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Phase3-3:賽は投げられた

 そのサービスエリアは様々な運送業のドライバーたちで賑わっていた。戦前よりサービスの質は落ちているし、建物のダメージもかなり深刻化してきてはいたが、ドライバーたちは気にする様子もなく、むしろ居心地が良いようだった。

「はい、お待ちどー」

 イッテツとシイナはカウンターでラーメンの載ったお盆を受け取り、端の方の空いている席に座った。

「いただきまーす! お腹ぺこぺこだったんだ!」

 シイナはインターフェイスの入ったリュックをテーブルに置くと、割り箸を割って麺を豪快に啜りだした。

「お嬢ちゃん、ほんとに只者じゃないな。一体どうやって俺の居場所を見つけた?」

 イッテツはラーメンに胡椒を振りながら訊ねる。シイナは麺を飲み込んで、

「プロファイリングしたの」

 そう言うとまた啜りだした。

「プ、プロファイリング? ……もうちょっと落ち着いて食べな」

「ん、んぐ」

 シイナはお冷で麺を流し込む。

「えっとね、イッテツさんのことかなり前から観察してたんだ。イッテツさんのことだけじゃなくて、イッテツさんの周りにいる人たちもみんな。しゃべり方や話題から住んでいる地方と年齢と性別を推定して、声紋をデータ化して、推定した地方の電話網に枝を張って、音声と声紋が一致したらビンゴ。電話番号さえ割れれば、もうなんでもわかっちゃうんだなー」

 一気に喋ると、シイナは丼を両手で持ってスープを啜る。絶句していたイッテツは、長く息を吐いてから乾いた喉に水を流し込んだ。

「……どこまで調べた」

「弥永イッテツさん。五十二歳。かつては独自の理論を用いた為替取引でFXトレーダーとして名を馳せ、天才数学者エドワード・オークリー・ソープの再来かとまで言われたけど、ロスの台頭によって為替市場が壊滅的な打撃を受けて破産。数年消息を断った後、突如オムニスのカジノに現れた。現在は運送会社でドライバーをしながら生活をしてる」

「……数学者と比べるのは数学者に失礼だ。俺はただのギャンブラーだよ」

 イッテツは薄いチャーシューを箸で弄んでから口にする。

「謙遜しちゃってー。リアルでお目にかかれて光栄だよ。お近づきの印に」

 チャーシューの無くなったイッテツの丼に、シイナは自分のチャーシューを載せた。

「……どうも。お嬢ちゃん、いくつなんだ?」

「あ、これは失礼。本名は姫川シイナ。十三歳。女の子」

「十三歳……なんて世の中だ……」

 イッテツは頭を抱えた。

「心外だよ! 世の中の十三歳みんなが、同じことができるなんて思わないでよね。わ、た、し、が只者じゃないだけ!」

「そうじゃなくてだな……」

「もー、あんまり細かいこと気にしないの! ラーメン伸びるよ!」

 そう言うシイナはスープを最後の一滴まで飲み干して、あっという間に完食した。イッテツはようやく麺に手をつけ始める。

「で、その只者じゃないシイナちゃんが、違法行為を犯してまで俺に会いに来た理由はなんだ?」

「違法行為だなんて失礼な! ちゃんと許可を貰ってるよ?」

「誰が許可するんだよ……」

「仕事をくれる偉い人」

「仕事? 仕事をしてるのか?」

「仕事っていうか……お手伝いしてお小遣いを貰うみたいな」

「ああ……。なにをやってるんだ?」

「悪いね……人には言えない仕事なんで」

 シイナが怪しげな笑みを浮かべる。

「ああ、わかったわかった……。で? 目的はなんだ」

「さっき言った通り、投資です!」

「投資、ねえ……」

 イッテツは苦い顔をして、伸びて歯ごたえの無くなった麺を啜る。

「今の仕事も嫌いじゃないんだけどね、なんていうか……もっと人に夢を与える仕事がしたくて!」

「それで歌手か」

「そうなの! 少し前まではフライングドッグのパイロットになりたくて、頑張ってお金を貯めて買ったんだけど、初飛行で変なエイみたいなやつに撃墜されちゃって! くうー、思い出すだけで腹が立つ! でね、さすがにまた同じものにお金をかけるのは嫌だから、今度は歌手を目指そうかなって」

