企業を回った。しかし有力な情報を手に入れることのできないまま、今に至っている。

 トロン・ツールズ正面の自動ドアが開いて、大谷が弥永を手招いた。弥永は窓を閉めてから車を降り、村内から預かった鍵で施錠する。

「以前と同じ応接室です。村内さんは先に行ってます」

「ん」

 弥永が大谷と合流すると、二人揃ってトロン・ツールズの社内へと入っていく。


 応接室にはすでに村内と取締役がおり、話を始めていた。

「度々すいません」

 弥永が軽く頭を下げる。あとから大谷も入ってきて、二人もソファに並んで座った。

「やあ、どうもどうも。なにかお役に立てることがあればいいんですが、特に新しい情報もなくてですね」

 取締役は困ったように腕を組んで唸った。村内は予想していた答えに、話題を切り替える。

「では個人的な意見をお聞きしてもいいでしょうか」

「はあ、なんでしょう」

「オムニスの運営者が姿を現さない理由として、どんなことが挙げられると思いますか?」

「そうですね……。このまま世界を乗っ取ろうとでもしてるんですかね」

「乗っ取る?」

「だってそうでしょう。今やなんでもかんでもオムニスの中で済ませる時代になった。現実の世界の価値は、あらゆる意味でどんどん下がってきている」

「……そういう意味では、もうこの世界は乗っ取られているのかもしれないですね」

 弥永がこぼした言葉に、取締役は大きく唸った。

「私も時々そう感じます。しかし一方で、オムニスの運営者なんてものは存在していない可能性もある」

 大谷が苦笑する。

「存在していないわけはないでしょう。オムニスが存在している以上、誰かが作ったわけですから」

「確かに起点は存在したはずです。しかし、ゲームというのは所詮プログラムです。スカイネットの処理能力をもってすれば、製作者の手を離れても動作し、自らを更新するプログラムを動かすことができるでしょう。となると、特定の“運営者”というものは存在しないことになるんじゃないですかね」

「なるほど……」

 取締役の説得力のある説明に、大谷は納得する。

「でももしそうだったとしたら……もうお手上げですね」

 弥永はソファに思い切り寄りかかって、深く息を吐いた。

「そういえば、群馬の方はどうだったんです? 前に行くって言ってましたよね」

「ああ、行ってきたよ。村内さんには報告したけど、リアルのロクスソルスは文字通り“人里離れた里”だった。一番有力だったアエラのお偉いさんの本拠地には、子供のおもちゃレベルの端末が並んでたよ。他にも回れるだけの建物を回って色々な人に会ってきたけど、あれだけの大規模なオンラインゲームを運営できるような環境ではなかったね。古き良き、日本の田舎さ」

「おお、ロクスソルスに行ってきたんですか」

 弥永の話に、取締役が興味を示した。

「ええ。ご存知なんですか?」

「ご存知もなにも、オムニスではロクスソルスに住んでましてね。土佐さんには色々とお世話になっております」

「ああ、なるほど……」

「あ、ゲーム内だけの話じゃないんですよ。我が社のインターフェイス開発にも手を貸していただいておりまして――」

「ロクスソルスの執政官が、インターフェイスの開発に携わっていたんですか?」

 黙っていた村内が、突然口を開いた。取締役は戸惑いながらも頷く。

「え、ええ」

「それはいつからですか」

「丁度オムニスが生まれる二年ほど前だったと思いますが……なにかおかしいですか?」

「いや、おかしくはありません。ただ少し、できすぎているような気はしていますね。その土佐さんが、不自然なほどにオムニスの発展の中心にいる」

「ああ、それは考えすぎですよ。テストに参加してくれた方は他にも沢山いますし、実際に協力してもらったのは主に息子さんの方ですから」

「息子……?」

 今度は弥永に疑問が生じる。

「確か土佐さんの息子さんは、生まれた時から病院暮らしだと聞いてますが……」

「ええ、そうなんです。なんでも“ロックトイン・シンドローム”という麻痺の一種だそうで。意識はあるんですが、四肢を動かせなかったり、発話ができなかったりという症状があるんです」

