Phase5-8:人は教えている間学んでいる
ウルブスに隣接する街の中で最も大規模な都市、マグニフィセント・ヴァレイ。そこはプレイヤーたちによって組織された、イーオン空軍の総司令部だった。アエラとの戦争であるショウタイムの際には、イーオン側の最も大きな戦力として活躍する。
マグニフィセント・ヴァレイ東部には格納庫があり、軍に所属しているプレイヤーの戦闘機や兵装が保管されている。五人がやってきたのはその格納庫の一つだった。
「これはなに?」
ノックスが見上げていたのは、二つの巨大な球体だった。少し高い台の上に鎮座したそれに、無数のケーブルが取り付けられている。
「そうだな……簡単に言えば、ロボットに乗って戦うゲームだよ」
ケイの言葉に、ノックスは目を輝かせる。
「ロボットに乗れるの?」
「ああ。これからこのゲームで、村内さんと戦ってもらう」
「お手柔らかにね」
村内は柔和な笑顔でそう言うと、左側の球体内部へと続く階段を上っていった。
「変な話だけど、これは本当にゲームの中のゲームだ。気兼ねなく遊んでいい」
「うん。わかった」
ノックスは無表情だが楽しげに頷いて、右側の球体内部へと階段を上っていった。
「……どういうつもりなの? まさか、村内さんが負けるとでも?」
「その可能性もあり得る」
ケイの言葉に、ミヒロは信じられないという様子で黙った。
「さ、スクリーンで見よう」
ヴァレイに促されて、残された三人は格納庫の隅にあるスクリーンの前へと移動する。ケイは耳に手を当てて、インカムを起動する。
「どうだノックス。コックピットの乗り心地は」
『かっこいい』
ノックスの声は、スクリーン脇のスピーカーからも流れた。
「それは良かった。操作は簡単だ。操縦桿を握った状態で、動かしたいように思えばいい」
『いつもと同じ?』
「そうだ。武器もさっき使ったのと似たやつにしておくからな」
『わかった』
「じゃ、ヴァレイさんよろしく」
ケイはインカムをミュートにして、ヴァレイに指示をする。ヴァレイは上を向いて、中二階のコントロールルームにいる技術者に合図を送った。技術者がコンソールを操作して、シミュレーターが起動する。
スクリーンの表示が切り替わり、全面にグリッドが引かれた空間が映し出された。カメラが切り替わり、分割された画面にそれぞれ流線形のロボットが表示される。
『浮いてる』
「そうだ。ヤタガラスの時と同じで、全天周囲モニターになってる」
『あのロボットと戦うの?』
ノックスは正面に映る、かなり遠くに浮いているロボットを指して訊く。
「ああ。ちなみに“ラインの乙女”って言うんだ。全部で三機あって、その機体はヴォークリンデ。ノックスも同じのに乗ってるんだぞ」
『ワーグナー?』
「よく知ってるな。由来には諸説あるけど、単純にラインを引いてくれる綺麗なロボットだからっていうのが通説かな。俺と初めて会った日に見た、緩衝地帯のラインを覚えてるか?」
『うん』
「あれはラインの乙女が引いたものなんだ」
『なぜラインを引くの?』
「少し長くなるぞ。一週間後、オムニスで戦争が起こる。イーオンとアエラが戦う戦争」
『戦争……』
「そんなに深く考えなくていい。ショウタイムって呼び名の通り、本当にただのイベントなんだ」
『うん』
「で、そのショウタイムでイーオンの主戦力になるのが、三機のラインの乙女。ヴォークリンデ、ヴェルグンデ、フローズヒルデって言って、それぞれソルジャー、シーカー、メディックの役割を担ってる。相手にも同じような役割の召喚獣が三体いて、それと戦うのが大きな仕事の一つ。そして同じくらい重要な仕事が、地上部隊の進行ルートの確保だ」
『進行ルート?』
「アエラまで攻めていくためには、緩衝地帯を越えなければいけない。緩衝地帯は歩きにくかっただろ? 道を作ってやらないと、並のプレイヤーは移動だけでスタミナと時間を大きく消費しがちなんだ。だからラインの乙女が道を作る必要がある」
『どうやって?』
「ただ移動するだけでいい。ラインの乙女が浮いているのは、さっきのプロトエイミーと同じリパルション・コントロール技術のおかげなんだ。だから浮いているラインの乙女の直下には、凄まじい斥力がかかる。出力を最大にして飛べば、モーセが海を割ったみたいに道が開かれるってわけ」
『僕が戦争で、それをやるの?』
「村内さんに勝てばね。ライナーはそうやって、初代から色々な人に受け継がれてる。もちろん嫌ならやらなくてもいい。どうする?」
『やってみる』
「よし。じゃ、始めよう」
ケイの目線を受け取って、ヴァレイが指示を出す。技術者はコンソールを操作し、模擬戦モードをスタートさせる。スクリーンにカウントが表示され、ゼロになった。