 あまりに子供っぽい話に、イッテツは少し安心して笑う。

「なるほどな。投資した金はなにに使うんだ?」

「レッスン料とか、衣装代とか、賄賂とか! いてっ」

 イッテツのチョップを喰らって、シイナは縮こまる。

「じょ、冗談だって」

「はあ……。そのこと、ちゃんとお父さんとお母さんには相談してるのか?」

「あ、両親はいないんだ」

 イッテツの箸が止まる。

「ああ、気にしないでね? 今は孤児院みたいなところに住んでるんだけど、そこに親代わりの人はいるし。その人にはちゃんと話してあるよ!」

「……そうか。ならいい」

「……仕事のことは言ってないけど」

「ん?」

「いやー、なんでもー」

 シイナは箸で丼を叩きながらごまかした。

「しかしこんな時間に出歩くのを許すとは、無責任なのか、それともよっぽど器の広い人なのか……」

「器がすっごく広い人! 他にも沢山兄弟みたいな子たちがいるけど、みんな校長さんのこと大好きだもん!」

「……そうか」

 心なしか悲しげな表情で、イッテツは止まっていた箸を動かし始める。

シイナはその顔を見てにやりと笑った。

「ねえねえ、どうして本名でオムニスをプレイしてるの? 名前だけじゃなくて、顔も凄く良く似てる」

「……俺は創作が苦手でね」

「誰かに探してほしかったの?」

「……いいや?」

「ふーん? 娘さんがいるよね?」

「……」

 イッテツは箸を置いた。シイナは只ならぬ雰囲気を感じ取って硬直する。

「お嬢ちゃん。凄い技術を持っていることは認めるが、他人の私生活をなんでも覗き見て良いってもんじゃない」

「え、でも、許可は貰ってるし……」

「そういう問題じゃない。道徳の話だ。その校長さんとやらは教えてくれなかったのか?」

「……他人が嫌がることをしちゃいけないとは、言われたけど……」

「そういうことだ」

「……ごめんなさい」

 怒りを鎮めるように、イッテツは深く息を吐いた。

「いや……俺に道徳を語る資格はないな。投資の話、考えてやらなくもない」

「ごめ……え?」

 怒られてうなだれていたシイナが顔を上げる。

「ただし、今の俺の手持ちの金はあまり崩せない。……さっきのブラックジャック、覚えてるか?」

「う、うん」

「テストだ。俺は一体どうやって勝ったと思う? ロス・オブ・タイムのデッキは、すべて乱数によるランダムなカードの組み合わせだ。カウンティングはできない。しかし俺は、ある程度負けにくくなる方法を知っている」

 問題を投げかけられて、シイナは虚空を見つめる。数十秒の思考時間を経てから、焦点がイッテツの目に合った。

「……乱数には偏りがあるよね」

「続けろ」

「一から十三までのカードが、一様に分布するように乱数が設定されている場合。それは確かに、カードを引けば引くほど均等に分布していく。けど、狭い範囲……例えば八十回くらいのドローに絞って見れば、一から十三の中で出やすいカード、出にくいカードが生まれてくる」

「いいぞ」

 イッテツは娘の朗読を聞いているかのような穏やかな表情で、目を閉じて頷く。

「さっきみたいにテーブル上に四人が座っていた場合、一回のゲームで最初に配られる枚数は、ディーラーも含めて十枚。最初は少額から賭け始めて、配られたカードの分布図を作りながら普通にプレイする。だけど、五回目か六回目あたりのゲームに入る頃には、ドローにかなりの偏りが生まれている」

「それで?」

「偏りを感じ始めたら、とりあえずリミット額をベットする。それから分布図の数字と配られたカードの数字を比べて、自分がディーラーに勝てるか、あるいはディーラーのバストを誘えるかを判断する」

「そうだ」

「もし勝ち目がないと感じた場合でも、そのまま普通に勝負する。それでも乱数によっては勝てる可能性があるから。そしてもし勝ち目があると感じたら、ダブルダウンを宣言する。こうすれば、多少自然な負けも生まれながら、それでいて期待値はかなり高くなる」

 イッテツは短い溜め息をつくと、先程のシイナを上回る猛烈な勢いで、冷めかけたラーメンを食べだした。丼を口に付け、麺もスープも一気に箸で流しこみ、飲み込む。最後にコップの水も飲み干した。

「ど、どうしたの?」

 怯えたシイナに訊ねられて、イッテツは拍手を返した。

「ソフトが出回って、誰でもカウンティングができるようになってしまったからこそ、カジノは乱数を選択せざるを得ない。そこを逆手に取った手だ。一番重要な“どうやってディーラーに勝てるかを判断しているのか”が抜けているが、おおむね合格だよ」

「ご、合格? じゃあ投資――」

「ショウタイムは知ってるな」

「え? う、うん。三ヶ月に一度、二十一日にあるイーオンとアエラの戦争だよね。参加したことはないけど、ウルブスのスクリーンで見たことはあるよ」

「今月から、ロス・オブ・タイムで新しい賭けが始まる。ショウタイムを使った“競馬”だ」

「けいば?」

「昔、馬にレースをさせて、その順位を予想するギャンブルがあったんだ。ショウタイムでは、馬ではなくプレイヤーに賭ける」

「……貢献度ランキング?」

「そうだ。毎回ショウタイム終了後に役所が公開する貢献度ランキング。その順位を予想して賭けをする。お前はまだ未成年で馬券を買えないから、代わりに俺が買ってやる。ただし、どの馬券を買うかはお前が決めろ。ショウタイムまでの残り七日間、徹底的に情報を集めて分析してみるんだ」

「……それって投資なの?」

「百万ロス分買っていい」

「じゅ、じゅうまんえん……! 乗った!」

「よし、商談は成立だ。よろしく頼むぞ」

「うん!」

 夜のサービスエリアで、二人は堅い握手を交わした。

「ん?」

「あ、着信だ」

 二人の会話が終わるのを待つようにして、シイナの携帯端末が陽気な音楽を再生し始めた。シイナはイッテツの了承を得て、パーカーのポケットから端末を取り出して通話を受ける。

「もしもし? あ、先輩! 元気? ……え? ふんふん。……なるほど」

 シイナはそのまま数分間、先輩と呼ぶ相手と話し込んだ。イッテツが煙草を吸いながら待っていると、丁度一本を吸い終わったところでシイナが通話を切った。

「孤児院の先輩か?」

「うん、そう。……ごめん、一つだけ取引の内容を変更してもいい?」

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