「そんな症例があるんですか……。でもなるほど、そういう患者さんもインターフェイスがあれば、オムニス内で活動できるわけですね」

 大谷が感心して目を輝かせた。それに気を良くしたのか、取締役はさらに饒舌になる。

「ええ。さらに我が社では、思考音声出力システムの開発も進んでおりまして。人間は文章を読む時に一度脳内で音声に変換しているんですが、その音声を電気的に読み取ってですね、合成音声として出力することができるんです。今丁度、土佐さんの息子さんにテストしていただいているところなんですよ」

「素晴らしいですね。そんな技術がもう……どうしたんですか?」

 弥永と村内の愕然とした様子に気付いて、大谷が話を区切った。

「村内さん……」

「うん。僕も今、弥永君と同じ推論が浮かんでいると思う」

「え? え? どういうことですか?」

 大谷だけでなく、取締役も困惑した様子だった。

「正直、私もまだすべてを説明できるわけじゃない。ただ……」

「僕たちが思っている以上に、真実は近くにあるかもしれない」

「それは、運営者が僕たちの身近にいるってことですか?」

「大谷。まず言っておかなきゃいけないのは、たぶんその土佐さんの息子っていうのはノックスのことだ」

「……一体どこからノックスの話が出てきたんです?」

「憶測でしかないが、条件は揃ってる。インターフェイスの開発が始まったのがオムニスの生まれる二年前ということは、今からおよそ十五年前のことだ。その頃からインターフェイスを使っていたのなら、いきなりキャラクターをあそこまで動かせるのも頷ける」

「さらに言うのなら、普通の人間と違って他の運動機能が制限されていることで、思考能力に特化することも充分に考えられる。あの人間離れした操作も可能になるのかもしれない」

「いやでも、おかしいですよ。それならなぜオムニスが始まった時点でプレイを開始しなかったんです?」

「お前……そんなんだから無能司令官とか言われちゃうんだよ」

「ぐっ! な、なぜそれを……!」

 弥永の暴言に大谷は悶えた。

「一分前の会話を思い出せ。土佐さんの息子さんは、“今丁度、思考音声出力システムのテストをしている”んだぞ」

「あああ、わかりました! これまでは会話をすることができなかったんですね!」

「お前必死だな……」

「それに加えて、その息子さんはずっと病院にいたわけだから、一般的な常識や体の動かし方を知らない可能性も高い。教育をする期間も必要だったんだろうね。ちなみに初期のインターフェイスのテストっていうのは、具体的にどんなことをしたんですか?」

「あ、ええとですね。我が社が運営しているソーシャルサービス内で、3Dのアバターを思考で動かすテストです」

「それは、土佐さんも参加することができましたか?」

「え、ええ。サービスはオープンなものでしたから、普通の端末からログインすることも可能でした」

「となると、ますますこの説の信憑性が高くなる」

「いや、でもですよ。仮に土佐さんの息子さんがノックスだったとして、それがなんなんです?」

「よく考えてみろ。村内さんの言う通り、できすぎているんだ。土佐さんはロスが台頭する大きな要因を作り、インターフェイスの開発にも協力していた。さらに障害を持った息子さんが、オムニス内で社会進出できる世界に、今まさになりつつある。実際にノックスは、あれだけの大舞台で素晴らしい活躍をした」

「その土佐さんが、そうなるように仕組んでいたというんですか……?」

 そう訊ねられて、弥永は黙った。

「え、違うんですか?」

「いや、その可能性が高い。ただ、決定打となる証拠がないんだ。推測の域を出ない」

 黙った弥永の横で、村内が代弁する。一同が沈黙する中、弥永が立ち上がった。

「……村内さん。戦前にまで遡って、もう一度調べてみたいことが」

「好きに動いていいよ。僕が責任を取るから」

「ありがとうございます。……昔、父さんに教えられた言葉を思い出しました。“真実に達したかどうかを疑うことが必要である”」

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