二人とも動かなかった。
『さすがにいきなり全力で戦うのは可哀想だから、少し動かしてごらん』
ノックスのコックピットに通信が入り、村内の声が響く。ノックスは操縦桿を握った。と同時に、ノックスの視点が外へと移る。
『ロボットになった』
『そう。操縦桿を握っている間は、ラインの乙女と一体化したような状態になる』
ノックスが頷こうと思うと、ラインの乙女が頷いた。その時、巨大なカノンエッジが右腕に直接腕に取り付けられているのが目に入った。
『攻撃してみてもいい?』
『あ、うん。やってみて』
村内の了承を得てノックスが前進するイメージを描くと、ラインの乙女は音もなく空間を滑った。そのまま徐々に加速していき、村内のヴォークリンデへと迫る。ノックスは右腕を伸ばした。
ノックスの刺突を、村内はひらりと上昇して回避した。ノックスは直上の村内の機体の斥力を受け、衝撃と共にダメージを受ける。
『ごめん、大丈夫?』
『うん』
村内は出力を下げ、ゆっくりと下りてくる。
『普段キャラクターを動かすのとは少し感覚が違うでしょ』
『うん。なにか変』
『ラインの乙女特有の癖があるんだ。もう少し練習してみようか』
『やってみる』
ケイたちが見守る中、スクリーンにはノックスがぎこちない攻撃を繰り出し、村内がそれを回避する様が繰り返し流れていた。
「ケイ。なにを考えているかわからないが、その……さすがに無理があるんじゃないか」
ヴァレイはかなり慎重に言葉を選びながら、ケイに意見する。ミヒロもそれに頷いた。
「一目瞭然じゃない。これからリアルで日が沈むまで練習したって、村内さんに勝てる可能性はないと思う」
ケイはなにも答えず、インカムに手を当てた。
「ノックス。邪魔して悪いな。どんな感じだ?」
『凄く動きにくい。カクカクする』
「そうか。じゃあ一旦攻撃を止めて、操縦桿から手を離すんだ」
スクリーン上で、ノックスの機体が動きを止めた。
『止めた』
「そしたら目の前にパネルがあるだろ? そこのセッティングのタブを開いてくれ」
『開いた』
「バッファーのレベルをゼロに」
「は?」
「なんだって?」
ケイの指示を聞いて、ミヒロとヴァレイは素っ頓狂な声を上げる。
「そんなことをしたら、少しでも思考が乱れた瞬間に機体がすっ飛んで行くぞ」
ケイはヴァレイを見て、口元で人差し指を立てる。
『ゼロにした』
「よし。再開だ」
二人は呆れた様子でスクリーンに視線を戻した。ノックスの機体はコントロールを取り戻し、消えた。
「ほら、やっぱりすっ飛んだ……」
ヴァレイがうなだれるのを横目で見て、
「よく見ろ」
ケイはスクリーンを指差した。村内側のスクリーンには、カノンエッジが突き刺さったラインの乙女が映し出されていた。技術者が慌ててカメラを切り替える。少し引いた映像になって、ノックスの刺突が村内の機体を貫いているのがはっきりとわかった。戦闘終了を告げるブザーが鳴る。
「え……なに、どういうこと?」
ミヒロが状況を飲み込めないでいる中、ケイのインカムのチャンネルに村内が入ってきた。
『これは驚いた。信じられない』
「思った通りでした。もう一度いいですか?」
『うん。これはもう決まったようなものだけど』
村内の了承を得て、ケイが直接、中二階の技術者に合図を送る。
「ちょ、ちょっと。どういうことなのか説明して」
「ミヒロ。お前メトロポリスでのノックスの動きを見てなにも思わなかったのか?」
「え……。凄かったと思うけど、私は私でいっぱいいっぱいだったから……」
「プロトエイミーが最初に俺に襲いかかってきた時、ノックスはカノンエッジであいつの攻撃を受け止めたよな」
「え、うん……え? ……あれ?」
なにかに気付いて、ミヒロの顔が強張る。
「おかしいだろ? キャラクターの操作は、インターフェイスによって信じられないくらい自由にできる。でも全く制限がないわけじゃない。余計な思考はバッファーが削って、登録されてる膨大なモーションの中から、最も思考した動作に近いものが選択されてるだけだ」
ミヒロは肌が粟立つのを感じた。
「ノックスはまだ……ガードモーションを取得してない」
「そう。戦闘用のモーションはデフォルトで使えるわけじゃない。ドロップキックを除けば、お前の合気道も俺のシーカー用端末の操作も、ミッションをこなして取得したものだ。つまりノックスは、すべて自分の思考で、あの複雑な戦闘の動きをこなしていたことになる」
「すべて自力で……? あの動きを自力でやるってことは、同時にいくつものモーションを、それも正確に思考しなきゃいけないはずでしょ? そんなの――」
「ああ。……人間業じゃない」




